第8章 王子の本音
第17話
きっと、乙女ゲームのリリアナもこうして、攻略対象者を探す為に学園内を何日もさまよい歩いていたのだろう。
現実のリリアナには睨まれてばかりの為、親近感が湧かなかったが、佐久夜はゲームのリリアナとは握手をしたい気分だ。
ようやく、見つけた金髪王子ことクリストファーが珍しく、友人達に囲まれていないことをみて、佐久夜は筋肉痛になった足が報われた気がする。
何日も学園を歩き続け、ようやく、クリストファーがひとりでいるところを佐久夜は発見することが出来た。
「先輩。金髪王子に話しかけてみようと思うんですが、どう思いますか?」
『いいと思いますよ。彼の周囲を考えれば、こんな機会に巡りあうのも稀だと思いますし」
許可を貰った佐久夜は、改めて、彼に声をかけてみることにする。
アンネ周りの人たちは階級の高い少女たちが多いため、情報を得ることは難しいだろうと佐久夜は考えていた。
しかし、貴族社会が情報戦だということを実感する。茶会翌日にはアンネリーゼさまのお気に入りと知られていた為、彼女の派閥だと思われる少女たちの話を聞くことは容易かった。
彼女たちはナタリーのように、平民であるリリアナの行為がいかにアンネを苦しめているのかを語り、そんなリリアナを庇うアンネはなんて優しいのだろうという話ばかりを佐久夜は聞かされた。
クリストファーに関しては、リリアナがなかなか彼の傍を離れない為、情報を得ることが難しかったが、ようやく話が聞けると佐久夜は軽く、拳を握りしめる。
「こんにちは。きんぱ……いえ、殿下」
「あ、ああ。きみはアンネの」
「今日はリリアナさんたちと一緒じゃないんですか?」
彼は疲れた顔を見せると首を振った。
「たまには私もひとりになりたいと思って、遠慮をして貰ったんだ」
自分の周りを回っている霧島に、こっそりと佐久夜は声をかける。
「先輩。私、なにを聞けばいいでしょうか?」
『ぼくからみれば、彼はリリアナさんのことを好いていないようにみえるんですよね。でも、ゲームの王子同様に彼女を好いている振りをしている。その不自然さを聞ければいいんですが』
ほぼ初対面の人間に胸の内を明かす人なんていないと佐久夜は思うが、霧島に反論もできず、頑張ってみますとだけ告げる。
「あの、少しだけお時間を貰ってもいいですか?」
「そうだね……うん」
やはり、リリアナの誘いを断るくらいだ。彼の情報を直接、探るのは難しかったかもしれないと佐久夜が諦めかけたときだった。
「いいよ。じゃあ、生徒会室に行こうか」
一瞬、悩んだようだったが、クリストファーは佐久夜の誘いに頷いてくれる。以前、東洋の文化に興味があると話していたので、佐久夜からの誘いに応じてくれたのかもしれない。
「生徒会室、ですか?」
この場ではなく、生徒会室まで行くことを不思議に思う。クリストファーは、そんな佐久夜のそんな視線に気づいたようだ。
「きみは私と噂になっても平気かい? アンネの周りは大変なことになるかと思うが」
「いえっ‼︎ 是非っ‼︎ 生徒会室でお話しをしたいです‼︎」
他の女生徒たちがいくらリリアナを悪し様に言っても、アンネの指示で彼女に危害が加えられていないことは分かる。
仮にもアンネのお気に入りとなってしまった佐久夜がリリアナ同様、王子を狙っているという噂が経てば、アンネを裏切ったと学園から排除されてしまいそうだ。
クリストファーの言葉に被せ気味に大声で言った佐久夜が可笑しかったのだろう。
彼は微かに笑うと、生徒会室の鍵を使って、扉を開いた。
「この時間は誰も使っていないはずだから」
クリストファーが生徒会室の扉を開くと、想像よりも簡素な室内に佐久夜は驚く。
王族が使う場所だからこそ、豪勢な作りになっているかと佐久夜は思っていた。
「どうぞ、入って」
「あ、ありがとうございます。お邪魔します」
佐久夜は室内に入ると、ソファの上に腰かける。椅子の硬さは予想外だ。見かけは硬さそうでも、座れば柔らかいことを佐久夜は想像していた。
「意外そうな顔をしているね」
クリストファーは佐久夜の表情を読んだのか、口角を上げた。
「すいません。殿下が使う部屋に思えなくて」
「友人たちにも王族が使う威厳を考えろと怒られたのだけど、執務をするだけの部屋に予算をかけるのも勿体ないと思ってね」
「そうなんですね」
「そういえば、イワナガさんはアンネと仲良くなったようだね。彼女にいじめられていないかい?」
「えっ、いじめですか?」
この世界のアンネの性格からして彼女の取り巻きに命じて、気に食わない学園生徒のノートを破いたり、制服を汚したりなど無駄なことをするようにみえない。彼女の立場を考えれば一言、学園に声をかけるだけで、誰かを退学させることなんて簡単だろう。
クリストファーの口調を考えれば、彼は佐久夜をからかったんだと分かる。
彼女の名前を優しく語るクリストファーが〈あいつ〉とは違うことを考えれば、どうして婚約者のアンネではなく、リリアナと一緒にいるのかが分からない。
「殿下とリリアナさんとの関係は、生徒たちの噂とは違うんですね」
クリストファーは意味深に微笑む。お茶会で会ったときは情けない王子というイメージだったが、彼は霧島と同種の人間の気がする。
「私とアンネはゲームをしているんだ」
彼は机の上に置いてあるチェス盤に目を向けた。
「ゲーム、ですか?」
「私は今、王座に一番、近い人間とされているが、アンネの家を始めとした反対勢力は多い。アンネが婚約者になったのも私を椅子から外すためだ」
「私に聞かれても構わないんですか?」
「高位貴族たちなら、私たちの〈椅子取りゲーム〉は皆、知っていることだよ。この学園で互いの敵を私たちは削ぎあっているんだ」
『佐久夜さん。前を向いてください』
リリアナと仲良くしていることも、王子の策に関係あるのかと聞きたくなった佐久夜は、口に出していいものかと系統の方に顔を向けたくなるが、霧島に注意をされてしまう。
「アンネはね。私のことを今も『小さな男の子』だと思っているんだ。それが彼女の弱点かな。この学園を卒業したら、どちらかが勝者か分かる。今から、私はそれが待ち遠しい」
クリストファーが微笑んだ顔は一枚のスチルになりそうなくらい美しいはずなのに、その瞳の仄暗さに佐久夜は不安を抱く。
バタンと大きな音がしたことで、佐久夜とクリストファーが扉に目を向けると、リリアナが涙目でクリスの元へと駆け寄ってきた。
彼女が来たことで王子の空気が変わったことに佐久夜はホッとしてしまう。
「クリスぅぅ。リリィを置いて、こんな人と一緒にいたの?」
リリアナが自分とクリスの距離を空けようとすることは不思議ではない。
しかし、リリアナの表情がやけに真剣そうなこと気になった。佐久夜に嫉妬をしているとしたら、彼女はこんな表情をするだろうか。
「ごめんね、リリィ。イワナガさんに東洋の文化について教えて貰いたかったんだ」
『そうだよね?』とクリストファーの声が副音声で聞こえてくるようだ。佐久夜は必死で首を縦にふる。
リリアナは、王子ではなく佐久夜の腕を力強く掴む。
「リリィもサクヤさんとお話ししたいなって、ずっと思ってたんだ。ねぇ、クリス。サクヤさんを借りていっていい?」
「ここで話すんじゃ、駄目なのかい?」
「もぉ、クリスってば。だめだよ! 女の子同士の大切な話しあいなんだからね!」
『……サクヤさん、頑張ってください』
霧島は他人ごとのように応援をしてくるが、彼も腕を掴まれてみればいいと思う。自分の腕を人質にとられているサクヤは曖昧な笑みを見せることしか出来ない。
「残念だね。じゃあ、また。今日は有意義な時間をありがとう、イワナガさん」
リリアナに部屋から連れ出されるなり、彼女に引っ張られて、佐久夜は生徒会室から一番、離れている廊下まで、連れてこられた。彼女に壁に追いつめられた佐久夜は、デジャブを感じた。
以前もこんなことがなかっただろうか。
『佐久夜さん。現実を見つめてください』
「なんで、また、私、追いつめられてるんですか‼︎」
リリアナは佐久夜の胸ぐらを掴むと、顔を寄せてくる。
「ねぇ、サクヤさんって物覚えが悪いのかしら? わたし、言ったわよね? わたしの邪魔をしないでって」
「邪魔、ですか」
「知ってるのよ。あんた、わたしのことを探っていたでしょう?」
そんなに自分は分かりやすかっただろうか。系統の方をみると困ったような声がする。
『佐久夜さんというよりも、貴族のご令嬢たちですね。佐久夜さんは、アンネさんのことを探ろうとしていましたけど、彼女にとって、自分を探っているように思えたんじゃないでしょうか』
「……教えてくださいよ」
『佐久夜さんの成長のためですよ』
霧島は佐久夜を見守っていたと、優しげな声音で言われる。しかし、系統の外からいつもの彼の微笑みが見えるようで佐久夜は疑りたくなる。
内心、空回る佐久夜の姿をみて楽しんでいたのではないだろうか。
「あんた、なに、ぶつくさ言ってんのよ‼︎ クリスたちに近づこうとしたのも、あんたの顔を使って、わたしみたいに好きにさせようと思ったんじゃないの?」
佐久夜の前髪をあげる手を止めようとしたが、遅かった。リリアナは気が抜けたように手をおろす。
彼女の気まずそうな顔に、また自分の顔が不愉快にさせたかと思うと、佐久夜は自分の前髪で顔を覆った。こうすることで安心して、リリアナと話せる。
「……なんだ。普通、じゃない」
「はい?」
「わたしはてっきり、あんたがわたしみたいな美少女で、殿下たちを誘惑してるのかと思ったのよ」
「……あの、私の顔をみて、不快になったりしたんじゃ」
「はぁ? 平凡な顔だとは思うけど、気持ち悪いとかはないわよ」
リリアナにキッパリと言われて、佐久夜は少しだけ、気持ちが慰められた。
「そうですか」
「アンネリーゼさまのお取り巻きにでも言われたの?」
珍しく、リリアナの口調が優しげだったので、佐久夜は慌てて、否定する。
「い、いえ。私にも婚約者がいたんですが、あいつ、いや、彼にお前の顔は見苦しいから隠せとよく言われてまして」
「はぁぁ、なんなの⁇ そいつ。最低最悪のクズじゃない。あんたもそんな男、弱味を握って、とっとと縁を切った方がいいわよ?」
「ありがとうございます。でも、昔の話ですので」
「まぁ、いいわ。これはあんたのために言うんだけど、クリスには近づかないで」
「殿下だけですか?」
ハッとした顔をして、リリアナな佐久夜の瞳をじっとみる。
「クリスも彼のお友達にもよ。あんたが利用されたくなければね」
言いたいことだけを言って、リリアナは去ってしまう。相変わらず、忙しない美少女だ。
「なんとかなりました」
『……佐久夜さん。あなたが顔を覆っているのは』
霧島も佐久夜が前髪で顔を隠している理由は、なんとなく想像がついていたのだろう。
「はい、リリアナさんにも言ったんですが、婚約者に会うたびに自分の顔について、不愉快になるから見せるなと言われてまして。相手を不快にさせるくらいならって、隠してるんです」
『僕は可愛いと思いますよ』
「せ、先輩にも見られちゃったんですね。お世辞、ありがとうございます」
彼の声が本音を言っているように聞こえて、佐久夜は上擦ってしまう。
『いえ、お世辞ではなく本心です。もし、佐久夜さんがいつか、前髪を上げられるようになったら、その顔をみせてくれますか?』
「えっと、それは」
顔立ちが整っている霧島に、自分の顔を見せるというのは勇気がいることのような気がする。
『……駄目でしょうか』
珍しく、声音が落ちこんでいるような気がしてしまい、佐久夜はどうせ口約束だろうと頷いた。
『佐久夜さん。僕は『嘘をつく人間』が嫌いなんです』
自己紹介だろうかと思う佐久夜に系統から低い声が聞こえる。
『なので、佐久夜さんが約束を守らなかったら、覚悟してくださいね』
クリストファーのことを怖いと佐久夜は思ったが、霧島も似たり寄ったりだ。系統から黒い靄さえ出ている気がする。
「……わ、わかりました」
『覚えておきますから』
佐久夜が怯えつつも頷くと、系統から聞こえる声は嬉しそうだ。そのことを佐久夜は不思議に思った。
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