第5章 試して系統!

第12話

 今日から初めての仕事の為、緊張した佐久夜は出勤時間よりも早い時間なのに部署に来てしまった。

 自分よりも先に来ていた霧島に『おいで』と手招きをされ、距離を保ちつつも、おずおずと彼の傍へと近寄る。

「今日からよろしくお願いします。そういえば、佐久夜さんは推薦枠で天界に来たんでしたっけ?」 

 目に見えて緊張している佐久夜を気遣った為か、霧島が仕事に入る前に雑談を振ってくる。こういう気遣いができるからこそ、彼が他の神々から好かれることが分かる。

 佐久夜も霧島がいい神だとは思っているのだが、皆が眉目秀麗だという彼の顔をみると、不思議と肌が粟立つ。

 霧島の顔がいいことに引け目を感じているのだろうかと、佐久夜は腕を撫でつつ、思った。

「あの、推薦枠ってなんなんですか?」

「周さまがリリアナさんのことを、贔屓していたことを覚えていますか?」 

「えっと、はい」

「似たような話です。上級神よりも上の方々はよほどのことがない限り、人界には干渉をしません。けれど、退屈を持て余した神々のなかには人間の世界を娯楽として、ドラマのように眺めている神もいらっしゃるんです」 

 三途の川付近でほかの亡者たちと一緒に並んでいたら、ひとりの女神に天界に連れて来られたことを佐久夜は思い出した。

「確か、木花咲耶姫このはなさくやひめさまと」

「もうひとりの推薦者の方がいまして、彼女のお姉さまですね。磐長姫さまは女性が嫌いというお噂だったので、天界が一時期、その話題でもちきりでした」

「おふたりの神さまは姉妹なんですか?」

「ええ。邇邇芸命ににぎのみことさまから木花咲耶姫さまは求婚を受け、それに喜んだお父上が姉の磐長姫さまも一緒にと嫁がせようとしますが、邇邇芸命さまが磐長姫さまだけを送り返したことで、人は儚い命となったと言われます。どうして、佐久夜さんを選んだのでしょうね」 

 木花咲耶姫は『頑張って』とだけ、声を掛けられただけだったが、佐久夜は彼女たちの推薦枠の理由に自分の前世のことがあるかもしれないと、自分の前髪をいじりつつ思う。

「佐久夜さんの緊張も解れたようですし、仕事に入りましょうか?」 

 室内は前の部署と同じように職員用の机があり、本棚には仕事で使われるファイルが綺麗に並べられている。 

 どこに座ればいいのかと見渡した佐久夜に、霧島はファイルが並べてある棚の前に来るように促した。ファイルのうちのひとつを霧島が引き上げたと同時に、奥に新たな部屋が現れた。 

 部屋の中には周の部屋のようにパソコンが何台も並び、一つの机にだけ目まで覆う耳当てが置かれている。

「この部屋。なんですか?」

「佐久夜さん。私たちはこの装置を使い、異世界に行くんです」

「これで、ですか」

「まずは座ってくれますか?」 

 装置の置いていない方の机に座ると、霧島が佐久夜に耳あてを取りつける。真っ暗でなにも見えない佐久夜の不安に気づいたのか、耳当てをつけていても聞こえる距離で霧島が説明をしてくれる。

「今までの観測装置に神が転移出来るように情報を書き加えたそうです。元々の異世界に存在した人間のように佐久夜さんは自由に動き回れます」

「えっ。あ、あの、霧島先輩は?」 

 普段、彼のことを苦手に思っていながらも、異世界で自分だけが仕事をすることに佐久夜は不安に思ってしまう。

「う〜ん。残念ですが。世界の異分子が何人も入ったら、均衡が崩れるかもしれないんです。僕たちが憑依者を連れていこうとしたことで、小世界を壊したとした方が始末書ものでしょう?」 

 霧島は呑気に話すが、そんなことになれば、始末書だけですまないんじゃないかと、佐久夜は思う。

「まぁ違う形で、僕は佐久夜さんをサポートをしますので安心してください」

「違う形?」

「これです」 

 霧島は佐久夜の装置を一度外すと薄い板のようなものを手渡した。触ってみれば、それなりの重さがある。

「なんですか。これ」

「この装置は『系統しすてむ』と言います。日本支部を含め、各支部の総力をあげ、作られた物です。今後は私に代わってこの系統が佐久夜さんをサポートすることになるので」

「中の人が霧島先輩ってことですか」

「はい、そうなりますね」 

 こんな薄い板で任務が達成できるのかと、小首を傾げる佐久夜に実際に試してみましょうかと霧島は告げる。

「試してみる?」

「佐久夜さんも偶に天界で警報を聞いたことがありませんか?」 

 霧島が言うのは地獄からのアナウンスだろう。 

 全ての人間は一度、閻魔大王に裁かれることになるが、ときに自分が不利になることを知りながらも逃げてしまう亡者たちもいる。

『地獄からのお知らせです。現在、三途の川から裁判待ちの亡者が逃亡しました。天界まで昇ってくる恐れがあります。各自、襲撃にそなえてください。繰り返します』

 そんなアナウンスだ。

 捕まえれば、特別手当が貰えるので、腕に自信のある神たちは放送を待っている話まで聞く。

「あ、ああ! 裁判をする前の魂が逃げ出したって」 

 霧島は佐久夜に灯籠を見せてくる。

 動かない筈の灯籠が小刻みに揺れているのは、佐久夜の気のせいだろうか。

「運良く捕まえたんですよ。上には報告していますので、実験的に、この中の魂を乗り移らせてみようと思います」

『おいっ‼︎ このひとでなしが‼︎ 俺はなぁ、魔王を倒した英雄なんだぞ‼︎』

「えっと、これは」

「この中にいるのは〈憑依者〉の魂です。ある世界で勇者になる人間に憑依をして魔王を倒したまでは、元の肉体の規定の運命軸なのでいいのですが」 

 霧島の話だと魔王を倒したあとに彼自身が魔王になってしまい、好き勝手していたらしい。その世界では新たな勇者を異世界から召喚しようか、と言う話まで出てきた為、その世界の管理者が捕まえて天界まで連れてきたらしい。

 一度、上からの沙汰を待とうとしたところ逃げ出したようだ。

「えっと、誰に憑依させるんですか」

「とりあえず、この人形でいいでしょう」 

 霧島は袂から藁人形を取り出す。

「……霧島先輩。その人形、いつも持ってるんですか?」 

 藁人形を滅多に持ち歩いている神はいない。佐久夜は霧島から一歩、心の距離をとる。

「えぇ。丁度、よかったので貰ってきました」 

 霧島は誰に貰ったのかはあえて言わずに、机の上に置いてある灯籠を開く。灯籠を開けば、煙みたいな靄が人形へと乗り移った。

『な、なんだ! これ! 呪いの人形じゃねぇか‼︎』

「では、佐久夜さん。実践してみましょう」

『おいっ‼︎ こらっ‼︎ 人の話は最後まで聞きましょうって教わらなかったのかよ』 

 だんだんと元勇者が可哀想になってくる。霧島は人形の声を気にせず、佐久夜に指示を出した。

「佐久夜さん。系統のアイテムボタンをおして貰えますか?」 

 佐久夜は霧島に言われた通り、系統のアイテムのボタンを押す。そこには、ぴこぴこハンマー、扇子、掃除機など統一していない謎の表示が並べられていた。

「とりあえず、扇子を押してください」

「はい」 

 どういう仕組みかは分からないが、佐久夜が系統内のボタンを押すと、中から扇子が出てくる。

「魂を抜き出すのは簡単です。相手に衝撃を与えれば、簡単に抜くことができます」

「……衝撃、ですか?」 

 霧島は簡単だと言うが、見ず知らずの人間相手に衝撃を与えるのは難しいんじゃないかと佐久夜は心の中で思う。

『や、やめろ。俺は可愛い藁人形なんだぞ?』 

 佐久夜は動く藁人形を前に扇子を手に持つと、軽く叩いてみるがびくともしない。

「貸してください」 

 霧島が扇子で藁人形を叩くと、先程同様に靄が出てくる。彼が扇子を開けば、靄は中に包まれていった。

「この扇子って、こんなデザインでしたっけ?」 

 扇子には達筆な筆文字で田中太郎と書かれた文字と、眼鏡をかけた細い姿の男性の絵姿のようなものが描かれている。

「この元勇者さんの本名と本来の姿です。これで、魂を抜き取ることは成功しましたので、あとは系統の中に扇子を戻せば成功となります」 

 彼に言われた通り、系統の中に扇子を入れれば、引き込まれていく。 

 霧島は簡単な仕事のようにいうが、魂を引き出す仕事は難しいんじゃないかと佐久夜は思ってしまう。

「今日の魂は抵抗したので難しく感じたかもしれませんが、憑依者が抵抗しなければ大丈夫ですよ」

「……霧島先輩が、異世界の中に入るんじゃ駄目なんですか?」

「それでもいいですが、佐久夜さん。あなたは系統を含めた装置を動かせますか?」

「うっ、私には無理です」

「適材適所というやつ、ですね」

「……分かりました。それで、私たちはいつの時代に行くのですか?」

「ゲームのように3年間も学園生活を送るわけにはいきません。周さまが悪役令嬢と呼ぶ、アンネリーゼ。彼女の婚約破棄のイベントが起こることになっている、半年くらい前の日時設定をしておきます」 

 天界が開発した〈異世界転送系統〉は日付の指定ができるらしい。改めて、異世界転移をする為の装置を佐久夜は被る。

「それでは、佐久夜さん。いってらっしゃい」

「はい‼︎」 

 霧島のキータッチをする音を佐久夜は聞いてはいたが、暫くすると、辺りは暗く包まれた。

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