第7話

 営業課から鼻歌混じりで出てきた石上を待ち侘びていた佐久夜は、廊下から彼の腕を掴むが、驚いた石上に叫ばれた。

「ぎょあ!って、佐久夜か。もぉ、驚かさないでよ」

「……あんた。飲みに付き合ってくれるって言ったわよね?」

「なに、なに? 面白い話?」

「……最悪よ」

「ふーん。とりあえずは佐久夜の奢りで。面白い話なら、割り勘でいいよ」 

 石上のしたり顔が鼻についたが仕方がない。

 神は人間のときとは違い食事はしないが、娯楽として楽しむための店はいくつか建ち並んでいる。和洋折衷、違う世界を生きてきた神たちにも馴染み深い味だ。 

 同期同士でよく行く和風の店に足を踏み入れれば、恰幅のいい昔気質な女将がいつもの席へと案内してくれた。 

 石上はおでんや鯨の揚げ物などを次々と頼んでいくが、佐久夜は食欲が湧かないので、頼んだ梅酒をちびちびと飲んでいく。

「ちょっと、佐久夜。きみさぁ、お酒、弱いでしょ。ちゃんと割らないと駄目だよ」 

 佐久夜が持っているグラスに、勝手に石上は氷水を入れてしまう。

 これでは、ただの果実水と変わらない。

「それで、どうしたの?」

「石上は『異世界転生課』のこと、知ってる?」

「あぁ。『こんな仕事、やってられるか!』って今まで、大人しかったシステム担当だった神が暴れて引き継ぎもせず、とっとと人界に転生しちゃった件でしょ? システムを変えたせいで、各小世界で異変が起きて、担当してた創生神がてんやわんやで、解決するために試運転で首を切られても困らない下級神が投入……」 

 途中まで言って佐久夜の顔色を覗きこむと、ご愁傷さまとばかりに石上は慰めるように肩を何回か叩く。

「どんまい! きみって、本当に運が悪いよね」

「……本当よ」

「その顔じゃ、問題は部署異動だけじゃないんだろう?なにを悩んでいるのさ?」 

熱々だよ、と持ってこられた湯気が立っているおでんの大根をふぅふぅと息をかけながらも石上は尋ねてくる。

「一緒に仕事をするのが、霧島先輩なの」

「? よかったじゃん?」

「なにがよかったのよ!」

「だってさ。霧島先輩、優しいじゃん? 佐久夜が色々とヘマしても怒っているところなんて、一度もみたことないし」

「あのね、石上。ここだけの話にして欲しいんだけど。霧島先輩って怖くない?」 

 武田先輩以外には話したことはなかったが、石上は同期のよしみで話すことができる。

 一見、口は軽そうにはみえるが、こうみえても秘密が守れなければ命に直結する仕事に就いていたこともあり、黙っててとお願いをすれば、大抵は口を噤んでくれる。

「ん〜。ぼくは佐久夜とは違った意味で怖いんだよね。ぼくの勘って外れたことないし」

「どういうこと?」

「へへっ、内緒」 

 石上の口を柔らかくするためにも、追加の料理を注文していく佐久夜に、彼は苦笑した。

「ぼくは佐久夜みたいに食べものでは屈しません」

「くっ、屈していないもの」

「霧島先輩ねぇ。まぁ、不思議な先輩ではあるよね。他の神には付き合いを円滑にする為の笑顔の仮面を被っていたとしてもさ」 

 石上はこの店名物のだし巻き卵を、佐久夜の口に押しつけてくる。佐久夜は美味しそうなだしの匂いに負けて、つい、口を開いてしまう。

 餌付けしてるみたいだ、と石上は呆れた顔をしつつも、佐久夜の口の中にだし巻き卵をいれた。

「佐久夜に対して、優しいのは演技だけじゃないと思うけどね。ほら、佐久夜も食べないと、おばちゃんに怒られるよ? お酒だけじゃ、体に悪いしね」 

 母親のように『ゆっくり、お食べ』と言われ、仕方がなく、卓に並べられている料理を佐久夜も食べていく。

 食べている間に食欲も戻ってきたのか、食べ物をハムスターのように詰めこんでいく佐久夜に『きみって花より団子だよね』と石上は苦笑した。




 翌日、寝不足のまま、異世界転生課と書かれた部屋へと向かうと、先に霧島が来ていて、佐久夜の背中も自然に伸びる。

「おはようございます。霧島先輩」

「おはようございます。佐久夜さん」 

 部屋の中に自分と彼しかいないことで、佐久夜は周囲を見渡す。

「あ、あの、先輩。他の先輩たちは」

「初音さま曰く、極秘任務扱いらしいので」 

 霧島とふたりの仕事だということに、どうして教えてくれなかったんだと、佐久夜は泣きたくなる。

「佐久夜さんは、僕のこと、苦手ですよね」

「はいって、いいえ‼︎」 

 これから一緒に仕事をしなくちゃいけない神に向かって、さすがに本音を伝えるわけにはいかない。

「どっちですか。まぁ、佐久夜さんには申し訳ないですが、さすがに初音さまに任せられた仕事は、ぼくでも断ることができません。ぼくがあなたの上司になることは諦めてくださいね」

「……はい」

「初日の今日はまず、僕たちが向かう世界を創った創世神に会いにいきましょう」 

 霧島が背を向けると以前も気になっていたレースのリボンが目につく。霧島ならいくらでも高価な新しいリボンを買うことが出来るのに、古いリボンを使っていることが気になった。

「佐久夜さん?」

「な、なんでもないです」 

彼に聞く勇気もなく、佐久夜は霧島の後に続いた。

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