第9話
「周さま。その前にお部屋のお掃除をさせて頂いてもよいですか?」
周が創った世界のことを聞くだけなら耐えられた。しかし、ここに留まらなくてはいけないのなら、少しでも綺麗にしたいと佐久夜は思う。
「えっ? そんなに汚れてる?」
「はい。気になって、仕事に集中出来ません」
「……周さま。あなたの助手はどうされたんですか?
「ん〜っ。それがね『私は周さまのお母さまじゃありません‼︎』って出て行ったきり、帰ってこなくて」
彼女が使っていた掃除用具と割烹着を借りて、佐久夜は掃除をしようとする。
佐久夜が掃除をしている間、遊ぼうとしていた周も霧島に抑えられ、強制参加だ。
「あのさ、娘々。さっきから気になってたんだけど。その髪じゃ、目が悪くならない? よかったら、この簪を使うかい?」
「あっ、その」
佐久夜は周の善意になんと答えればいいのか分からない。
自分が顔を出せば、周たちを不愉快にさせてしまうだろうと前髪に触れる。
「周さま。佐久夜さんは、あなたと一緒なんです」
霧島がフォローをしてくれたが、周と一緒という発言がよく分からない。
「そっか。娘々の長い前髪は、ぼくにとっての眼鏡なんだね」
うんうんとひとりで納得すると、周は佐久夜に簪を握らせる。
「きみの顔がいつか見れるといいなぁ」
周は佐久夜をみて唇を綻ばす。彼の顔も瓶底眼鏡で分からないが整っている顔だちだと、今になって気がついた。
顔よりも先に非凡な性格に巻きこまれてしまうからだろう。
霧島は佐久夜の手から簪を奪うと、彼のスーツのポケットの中へと納めた。
「おやっ、おやぁ。霧島くん。やきもちかい?」
にやにやとした周の問いかけに霧島は相変わらずの微笑みで返す。
「仕事中ですので」
「……まぁ、そういうことにしてあげる。きみがぼくにやきもちなんて初めてだしね。霧島くんには、この食べかけのポテトチップスをあげよう!」
「結構です」
周が簪をあげたことが気に食わなかったのかと、佐久夜は納得する。彼らと長い時間、掃除を行いようやく人が暮らせる環境になった。
「さぁ、お待ちかねのぼくの一推しを攻略していくよ‼︎」
周が日本支部長から手に入れたゲームの機械に丸い円盤を入れると、華やかな音楽が流れる。
学園だと思われる建物を背景に容貌が整った人物たちの画像と共に名前が紹介されていった。
彼らの髪の色は金色や青色と多彩であるが、学園で注意をされないのだろうか。
「……娘々。彼らは染めてるわけじゃないんだよ」
「周さまも他人の感情を読むことが出来るのですか!」
「そのままの娘々でいておくれ」
周はしみじみと頷く。
「佐久夜さん。〈乙女ゲーム〉とはプレイヤーの分身のヒロインたる女性が、攻略対象者と呼ばれる男性たちの精神カウンセラーをして、ヒロインを好きになる話です。ヒロインは自分に依存させることが得意な悪女なんですよ」
「ちょ、ちょっと、霧島くん。夢のないこと、言わないで‼︎ ヒロインちゃんは素直ないい子だよ」
「素直ないい子は婚約者のいる相手を、あえて恋愛対象には選びませんよ」
なにか思うところがあるのか、霧島は珍しく、言葉に感情をのせる。
「婚約者がいる人を好きになってしまったという罪悪感も恋のスパイスじゃん。霧島くんの血の色は、絶対、青色だね。はいっ、決定」
普段は笑顔を貼りつけている霧島だが、周の前では、その仮面が剥がれているように思う。霧島は嫌々な態度を取っているが、それだけでも珍しい。
乙女ゲームよりも霧島の表情を観察していたことを気づかれたのか。周に軽く、笑われると片手で頭を画面の方へと戻された。
ローズクォーツ色の髪の女の子が転んだのか、金髪の男の子に手を差し出されている。
「出ました! リリアナたんっ‼︎ はいっ‼︎ 拍手‼︎‼︎」
周の言葉に訳もわからないまま、彼につられて、拍手をする。
「この子がぼく一推しの子なんだ」
周一押しの子が各々の男子と仲良くしている絵に、佐久夜はいくつかの疑問をもつ。
「あの周さまの世界にも、リリアナたん? さんはいるんですよね?」
「? そうだよ⁇」
周はなにが気になっているのかが分からないようだ、佐久夜は疑問を口に出す。
「ゲームの登場人物なのに、周さまの作った世界にも、リリアナたんさんはいるんですか?」
佐久夜の疑問に納得したようで、霧島が説明をしてくれる。
「佐久夜さん。創生神の方々は住んでいるひとりひとりの情報も、外見や生い立ちなど全て作成することが出来るんです。例えるなら、世界にコピーの存在を作るようなものですね。周さまはこのゲームの登場人物を自分の世界でも作ったんですよ。面倒なので、他の上級神は滅多にしません」
「え〜っ。他の神がおかしいんだよ。だって、推しの子が自分の作った世界で幸せになるのをみたくない? まぁ、このゲーム以外の人物設定は締切もあって拘れなかったけど」
「とりあえず、周さまのリリアナたんさんに対する愛についてはよく分かりました」
引き続きゲームを再開するが、佐久夜はまた不思議に思う。自分の選択肢の範囲外で攻略対象者たちの好感度が自然に上がっていく。
「あ、あの。この世界は一妻多夫制なんですか?」
佐久夜がなにより恐ろしいと感じているのは、人の粘ついた欲望ともいえる感情だ。佐久夜が生きてきた世界でも、ひとりに対して、何人もの結婚相手を抱えていた時代があったが、大抵は嫉妬により、人間関係が殺伐としていた。
物語では自分の意識外で幽体離脱をしてしまい、愛人の女性を苦しめ、最後には殺めたりもする。
男女に限らず何人も囲う怖さを知っている佐久夜からしてみれば、鈍いのか、この殺伐としている状況を分かっていない、リリアナのことが信じられない。
「まさか! このゲームに逆ハー要素はないから。一度、誰かのルートに入れば、リリアナたんは一途だよ?」
「ゲームではなく、周さまの世界で憑依者が全ての男性を手に入れようとするのは可能ですか?」
「……出来なくはないね。まぁ、この国の法律は一夫一妻制だから、法を変えなければ、婚姻関係は無理だけど」
「逆ハーレム、ですか?」
「憑依者たちが作りたがるという情報があるんです。好きでもない女性にちやほやされたところで、僕としてはなにが楽しいんだか、理解できませんけど」
もしも、この場に武田がいれば『お前にそんなことをいう権利があるのか!』と抜刀していてもおかしくはない。
霧島はどの女神にも愛想よく振る舞っていたが、内心ではこんなことを思っていたのかと思う。
彼は佐久夜をみると、唇に人差し指を当てる。
「佐久夜さん。女神たちには内緒ですよ」
「は、はいっ‼︎」
「まぁ、憑依者には人に定められている運命なんて関係ないしね。運命を司る神からさんざん、乙女ゲームの世界を投影することは、ぼくの勝手だけど『これだけは守れ‼︎ 』ってうるさかったからさ。ぼくの世界の子にも、ひとりひとりの運命情報を取り入れたけどさ。憑依者が好き勝手にするなら、運命なんて関係ないし。ぼくの世界の子たちの運命は、憑依者の子次第だね」
ゲームの世界では『リリアナ』と攻略対象者たちがどんな関わりを持っていくかを周に言われた通りに進めてはいくが、ところどころでリリアナを妨害してくる、赤髪の綺麗な女性の存在が佐久夜は気になった。
「周さま。この赤髪の女性は?」
リリアナの甘い顔だちとは違い、濃いめの化粧のせいなのか、厳しい顔をしている。
「よくぞ、聞いてくれた‼︎ 娘々‼︎ 霧島くんは黙って、淡々とスチルだけを回収していくからつまらなくて」
「……周さま。何度も言いますが、これは仕事ですからね」
「仕事でも、ぼくは好きなことをしないとやる気が出ないんですよぉ。この赤髪の子は、攻略対象者のひとりである王子の婚約者だよ。アンネリーゼ・ド・グランジュ。ヒロイン、リリアナのライバルだね」
「ライバルですか?」
「うん。高位貴族なのに婚約者がいないってのもおかしな話だろう? ほかの攻略対象の子にもライバルキャラクターはいるけど、彼女は特別なんだ。侯爵家のご令嬢で王家に嫁ぐためだけに、厳しい教育を受けてきた。そんな生活に疲れていたなか、唯一、自分を心配してくれた王子を愛しているからこそ、リリアナを害すために、綺麗なその手を悪事に染めてしまうのだ‼︎」
「は、はぁ」
隣に座っている周の助言を受けながら、佐久夜は乙女ゲームを最後までプレイする。
《こうして、私は学園を去ることになった》
アンネリーゼが出て『あなたはライバルにもならない子ね』という文字の表示と共に悲しい音楽が流れ、ゲームを作ったスタッフの名前一覧が流れてくる。
「え、ええと。これは」
「バッドエンドのひとつだね。誰の好意も獲得しないと訪れる結末だ。きみ、ひとりも気になる人はいなかったのか?」
口にはしないが、ゲームの攻略対象者たちよりも霧島の方が顔はいい。だからこそ、周囲からどうして霧島に憧れず、佐久夜が怯えるのか、その気持ちが分からないのだろう
霧島の顔立ちに佐久夜はなにか引っかかるものを感じている。
「佐久夜さん」
そんなことを思っていただけに、霧島に呼びかけられて、佐久夜はびくっとしてしまった。
「世界の基礎知識は得られましたか?」
「えっと、はい」
多分、大丈夫だとは思う。しかし、ゲームとは違う、現実の世界のことを考えると今から憂鬱だ。
「ぼくの世界をよろしくね〜」
間の抜けた声で周に応援をされ、佐久夜は曖昧に頷いた。
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