第4章 ある勇者の後悔(憑依者視点)
第11話
「地獄からのお知らせです。現在、三途の川から裁判待ちの亡者が逃亡しました。天界まで昇ってくる恐れがあります。各自、襲撃にそなえてください。繰り返します」
無機質な女性のアナウンスの共に雄叫びのような幾つもの声が重なる。
異世界の勇者であった田中太郎は今まで自分が狩ってきたモンスターの如く、今度は自分が狩られる側になるとは思わなかった。
神々たちに見守るなか。花札での真剣勝負で一番抜けで勝つことが出来た田中は、神に望みを聞かれ、『魔法や剣の国があったら、そこで生活をしてみたいです! 俺、子供の頃から勇者に憧れていて、竜の上に乗って旅とか出来れば嬉しいなって』と答えたことを今になって、後悔している。
もしも、あのときに戻れたら、『来世では億万長者になってタワマンに住んで、美人な女子アナと結婚したい』と答えたはずだ。
田中の魂は異世界転生課によって、望み通り、魔法や剣がある世界へと送られたはずだったが、田中は自分を神が世界へと送るときに『あっ、操作、間違えたかも。まぁ、いっか』という声を耳にしている。
本来なら田中は転生をして、その国の勇者として育つ筈だったのに、なぜか、勇者の体に憑依をしている状態になってしまった。
あのときの神が誰だかは分からないが、自分の人生に関わることを『まぁ、いっか』で済ませないで欲しいと、田中は思う。
田中が憑依をした体は、本体が幼かった為なのか。自我を持たない状態だった。どちらがこの体を使役するかの内なる戦いは、意識が強い田中が勝ち、元の体の魂を抑えこむことに成功をした。
転生ではなく、田中が憑依をして過ごすことになった村はRPGの世界をそのまま移したような場所だった。
田中がこの村に名前をつけるなら、始まりの村だと名づけただろう。
村を歩くと不自然な壺がいたるところに置いてあり、冒険者以外の人間が壺を手にとると、杖をかかげた村長に『それは冒険者のものじゃ!』と追い回される羽目になる。
田中の家は宿屋を兼ねていて、たまに村に立ち寄る冒険者たちの話を、可愛らしい幼馴染と聞くことが、退屈な村での唯一の楽しみだった。
ある日、田中は国からのお触れで、都にある城に行くことになる。
城の兵士から手紙を受け取った父に詳しい話を聞くものの、中身は城に来いという内容を丁寧に書いてあるだけで、父もよく分からないとのことだった。
幼馴染や村の人々とは別れは告げたものの、最期になるとは田中は思ってもいなかった。
門に佇んでいる城の衛兵に召喚状を出すと、田中はローブを着た老人の後について、中庭まで連れて行かれる。中庭にある木の下に不自然に刺さっている古びた剣を老人は田中に引き抜いてみろという。
首を傾げつつも田中が剣を引き抜くと、老人は今までの居丈高な態度を変え、田中を前に頭を下げる。『勇者殿。この国を救ってくれ』と。
極秘事項ではあるが、現在の国は魔族の侵攻があるらしく、女神伝説がある国ではこの剣を引き抜ける勇者を待っていたことだ。
王から直接、任命され、田中は勇者になり、聖職者、魔法使い、戦士のメンバーで旅に出た。どこか、神の手の上で弄ばれている気がしたが、田中は自分の嫌な予感を気のせいだと思いこんだ。
世の中には『フラグ』というものがあるとは知ってはいたが、田中のフラグは、幼馴染の少女に『俺、魔王を倒したら、必ず、お前のところに帰るから』と伝えたことが原因だったのかもしれない。
魔王を倒した田中は、まさか自分が次の魔王に選ばれるとは思わなかった。信じていた仲間たちは田中が魔王に変化をした途端、すぐに攻撃し、田中を亡き者にしようとした。
攻撃は最大の防御だと反撃をしたところで、仲間たちは重傷を負い、魔法使いが円陣を描いたところで、彼らが自分を置いて、魔王城から離脱することが分かってしまった。
その後、田中は誰も傷つけたくなかった為、魔王城へと引きこもっていたが、此処以外の世界がどうなっているかが気になり、元魔王も襲撃者の場所を確認する為に使っていた魔法の鏡で外の世界をみることにした。
田中のことを報告しに故郷の村に来た戦士が将来の約束をしていた幼馴染に一目惚れをしたらしく、初めは渋っていた幼馴染も『本当は初めて会ったときから、惹かれていたの』と頬を染めると、自ら戦士に口づけをする。
そんなふたりを見て、田中はおかしくなって笑ってしまった。
今度は自分が世界を滅ぼすことにしよう、そんな負の感情に支配されたときだ。
見知った服装をした変な男が自分の前に現れた。
「チョリース! おやっ、きみが異世界転生課の示した世界の異分子ってやつか〜。困るよ。小生はこうみえてもめっちゃ忙しいんだ」
「異分子? 俺はお前らに騙されたんだぞ?」
田中が今までの経緯を語ると頷きながらも、彼は手持ちクリーナーを透明な空間から手を伸ばして取り出した。
「可哀想にね。でも、ついてなかったんだから、仕方ないよね。来世に期待ってことで。一応、次の世界の考慮はしてあげるよ。じゃあね〜!」
どういうことだ? と田中が聞き返す間もなく、手持ちクリーナーでいきなり殴られると、自分がクリーナの中に吸われていく感覚がする。
気がつけば、以前も訪れたことがある、川が流れ歩けば砂利の音がする、そんな現世のあの世の境目に来ていた。
老婆に服を剥ぎ取られる前に渡守から船を奪いとると、自分を転生ではなく憑依させた神に文句をいう為だけに天界へと向かった。
そこで筋肉自慢のような神々から逃げ回っていたのだが、自分の前に来たのは優男だった。
「面倒ですし、普通の亡者でしたら逃がそうと思ったのですが、貴方は憑依者ですよね」 彼の言葉にグッと喉を上下に揺らす。
「丁度、いいですね。佐久夜さんの研修に良さそうな魂を探していたんです」
優男はニッコリと田中に微笑んでくるが、他人からみれば、麗しいはずの微笑みに背筋がゾッとしてしまう。
彼は扇子を田中に向けると、開いた状態で自分の全身を撫でた。
「呆気ないですね。逃げてしまった自分を悔いて、佐久夜さんの糧になってくださいね」
その言葉を最後に田中の意識は途絶えた。
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