第5話

 ほかの武神のように怒鳴りはしないものの、佐久夜がいくら失敗をしても笑顔を崩さない霧島から教わる日々は、相変わらず、地獄の日々でしかなかった。

「仕方ない子ですね」 

 どれだけ失敗をしたとしても、霧島は苛立ちひとつさえ見せない。佐久夜からしてみれば真顔で感情が読めないからこそ、心の中でどんな悪態をつかれているのか分からないのが恐ろしい。

 そんなことを考えながら、仕事をすると失敗をして、また彼に笑われながらもフォローをされるという悪循環ばかりを繰り返した。 

 初めは佐久夜がわざと霧島を困らせて気を引いているんじゃないかと周囲から思われていたようだが、指導を統括していた神に『霧島先輩が怖いんです』と泣きついたことで考慮されたのか、途中から教育係の先輩が交代した。 

 天は自分を見捨ててはいなかったのだと、改めて、仕事を頑張ろうと決意をしたくらいだ。 

 怒りやすい性格の為。同期からは煙たがれていた武田という神が霧島の代わりの教育係となり、佐久夜はその日以降、以前のような失敗をすることが少なくなった。

 奇妙なことに武田が佐久夜を怒鳴ろうとするたびに、一瞬、身震いをして、両腕をさすると後ろを振り向く。 

 誰かと目が合ったのか。引き攣った微笑みを作った武田は冷や汗をかきながらも、佐久夜に上擦った声で優しく教えてくれた。

「先輩。後ろになにかいるんですか?」

「あ、ああ……いや、なんでもねぇ。言ったら祟られちまう。神でも呪いにはかかるらしいからな」

「えっ。今どき、藁人形でも作ってる神がいるんですか? この天界で⁇」 

 呪いイコール丑の刻参りうしのこくまいりのイメージがある佐久夜は思わず、お経を唱えたくなってくる。

「んなわけ、いやっ、あるわけないでしょう」 

 また後ろを振り返りながらも、武田は口調までもが丁寧になってしまった。

「せ、先輩?」

「はぁぁ。俺、お前の教育係を引き継ぐ日に戻れればって何度、思ったのか分かんねぇ」

「私は先輩に変わって良かったと思ってるのですが」

「まぁ、しらねぇ方が幸せってこともあるわな。お前の鈍さは長所だぜ! 佐久夜‼︎」

「ごほっ……全然、嬉しくないんですけど」 

 背中を大きな手で叩かれて、咳きこんでしまう。武田に『実は私、霧島先輩のこと、苦手なんです』と告白すれば、彼も霧島苦手仲間であることが分かり、佐久夜の武田に対する好感度があがった。 

 情報通の石上に聞いたところ『気になっていた女神が、霧島先輩に気があるから怨んでるみたい』とのことだ。 

 岩のようなごつい顔には似合わず、お菓子作りが好きだという武田から『味見係』という嬉しい役目を佐久夜は貰うことが出来た。教育係としての日々が終わっても変わらず、お菓子を恵んでくれる武田はいい先輩だ。

 ほかの女神たちに何故、霧島を蹴って、武田を選んだのかと首を傾げられたが、自分の防衛本能が働いたと佐久夜は思っている。





 霧島に声を掛けられて、天界で働いてきた経緯まで思い出してしまったが、当事者本人に『どうして、自分の教育係をおろしたのか?』と聞かれてしまったら、答えに苦慮するに決まっている。

 佐久夜は話題を逸らすべく、石上に声を掛けた。

「ねぇ、石上。その巻物、早く運ばなくていいの?」

「やばぁ、急ぎだって言われてたんだ。じゃあ、またね、佐久夜。霧島先輩も失礼します」

「えっと、私も失礼します」 

 石上と別れたあと、ますます、佐久夜は人事課へ進む足がゆっくりとなることを感じた。頭を下げたはずなのに、霧島も自分の後に続くことに佐久夜は不思議に思う。

「霧島先輩もこちらに用があるんですか?」

「ええ。ですので、ご一緒させて頂きます」 

 佐久夜に確認をするのではなく、霧島は断言する。顔だけはなんとか繕って、佐久夜は彼と一緒に人事課の方へと足を向けた。

「では、佐久夜さん。僕は此処で。また、お会いしましょう」 

 ようやく、霧島と離れられることで、佐久夜の口元には自然と綻んでしまう。霧島に別れを告げた佐久夜は、ようやく息を吸えたような心境で足を速めた。


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