第10章 乙女たちの密会

第19話

 彼女たちの暗号を解けなかった佐久夜は、系統を前に降参をした。

「霧島先輩。どうしても分かりません」

『ヒントをあげましょう。音符のある場所、リリアナさんは爪に色を塗っていますが、濃く塗られていた指を思い出して、曜日と時間を数えてみてください』

「音符のある場所は音楽室ですよね。確か、爪は薬指の色だけが濃かったので」 

 リリアナがアンネに唇の動きで知らせた場所は、音楽室。薬指の爪だけを濃い色で、彼女が塗っていたことから、親指から数えて、木曜日の四時の待ち合わせじゃないかと佐久夜は霧島に伝えてみる。

『答えあわせをしましょうか』 

 先に来たアンネは周囲を見渡すと、誰かを待つように椅子に腰かける。

「霧島先輩、なんで分かったんですか?」

『過去、似たような手段で連絡をとりあっていた人たちの話を思い出したんですよ』

「……ずいぶん、面倒な方法で連絡してたんですね」 

 霧島の知り合いなのだろうか。連絡のとり方は色々とありそうなのに、どうして、そんな回りくどいやり方をしたのかが気になってしまう。

『その人たちにも事情があったみたいで。他には、本に花の栞を挟むなど趣向を凝らしていたみたいです』 

 どんな方法なのかを霧島に聞くまえに、音楽室の扉を開くとリリアナがアンネを見るなり、顔を綻ばせた。やはり、アンネに対する敵意のような感情は演技だったのだろう。

「お姉さま。遅くなって申し訳ありません」

「いいえ。あなたも忙しいでしょう? それで、殿下は?」

「やはり、殿下はわたしに勘づいている気がするのですが、どうしましょう。このまま、殿下が好きだって態度をとりますか?」

「そうね。殿下もきっと、私と不仲という噂に利点を感じているかと思うの」

「……そうでしょうか。なんだか、あの人の手の上で遊ばれているようで気味が悪くて」

「あなたの名誉を傷つけてしまって、申し訳ないのだけれど、もう少しだけ、私たちにつきあってくれる?」

「そのことに関しては気にしないでください。今のわたしがいるのは、お姉さまのお陰なのですから。あと、一点、気になったことがあります。殿下がサクヤさんに危害を加えようとしたみたいです」

「その件については殿下に誤解だと伝えてあるわ。あの子も私のスパイだと思ったのかしら」

「どちらかというと、お姉さまがサクヤさんに興味を持ったからだと思います」

「私に? 様子見するしかないわね。殿下に告げたら、一応は分かっては貰えたみたいだけど」

「彼女に何かをすれば、国同士の問題になりますので、これ以上は手を出さないとは思います。ん〜っ」

「どうしたの?」

「サクヤさんに危害を加えようとした理由は、お姉さまとお話したい。そんなきっかけを作りたいだけの気がするんですよね。あの眼鏡がやろうとしたことは、顔同様に陰湿ですけど、脳内筋肉がしたことは餌づけ? って感じですし」 

 リリアナの言葉に系統からの視線を感じるが、佐久夜は気づかないふりをする。

『……佐久夜さん。知らない人からお菓子をあげるからと言われてもついて行っては駄目ですよ』

「子供じゃないんですから、ついていきませんっ‼︎」 

 掃除用具を入れるロッカーを空にして、ふたりの会話を聞く為に忍びこんでいたのだが、気づかれてしまっただろうか。

「リリアナ。サクヤさんの方にも注意をして貰っていいかしら」

「もちろんです、お姉さま」 

 彼女たちの会話を伺ってはみるが、話を聞いただけでは、リリアナとアンネが知り合いだったということしか分からない。

 リリアナがあえて周囲に王子との仲を見せつけていたが、やはり、理由あってのことだったと彼女たちの会話を聞けば分かる。

「霧島先輩、どう思いますか?」

『リリアナさんの行動が必要以上に露骨だと思っていたのですが、その理由が分かった気がします』

「殿下にも困ったこと」

「それだけ、お姉さまのことをお好きなのだと思います。いきなり、パッと出の女がお姉さまのお気に入りになったんですもの。お姉さまの一番でありたいと思っている殿下は気になったのかと。以前の私の世界では『ヤンデレ』ってやつだったんですが、どうして、王子にそんな属性がついたのか分かりません。あれですか、優しいだけのキャラだったからなのか」

「ヤンデレ? キャラ?」

「聞き流してください、お姉さま。やっぱり、この世界とわたしがお話したゲームの世界は違うと思うんですよね。それでも、お姉さまは殿下を廃嫡させるんですよね」

「大切な約束ですもの。あの子が『クリスさまを守りたい』と言うのでしたら、確実な方法をとるしかありませんわ。リリアナさんが教えてくれた未来は変わったようで、同じ展開になっています。やはり、クリスさまを廃嫡させるしか方法はないようです」

「……お姉さまのご事情ですか」

「ええ。私、婚約破棄をする殿方など最低だと思って生きてきたのですが、今はリリアナさんの手腕に頼るしかありません。あと」 

 アンネは立ち上がると、掃除用具箱を開く。目があった彼女に佐久夜は苦笑をした。

「ご、ごきげんよう。アンネさま」

「ごきげんよう、サクヤさん。盗み聞きなんて、悪い子ね」

「あ〜っ! あんた‼︎ なんで、ここが分かったのよ‼︎」 

 霧島が急に声を掛けてきたせいで見つかってしまったのだと、佐久夜は系統を睨みつける。

『佐久夜さん。いっそ、事情を話してみませんか? 彼女なら私たちにも条件次第で協力してくれるかもしれませんよ?』

「……分かりました。霧島先輩を信じます」

「? どうしたの?」 

 佐久夜はじっとアンネをみると問いかける。

「アンネさま。あなたは本当に〈アンネリーゼ・ド・グランジュ〉さまですか?」

「なんのことかしら?」 

 アンネはやっぱり、とぼける気だろう。しかし、リリアナに話していたことを思い出せば、彼女が〈憑依者〉だということは分かる。

「アンネさまは先程、リリアナさんに『私たち』と言っていました。あなたの中には、もうひとり、本物のアンネさまがいるんじゃないですか?」 

 ただ、笑顔を浮かべるだけのアンネに意外なところから、声が掛かる。

「お姉さま。いっそ、サクヤさんにも協力して貰いましょうよ。その方がうまくいくかもしれませんわ」

「……そうね。私もサクヤさんなら信じられるわ」 

 何故、アンネはサクヤを信じられるのだろうか。

「私があなたの知っている人に似ているから、ですか」

「ええ。じゃあ、サクヤさんも交えて、聞いて貰いましょうか。殿下には必ずして貰わなくちゃいけないの。私との婚約破棄をね」 

 アンネの言葉に、系統と佐久夜は顔を見合わせた。 


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