第2章 乙女ゲームを愛する神
第8話
霧島と佐久夜はエレベーターに乗ると、彼は懐から翡翠の勾玉を出す。
「霧島先輩、それは?」
「佐久夜さん。
疑問を
「佐久夜さんは上層階を押しても、反応しないことを不思議には思いません?」
「なにか意味があるんですか?」
佐久夜の問いかけに、霧島は満足げに頷く。
「上層階は名のある神ばかりの仕事場ですので。一応、天界としても配慮はしてるんですよ」
霧島は階数のあるボタン下の操作盤を開くと、不自然に空いている場所に、勾玉を入れた。
「もう一度、押して貰えますか?」
勾玉を入れたことで今まで反応がなかった階数のボタンが押せたことに、佐久夜は間抜けな顔をしてしまう。
「驚きました」
確かにびっくりはしたものの、同じ型を作って、埋め込めば、上層階に行けてしまうのではないかとも佐久夜はつい、考えてしまう。
「今、型のことを考えてましたよね」
「ええと、はい」
「この勾玉は初音さまにお借りしたものなんです。ただの翡翠にみえますが、中には上層部のみ知る暗号が埋め込まれてあるらしいんですよね。佐久夜さんは知りたいですか?」
知ってしまったら後にはひけないという霧島なりの警告だ。佐久夜は思いっきり、首を横に振る。
「実は、僕もしらないんです。あっ、
自分が怯えた時間はなんだったのだろうと、佐久夜は思う。
霧島は佐久夜のそんな気持ちも知らずに、部屋の扉を叩いた。
「周さま。 今、お時間を頂いてもよろしいですか?」
「いいよぉ」
扉を開いた瞬間、佐久夜は嗅いだことのない臭いに咳きこむ。
部屋を見渡せば真黒い綿があちらこちらで生まれていた。あまりの汚部屋っぷりに悲鳴をあげそうになった佐久夜の口を咄嗟に霧島が手で覆った。
積まれて崩れ倒れた本と開かれたままの何かが入っていたケース。
部屋の汚れが気にならないのか、座っている小柄な男はいくつも並べられた巨大モニターのような画面から目を離さずに返事をする。
佐久夜が落ち着いたことを確認した霧島が口から手を放した。
「佐久夜さん。この方が小世界のひとつ。僕たちがこれから行こうとしている世界を任されている【
自らが創設した世界を任されているという神は、普段なら声をかけることすら恐れ多い、そんな権力を持っている神のひとりだ。
佐久夜の名前を聞いた周はようやく、画面から目を離すと黒の瓶底眼鏡をあげながらも、佐久夜に近づいてくる。
霧島とはまた別の意味で距離をとりたいと思わせる神だ。頭は寝起きのようにボサボサで、着ている白衣は食べ物のカスがついて薄汚れている。
「やややっ!きみは‼︎ ねぇ、霧島くん。彼女はぼくのお知り合いかな」
「い、いえ。初対面かと思いますが」
周は知り合いにはなりたくないタイプだ。
天界は変わった神が多い。彼が早口の上、マイペースに話していくからこそ、佐久夜は自分の自己紹介をすることもままならない。
「天照大御神を初めとして神々は、能力がある神を傍に置かれていますが、周さまにいたってはいかがなものかと思います」
「ひどいな〜、霧島くんは。小世界の中でも、ぼくの創った世界は平和な方なんだぞ」
「……問題がなければ来ていませんよ。周さま、初音さまから渡された書類はお読みですか?」
「書類? 毎回、知らない間に置かれていくからなぁ」
「異世界転生課の業務が変わるにあたり、各世界を運営している創世神の皆さんに世界に入る許可を送って貰ったはずなんですが」
ねこのように首根っこを掴まれた周は、積まれている本の上へと霧島の手によって降ろされる。
「初音さまからの書類? あ、あったね。そんなの。うちの
周は恐れ多くも、初音を食糧だと思っているのだろうか。そう考えている佐久夜の思考をまた読みとったのか、霧島は分からなくていいですと疲れた口調で告げる。
「あのぉ。霧島先輩って、他人の思考が読める能力とかありますか」
「よく分かったね、霧島くんの連れの子っ‼︎ 霧島くんはその能力を使って、ぼくたちをよく脅してくるんだよ」
周はわざとらしくよよっと机に崩れたポーズを見せると酷い子だと霧島を非難する。
「そんなわけないでしょう。あなたたちの顔に書いてあるだけです」
周と互いの顔を見合わせてみるが、なにも書いてはいない。顔を見合わせる内に耐えられなくなったのか、周が佐久夜の顔を見つつも吹き出した。
「……周さま。分かっていて、佐久夜さんで遊ばないでください」
「あっははは。彼女は素直な子なんだね、霧島くんとは違って」
周の言葉に霧島の笑顔が深まっていく。
内心は周に対する罵詈雑言でいっぱいなのでは? と考えれば、霧島を天然でからかう周を置いて、まだ仕事は始まったばかりなのに帰りたくなった。
「周さまの世界でも変わったことはありませんか?」
「変わったこと? 変わったことねぇ……」
うーんと両腕を組みながら考えていた周はなにかを思い出したようだ。
「そういや、リリアナたんがアグレッシブなキャラ変してたな。子供のころは性格が変わることが多いから、気にしてなかったけど」
「リ、リリアナたん?」
「ぼくの世界の子なんだけどね。ぼくのお気に入りの子なんだ。霧島くん、もう一度、初音さまの書類内容、簡単に説明してくれる?」
「……次はしっかり、書類を読んでくださいよ」
霧島がため息を吐きつつ、書類をめくりつつも周に説明をすると、彼は大袈裟に聞く。
「へぇぇ。そんな面倒なことになってるんだ」
「『なってるんだ』って、他の神々の話題にはならないんですか⁇」
「今まで、ぼくの世界に『憑依者』の存在はいなかったからね。カースト上位か?って神のとこばっかり見つかったみたいだし。正直、ざまぁって思ってた」
「……そ、それは」
「佐久夜さん。天界のなかでも世界の創設を任された神々は特に変わったひとが多いので、気にしなくていいです。これでも、まだ周さまは話が通じる神なんですよ」
「えっ、そ、そうなんですか⁇」
自分で創設した世界を任されている神たちの容貌は優れていると聞く。
いくら、外見がかっこいい神や美人の女神でも、中身は常人には理解しがたい変わり者だと知っていれば、関わり合いになりたくない。
だから、上級神たちの助手の募集は好条件なのに、人事課に貼られたままなのだろうか。
「……他の神さまたちとはお会いしたくないんですが」
「同意見ですが、僕たちの立場ではそうもいかないでしょうね」
佐久夜の部署的にも今後、嫌でも関わりあいになる確率の方が高いだろう。もし、積極的に関わらなくてはいけない事態になったら、責任者として霧島を表に出そうと佐久夜は心に誓う。
「ん〜。誰が、『憑依者』かを見極めたいからこそ、ぼくに会いにきたってことか」
「はい。情報が必要だと思ったので」
「霧島くんはそういうところ、抜け目ないよね。ぼくの世界は君たちの元いた世界で流行っている『乙女ゲーム』を基盤にして作ったんだ」
「『乙女ゲーム』ですか?」
「うん、きみたちの世界の人間ってすごいんだよ。RPG、アクション、アドベンチャー、シミュレーションとかとか! 退屈しないような沢山のゲームが日夜、開発されてる。ぼくはちょくちょく、君たちの世界に遊びに行ってたんだけど、日本支部長の神がさぁ、『これをあげるから。お願いだから、もう二度と来ないでくれ』って最新のゲームとハードを一緒にくれたんだ」
周のことだ。人界でもなにかをやらかしていたのだろう。
「日本支部長がかわいそうになりますね」
「え〜。でも、ぼくたちマブダチなんだよ⁇」
佐久夜は霧島に顔を向けるが、小さく首を振る。
「えっと、きみの名前が分からないから、娘々でいいか」
霧島が何度も佐久夜の名前を呼んでいたにも関わらず、自分の名前すら覚えていなかったのかと思うと、彼と話して感じた疲れが余計に増した気がする。霧島は苦笑を浮かべつつも、佐久夜を労わった。
「周さまは自分の興味があるもの以外は覚えないんです。僕も名前を覚えてもらうまでは、『
「娘々は乙女ゲームをプレイしたことはある?」
霧島の言葉が聞こえているのに、周は都合のいい耳でも持っているのか、興味のあることしか口にしない。この神は名前を覚える気がないのだろう。
娘々と呼ばれている周の助手の存在が可哀想になってしまう。
佐久夜は初めて聞く『乙女ゲーム』という言葉に首を傾げた。
「天界あるあるだけど、娘々も意外に歳を取ってるんだっけ?『お前の些末な言い訳は聞き飽きた。私の名前を持って、お前との婚約は破棄する‼︎』っての知らない?」
自分たちに人差し指を突きさしてキメ顔をした周ではあるが、佐久夜の反応も芳しくはないことで不満そうだ。
「霧島先輩はご存知ですか?」
「僕は以前、大変不本意ながら、どうしてもと請われ、周さまの助手をしていた時期があるんです。そのときに色々と学ばされました」
「あはは。あのときは、霧島くんにはお世話になったね。物は試しだ。娘々の理解度を深めるために、実際に遊んでみようか」
佐久夜は周の発言に手をあげる。
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