第17話兄と姉で仲直り

 

「一応、改めて謝罪をしておく。前は祈が悪かったな」

「……なによ、そんなかしこまって」

「いやなに。そんな姉妹みたいな存在を馬鹿にされたら、そりゃあ怒るだろうなって思ってな。それに、俺から面と向かって謝ったことなかったからな」


 祈が九条に謝ったことはあったし、俺も九条に謝りはした。でも、藤堂には俺も祈も謝ったことはない。だから、ここらで一度しっかりと謝っておくのがいいだろう。


「別に、あんたから謝られる筋合いなくない? あんたは何にもしてないんだから」

「だとしても、あいつの監督役は俺だ。それなのにあいつが何かやらかしたんだったら、それは俺の責任でもあるだろ」


 祈がまだ社会に溶け込めていないのは理解していたし、あいつが特殊だってのも理解していた。

 それなのに、俺は油断してあいつのことを抑えきれなかった。抑えられない状況を作ってしまった。ならあの時の喧嘩は俺が起こした問題でもある。


「……そ。でも、もう気にしてないから。あれはあたしも悪かったし、もう終わったことじゃん」


 俺が謝ったことがそんなに驚きだったのか、藤堂は軽く目を見張りながら俺のことを見つめ、すこししてからふいっと再び顔を正面に向けた。


 その反応はそっけないもののように思えるが、これはあれだな。ツンデレだ。

 もともとの性格なのかスキルの副作用なのか、感情っぽくなりやすいところはあるのかもしれないけど、基本的に悪いやつではないようだ。

 今まではどこか壁があったが、なんだかこれからは少しだけ話しやすくなるような気がした。


「そうか。ならいいけど……ありがとうな」

「だからもういいってば。この話おしまい!」


 こうしてはっきりと感謝を伝えられるのは慣れていないのか、藤堂はそう言うなりすこしだけ足を速めて俺の前を歩き出した。

 そんな反応に苦笑しながらも、俺も足を速めて再び藤堂の隣を歩く。


「わかってるよ。だからそっちじゃなくて、祈と仲良くしてくれて、って方だ」

「は? 別に仲良くなんてないんですけど?」


 祈と仲良く、なんて言った瞬間藤堂は足を止め、不機嫌そうな声と表情でこちらへと振り向いてきた。

 どうやら、あの時のことは水に流したし喧嘩もするつもりはないようだが、それでも仲がいいといわれるのは不本意らしい。


 でも、俺からしてみれば今の対応でも十分だし、今までの接し方でもありがたいことなのだ。


「まあ仲は良くないかもしれないけど、それでもあいつと接してくれてるだろ。あいつは不器用なところがあるからな。人間的にも、他の奴よりも心に幼さがある。だから色んな人と接するべきなんだが、見ての通り俺から離れないからな。だから、たとえ最初は無理矢理だったとしても、あいつのことを嫌っているとしても、一緒にいてくれてありがとう」


 嫌っていたとしても一緒に食事をしてくれるし、必要最低限だとしても会話をしてくれる。父親からも母親からも見捨てられ、俺以外にまともに接してくれる人間がいなかった祈にとって、『人として相手をしてくれる人物』というのはとても貴重なんだ。


「……別に。あいつのことは好きじゃないけど、あれくらいなら平気っていうか、気になんないし」


 そんな俺の言葉が恥ずかしかったのか、藤堂は先ほどまでよりも小さな声で呟くように答えたが、なんだかその反応がほほえましく感じてしまい自然とほほが緩む。


「そ、それよりっ。あんたも意外だったんだけど。なんか意外とお兄ちゃんやってんじゃん」

「本当にお兄ちゃんだからな」


 お互いに顔を見合わせると、同時に笑った。

 やっぱり、壁なんて作らないほうがいいな。最初こそあまりよくない出会いだったが、実際に話してみればこんなもんだ。普通に話せるし、話していて楽しい。


「お互いに手のかかる妹がいて大変だな」

「そーね。まあ、うちの桜は手がかかるところもあるけどめっちゃいい子だから気になんないけどね」

「妹自慢どうも––––っと。あそこが部室か?」


 話しているうちにかなり歩いたようで、部室として指定された部屋が見えた。


 部室に到着して中に入ると、そこは小講義室のように階段状になっている部屋で、すでに多くの人が集まっていた。だが、そのネクタイやリボンの色はバラバラだ。おそらくは一年だけじゃなくて二年と三年も集まっているんだろう。


 話しかけようかとも思ったが、ここにいるってことはそれなりに身分や立場のある人間が多いだろうし、下手に話しかけるのは尻込みしてしまう。


 一緒にここに来た藤堂は知り合いがいたのかさっさとそっちに行ってしまったし、今の俺はぼっちだった。


 そのため壁際族でもやっていようかと思ったが、幸いにも俺が部室にやってきてから十分もしないうちに状況に変化があった。


 これからこの部活についての説明があるようで、部屋の奥、教壇のある場所で一人の生徒が立った。どうやらあの生徒がこの部活の部長のようだが、部活の名前が『国際情勢見学会』なんて名前だからか、部長ではなく会長と呼ばれている。


「——一年生のみんな、よく我が部活にきてくれた。まずはこの出会いに感謝を言おう。さて、すでに知っているものが大半だと思うが、我が部活動は空間転移の道具を使用して世界各国を巡り、自国他国問わず世界を知っていくことを目的としている。これは——」

「前置きが長いのは校長だけじゃないのかよ」


 そんな会長の話だが、かなり長かった。この部活の成り立ちとかいらないし、過去に誰が所属していたとかもいらないって。

 中には必要なことも言っていたけど、その辺はすでにパンフレットの部活紹介で読んであるので、会長の話の大半を聞き流すことにした。


 だが、そんな無駄な話に付き合うこと三十分。ようやく部活の自慢話が終わったのか、話はまっとうに部活動の今後の活動についての話へと移っていった。


「——えー、それではまず今回の記念すべき新年度一回目の旅行だが、これは日本国内

 となる。次回からは様々な国を回ることになるが、ひとまずはこの学校が存在している国のことをよく知ろうという考えからだ。他国から来た生徒達は日本のことをよく知らないだろうし、日本の生徒も普段活動している場所や自身の地元以外のことはよく知らないだろうから、そうつまらないものにはならないだろう」


 日本か……。国際情勢、なんて言うくらいだから外国に行くものだと思っていたけど、確かにこの学園は日本の領土内にあるが日本人以外も多くいる。

 それに俺達……というか俺だって日本国内って言ってもまともに旅行なんてしたことない。せいぜい一回あった程度だ。他にも似たようなやつはいると思う。


 それを考えると、最初の旅行が日本っていうのは悪くはない選択なんだろう。


「そういった理由から、行き先は日本国内、京都になる。定番ではあるが、定番だからこそ初めての活動であってもさほど緊張することもなく行動できるのではないだろうか」


 こうして新年度第一回目の旅行は京都ということで決まりとなった。日程今週の土曜日となるが、日帰りでの旅行となる。


 この学園は日本の領海内に存在している人工島の中に存在しているため、どこかに行こうとしたら歩いてなんてわけにはいかない。

 となれば当然専用の移動方法があり、もし飛行機で行こうとすればかなりの時間がかかる。旅行なんて行っても見る時間なんてほんの数時間程度しかない慌ただしいものになってしまうだろう。


 だが、その点に関しては問題ない。過去は移動と言ったら電車や船や飛行機くらいなものしかなかっただろうが、今は違う。

 祝福や魔物の素材を用いた技術が発達したことで、今は特定の場所と場所を一瞬で移動することができる空間転移装置が開発されている。

 それを使用すれば、手続きを含めて一時間もあれば移動し終えることができる。


 もっとも、一回の使用料がそれなりに高いので民間の移動手段と言ったらいまだに飛行機が大多数だし、すべての都市に転移装置が存在しているわけではないので、主要都市に行ってから移動することもあるが。


「それから、いくら旅行とはいえどこれだけの人数で一緒に行動するとなれば面白さも半減どころではないだろう。そこで、旅行に行くにあたってペアを組んでもらうことになるのだが、ただペアを組んでもつまらないだろう。毎度同じ者同士で組んでいたら、いくら場所が違ったと言っても変わり映えのしないものになってしまう。交友の輪を広げるのも当部活動の目的でもあるのだから、様々な者と接する機会があって然るべきだ。故に——くじを引いてもらう」


 くじ? まあたしかに集団行動でどこかを見て回るとなったらいろいろと気にしないといけないことが多いし、心から楽しむことは難しいかもしれない。


 かといって全員個別行動なんてことにしたら、それはそれで部活的、学校的には問題だろうし、ぼっちで行動する奴が出てくる。それでは部活内の空気も悪くなるだろう。


 大勢で行動したい奴はペアを組んだ後に複数のペアで集まればいいんだし、仮に相性の悪いペアだとしても、毎回くじで決めるのだからその一回だけを我慢すればいい。


 それらを考えると、この部活は名前や内容の割にいろいろと考えられているんだなと思わされるな。

 まあでも、お偉方の子供がいるんだから何も考えずに適当に、なんてわけにはいかないか。


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