第3章 鯛焼きと運命論
第10話
明日からの異世界転移に備え、今日は霧島から帰ってもいいと言われた佐久夜は、周の話のなかで気になっていることを聞いてもいいのか迷ってしまう。
佐久夜の戸惑いが分かったのか、霧島が声を掛けた。
「なにか質問がありますか? 気になっていることがあるなら今、答えますよ?」
「あの、霧島先輩。周さまが話していた『運命は変えられない』っていう話は本当ですか」
霧島は佐久夜の問いかけに、『少し、待っていてください』と告げると、自分の名前が書いてある札と佐久夜の名前が書いてある札を裏返しにする。
「佐久夜さんはどう思いますか?」
戻ってきた霧島は佐久夜と共に歩き出す。札を裏返したことは退勤したという表示になるが、霧島の仕事はまだ、仕事が終わっていないようにみえる。
佐久夜の質問に答える為に時間を作ってくれたのかもしれない。
「最初から運命が決まっていたのなら酷い話だと思うんです。結局、人はどう頑張っても意味がないってことじゃないですか」
彼に連れて来られたのは、石上とよく食事をしに来る
霧島は佐久夜が仕事の残業が重なったとき、ご褒美として買っている鯛焼き屋に指先を向ける。
「そうですね。例えば、佐久夜さんが鯛焼きを買おうとします」
「はい」
「けれど、佐久夜さんの運命では、鯛焼きが買えないことになっていました。並んでも自分の目の前で売り切れる。店に行こうと職場を出た瞬間、残業になり、店自体に行けない。このように、佐久夜さんがいくら鯛焼きを食べたいと思っていたとしても、残念ながら運命として義務つけられていることなので、決して、変えることは出来ません」
「食べたいと思っているのに、ですか」
つい、残念そうな声を出してしまった佐久夜に、霧島は苦笑をする。
「あと考えられる可能性として、例え、買えたとしても、差し入れだと勘違いした同僚に食べられてしまうとかですかね」
ふと、石上が佐久夜の買った鯛焼きを『ごめん。差し入れだと思った』という姿が簡単に想像出来て、佐久夜は膨れた。
「人ひとりの運命を例えることは難しいのですが、佐久夜さんの人生が
あの周が運命を司る神に譲歩したくらいだ。上級神であっても守らなくてはいけないことはあるのだろう。
「人の運命を司る上級神が決めているのですか?」
「どちらかと言えば、彼らの仕事は監視ですね」
「か、監視⁇」
「周さまもきちんと運命を取り入れろと言われたそうですが、ひとり一冊。その人が生をうけたとき、人生が書かれた本が空白だった書棚に並べられるようです。違う行動をとれば、彼らは元の道に戻るように動いて本を修正します。だからこそ、憑依者の存在に気づけたわけですが」
もし、自分が運命を知って、その運命を変えようとしたところで、神の介入も入ってしまうので結局は無駄だということだ。
「私たちのような神が変えようとしても、ですか?」
「私たちが介入すれば変えられることもありますが、天照大御神さまからの厳しい罰を喰らうでしょうね」
霧島はにっこりと『規則は忘れてはいませんよね?』と微笑みかけてくるが、自分には関係なさそうだしと記憶から削除した天界が定める禁則事項をなんとなく佐久夜は思いだす。
神として天界に仕えることになったとき、人界に関与してはいけないことを含め、いくつかの理を教えられた。その中には定められた運命を変えることが、最大の禁忌事項であったことを佐久夜は思い出す。
「あっ、神になら運命を変えられるから、禁則事項に入っているんですね」
「ええ。そして自分が家族や友人よりも先に亡くなれば、大切な相手の運命を知ることが出来ます」
霧島は怖い話をしますね、と前置きをしつつ話す。
「想い人よりも早逝してしまい、天界の神になった一柱がある想い人の運命を知り、運命を変えようとしました」
「どうなったんですか?」
霧島は佐久夜の問いかけに楽しそうな笑みを浮かべる。
「運命を無理に変えたせいか、想い人の運命はさらに酷いことになったようです。その神は自分のせいだと後悔をしたという話だけを聞いています。そのことが教訓になり、どの神もそれ以降、運命を変えようとはしません」
「その神さまへの罰則は?」
霧島は首を振った。
「なにも与えられなかったようです。多分、想い人に愚かだった神の罪が課せられてしまったのでしょう。想い人を救おうとした愚かな神への罰は、自分のせいで追い詰められていく姿を見せられることだったそうです」
「自分よりも相手を辛い目に遭わせるなんて」
「忘れがちですが、それだけ、古代からいる上級神たちは私たちと根本的な考えが違うということですね。早く対処をするために、彼らは私たちに仕事を与えたんですよ。運命が憑依者さえいれば変えられると分かった現身がどう行動するか分からないので、怖がっているんです。運命の書き換えは神にさえ、どうなるのかが分からないものですから」
「それでも変えたいと思うのが、人なのではないでしょうか」
もし、自分の大切な人が明日の命と知っていたのなら、その運命を変えられるよう動くことは間違えではないんじゃないかと、佐久夜はつい思ってしまう。
佐久夜の質問に霧島は一瞬、胡散臭い笑顔の仮面が破られ、悲しげな表情を浮かべたような気がする。鯛焼き屋の方へ霧島は足を向けると、半分にしたひとつを佐久夜に渡してくれた。
「決められたことを覆すのは罪です」
「……神さまって厳しいですよね」
「佐久夜さん。あなたもそのひとりですよ?」
ついつい、その意識が飛ぶが、佐久夜も下級神ではあるものの、確かに神のひとりだ。
「あの、霧島先輩」
「なんですか?」
「先輩みたいになれば、どんなに大切なひとの窮地だと知っていても、運命だからと諦められるものなのでしょうか?」
霧島は手に持っていた自分の分の鯛焼きまで、佐久夜の口につっこんだことで返事をしない。
「さて、明日も早いですし、そろそろ帰りましょうか。佐久夜さん、明日はよろしくお願いします」
自分の顔が見られたくはなかったのか。霧島はそのまま、踵を返してしまう。
霧島も運命を変えたいと思ったことはあったのだろうかと、彼らしくはない行動に佐久夜は思った。
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