第4話



 ロストンは朝陽の差し込む校閲部のオフィスに足を踏み入れた。自分の椅子に座ると同時に、机に置いてある仕事用のグラスをかける。眼鏡のように軽量だが、レンズにスクリーンと拡張現実の機能が備わっている。

 彼はグラスが映し出す修正内容を確認した。

 校閲部では、出来立ての記事の表現の間違いをまず人工知能がチェックして修正し、次に社員がその問題個所と修正バージョンをダブルチェックしている。

 自分に記事の内容に手を加える権限はないので、地味な仕事だった。人工知能が仕事をほぼ完ぺきにこなすし、自分はそれを再確認するだけ。言い方を換えれば、人工知能は間違っても責任を取れないので、自分は何かあった時に責任を取らされる切り捨て要員として配置されている。大きな間違いがあったらすぐに辞めさせられるだろう。だから人工知能が間違えることなんてほとんどないのを知りつつ、血眼になってチェックしている。

 ロストンは修正箇所のリストを一瞥した。


記事タイトル:「更新されるアフリカ平和条約」

問題個所:プライムミニスター・ファノンは地域の友好関係を… 

修正:プルミエミニストル・ファノンは


記事タイトル:「GDP四半期予測」

問題個所:3.24%成長

修正:3.42%成長


記事タイトル:「世界の失業率」

問題個所:チャイナでは失業者への支援が…

修正:ジョングオでは

 

記事タイトル:「ルチアーニ議員、横領疑惑が晴れる」

問題個所:冤罪であったと判明…

修正:エローレ・ジウディツィアリオであったと判明


 ロストンは記事タイトルの横にあるリンクをクリックして原稿を開いた。

 一つ目の記事は、五年ごとに更新されるアフリカ諸国間の平和条約のことだった。条約の更新時期が近づく中で、プライムミニスター・ファノンがアフリカ内の友好関係の強化を支持したという記事内容だった。英語圏でいうプライムミニスターと、ファノン氏の国でいうプルミエミニストルは、同じく国の長を指す言葉だが、それに付随する権限が互いに大きく異なる。だからプルミエミニストルに変える必要があるというわけだ。ニュース内容に対する誤解を避け、事実を間違いなく伝えるためには、オリジナルの用語を使って報道しなければならないというのがルールだった。今年から適用されたルールなのでまだ慣れていない記者が多く、こういうミスがよく起きるのだった。記者たちの使う文章作成ツールにも自動修正機能は付いているのでそれをオンにすればばミスを避けられるが、校閲部で使う高額人工知能の方がより精度が高いので、修正は全部校閲部でやってくれというスタンスの記者も多少いる。

 次の記事に目をやると、もっと単純なミスだった。3.42%成長と書くべきところを3.24%成長と書いている。こういうミスは、本当の成長率を再確認すればよい。

 だが順調な経済成長率を見ながらロストンは疑問に思った。

 この国の生活水準や生産性は上がっていると言うが、貧富格差は広がっている。庶民の暮らしは厳しい一方で、富裕層は莫大な富を積み上げている。平均所得が増えているのは、その富める者たちが平均を釣り上げたからに過ぎない。また、庶民の生計が成り立つのは、働き口がある場合であり、失業すればたちまち貧困状態に陥る。クビになったり、病気で仕事を辞めたり、パートタイムで働くことになったりすれば、厳しい状況が待っている。それがこの世界一豊かだと言われる国の現実である。  

 ロストンは心の沈むような気持ちを抑えながら、次の記事に取り掛かった。

 ”チャイナ”を”ジョングオ″に直すというものだった。中国人は自国のことを”ジョングオ″と呼び、”チャイナ″とは言わない。そのようにオリジナルの発音を尊重して例えば”ジャパン″は”ニッポン”という風に本来の発音で表記するというのが新しいルールだ。オープンスピーク全国委員会と全国メディア協会がそれを決めたのはつい二年前のことで、記者たちは未だによく間違える。国名だけでなく、都市名も同じで、たとえば”フローレンス″はオリジナルの”フィレンツェ″、”ヴェニス″は”ヴェネツィア″と表記しなければならない。

 記事が世に出る前にこうやって校閲で修正されればよいが、中には校閲部も見逃してしまい、間違ったまま出版されてしまう場合も稀にあった。先ほどの成長率の間違いなどは、経済状況に関して間違った情報を流すことになるので、大変な問題だ。だから間違った過去の情報は、見つかり次第、訂正のお詫びとともに新しい情報にすぐさま更新される。

 しかしお詫びをしない場合も多々あった。不思議なことに、もっと大きな訂正は、謝りもなく、何事もなかったかのように静かに直されて終わりなのだ。

 メディアは何かを報道した後、訂正の謝罪もなしに、真相が明らかになったと言って、以前とはまったく異なる内容を報道したりする。たとえば、ある芸能人を大々的に持ち上げたかと思えば、次の日には裏の顔をもっていた人だったとバッシングをして、その人を潰しにかかる。

 同じく、新聞、テレビ、本、雑誌、パンフレット、ちらし、映画、歌、漫画、演劇など様々な媒体を通じて、毎日のように、過去は今まで知られていたのとは違う内容に塗り替えられている。過去の記録を否定する記録がどんどん積み上がっていくのだ。

 だから歴史は真実の記録というより、永遠に繰り返される自己否定の記録にすぎない。報道された何かを真実だと確信するのは不可能だろう。

 彼は校閲部のオフィスを見渡した。

 仕切りのない広いオフィスに、二十人ほどが十分な間隔を空けて座っている。小走りで動く人や立ち話をする人が見えるものの、まるで誰もいないかのような静けさだ。隣のデスクの人は、歌をうたっているのか口をパクパクしている。だが何も聞こえない。

 以前は地味な仕事内容にもかかわらずこのオフィスもそれなりにうるさかったが、ノイズキャンセリング機器が設置されてからは、まるで個室に一人でいるかのように静かになってしまった。音がした時に、各デスクに設置されたノイズキャンセリング機器が逆位相の音波成分を発生させて音を中和するのだ。それをオンにすれば自分の空間に騒音は入ってこないし、自分の出す騒音も外に漏れない。テキストメッセージを送ったりしないとお互いが近くにいることに気づかないという問題点はあるが、邪魔されずに仕事や考え事に集中できるのは良い点だった。

 オフィスの端っこを見ると、髪を七三で分けたグリフィスという男が背筋を伸ばして座っている。彼は、あらゆる分野のなかでも特に専門用語の多い、科学に関連する記事や本の校閲を担当していた。また、その仕事とは別に、彼自身もペンネームで科学関連の記事を書いて色々なところに投稿しているという噂だった。ただ、ペンネームを秘密にしていて、彼がどういう記事を書いているのかを知る人は周りにいなかった。

 グリフィスのように、この会社では多様な分野に特化した社員が数多く従事している。映画部門やスポーツ部門や教科書部門、音楽、学術書、子供向けの月刊誌、グラビア雑誌など、この会社はあらゆる方面に事業を拡げていた。設備も充実していて、地下の巨大な印刷所から最上階の撮影スタジオまで色々な設備が整っている。

 ロストンは、視線を自分のデスクに戻し、残っている記事に取り掛かった。もう一度その文面を眺める。

 

記事タイトル:「ルチアーニ議員、横領疑惑が晴れる」

問題個所:冤罪であったと判明…

修正:エローレ・ジウディツィアリオであったと判明

 

 アメリカで使う冤罪という言葉とイタリアで使うそれは法的な定義が少し異なるため、イタリアで起きた冤罪に関してはイタリア語で冤罪を意味するエローレ・ジウディツィアリオを使わなければならない。それが新しいルールだ。

 だがロストンはどうも納得がいかなかった。こういうのをいちいち向こうの言葉にしたら、英語を使う国なのに外来語ばかりになってしまうではないか。他国の言語を尊重するあまり、母国語を破壊している。

 彼は、記事の原稿に目を通した。政治資金の横領容疑で告発されていたイタリアのアレッサンドロ・ルチアーニ議員の疑惑が晴れたという記事だった。議員の横領を証言していた秘書の方が嘘をついていたという。

 気になったロストンは、この件に関する他の記事を検索してみた。

 ルチアーニ議員はヨーロッパの政治家として、そして世界市民連合の一員としても立派な働きをしてきたらしい。その軽快な喋り方もあるせいか、メディアでもよく取り上げられ、人々に親しまれてきた。ところが横領疑惑が浮上するや、まだ決定的な証拠が挙がっていないにもかかわらず、メディアは彼を犯人のように扱い、激しく非難するようになった。週刊誌で彼は私生活まで根掘り葉掘り面白おかしく取り上げられ、根拠の怪しい諸々の疑惑を新たに吹っかけられていた。

 そんな中、昨日になって横領を証言していた秘書が、実は横領をしたのは自分だと白状したのだった。政治資金が底をつき始め、自分の横領が発覚してしまうと思って、ルチアーニ氏に罪を擦り付けようとしたのだという。

 秘書が証言を覆すと、昨日まで議員を激しく責めていたメディアは、ルチアーニ氏への謝罪などなしに、今度は彼のことを疑惑に根気強く耐えた英雄と称え始めた。そして不正を暴いた英雄のように描写されてきた秘書を、今度は極悪人として報道し始めた。

 でもメディアは本来、疑惑の段階ではルチアーニ氏を犯罪者のように扱ってはならなかったのだ。疑惑の対象だという理由だけで、私生活に土足で入り込んではいけないはずだった。ところが、読者数を伸ばして収入を増やすために、週刊誌も新聞も競ってセンセーショナルな記事を書いた。競争は会社と会社の間だけでなく、会社の中にもある。このトゥルーニュース社でも、記者たちは、同じ事件を扱う他の記者たちに負けないように、刺激的な表現を散りばめた記事を切磋琢磨して書いている。そして編集長は、その中から一番注目を集めそうなものを選び、さらにもっと注目を浴びるように編集する。

 そのようにして世に出された刺激的で誇張された記事が、消えない記録として永遠に残る。ルチアーニ議員が潔白だったとしても、メディアによって報道された彼のネガティブなイメージや私生活は永遠に残ってしまうのである。

 行き過ぎた記事を出すと訴えられることもあろう。だが、政治家としてメディアを訴えるのが得策でない場合もあるし、芸能人の場合は特にそうである。その弱みにつけ込み、刺激的な表現を使って嘘の情報をでっちあげる雑誌さえある。

 ルチアーニ氏は、昨日まで犯罪者のように扱われていたが、今や英雄になった。一夜で犯罪者が英雄になるとはなんとも奇妙なことだった。だが、もしルチアーニ議員がやはり潔白じゃなかったという疑惑が浮上すれば、再び全ては書き換えられるだろう。たとえば、秘書の自白の方が実は嘘であったと判明する可能性だってある。秘書が誰かに脅され、自分の証言が嘘だったと言わされたかもしれないのだ。そうなればメディアはルチアーニ議員への攻撃を再開するだろう。

 考え過ぎだろうか、とロストンは自問した。だがそういう光景は今までに何度も見てきたし、そのたびに真実は覆され、修正されてきたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る