第16話部室に向かう二人

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 翌日の昼。昨日話した通り、俺と祈と桐谷。それから九条と藤堂が同じ席について昼食をとっていた。他にも九条の取り巻きはいたが、人数が多すぎると俺達の迷惑になってしまうからと護衛の藤堂だけが一緒にたべることになったのだ。


 その際、九条の取り巻き立ちから恨めし気な視線を送られたが、まあ仕方ないだろうな。なにせせっかく『皇族の血筋』の同級生になれてその取り巻きとしての立場を確保したのに、それがぶち壊されたんだ。これまでの努力を台無しにされたように思っても無理はないし、その元凶である俺たちを恨んでもおかしくはない。


「それで、結局兄さんはなんの部活に入るの?」

「『国際情勢見学会』だな」


 昨日あの後家に帰ってからパンフレットや学校案内を見て色々と考えたのだが、その部活にすることにした。


「……何それ? 名前からぜんっぜん想像つかないんだけど」


 まあそうだろうな。普通の学校にはないだろうし、名前だって部活の実態を表しているわけではない。単なる擬態用の名前なんだからわかるわけがない。


「通称『旅行クラブ』ですね」


 だが、そんな部活のことを九条は知っていたようで、当然のように答えた。


「旅行クラブ? なおさらわけわかんないんだけど。実際に旅行でもするの?」

「らしいな。転移装置を使って月一でどっかに旅行に行くのが部活内容だな」

「それのどこが部活なの? 遊んでるだけじゃない」

「まあ、まともに部活をやりたくないエンジョイ勢の部活だからな」


 最初は本当に普通の部活にしようと思ったんだが、あんまりどれも心が惹かれなかった。

 それに、そもそもこの学校は魔物と戦う者を育成するための学校だけあって、部活も戦闘に関するものが多くあり、ふつうのサッカーや野球なんてのは下火もいいところだったのだ。


 だったらまあ、せっかくだし寂れてる部活よりも普通ではないが楽しそうなものにしたほうがいいだろう、と考えてこの部活にしたのだ。


「でもあそこってお金かかるわよ。あんた達に出せるわけ?」

「これでもそこそこ持ってるんでな。月一で旅行に行っても問題ない程度にはある」


 俺達は『祝福者』だから補助金がでているし、スキルを作るために協力したからその分の報酬もある。少なくとも、月一でどこかに旅行する程度で尽きるような状態ではない。


「ふーん。あっそ」


 藤堂はそう言うと再び食事に戻っていったが、今のは俺たちのことを馬鹿にしようとしたのだろうか? それとも心配してくれたのだろうか? 

 ……どっちなのかよくわからないが、まあ心配してくれたんだと思うことにしよう。


 でも、そう考えると藤堂の言葉がツンデレっぽく感じるから、なんだかかわいらしいく思えるような気もする。そんなことは絶対に口にしないけど。


「……なあ、なんで俺ここにいるんだ? 離れていいか?」


 九条と昼食を同席したことで、今日の昼食の間一言もしゃべっていない桐谷がそんなことを聞いてきたが……はは。駄目に決まってるだろ?

 居心地悪いだろうが、逃がすわけがない。だってお前がいなくなったらこのメンツの中で男は俺一人になるだろうが。そんなの嫌すぎる。


「何言ってんだよ親友。つい昨日まで一緒に飯食ってたのに急にその態度は酷くないか? これからも仲良くしようぜ」

「いや、俺だけ関係なさすぎるだろ。ほとんど空気だぞ、俺。話すこともねえし、身分だって違うだろ」


 桐谷はそれなりに立場のある家だから九条と同席するのは緊張するのかもしれないが、でも身分で言ったら俺のほうが場違いなんだ。


「身分で言ったら俺もだろ。存在感に関しては今後慣れてくれば自然と話せるさ」

「つってもな……」

「お互いに立場の違いはあるでしょうけれど、この場では気にする必要はありません。祈さん達にも言いましたが、私達は同じ学校に通う学友なのですから」

「……承知……いや、わかった。よろしくな」

「ええ、こちらこそ」


 それから何処かぎこちなさを出しながらも、俺と祈、それから桐谷と九条と藤堂による五人での昼食は定番となった。


 ——◆◇◆◇——


 一週間経過し、新入生全員の部活、あるいは委員会の所属が決まった。もちろん俺は話していた通り『旅行クラブ』である。

 今日はそんな部活の初活動日であるため、俺は祈と分かれて部室へと向かうべく立ち上がった。


「あ。ねえねえ、くれぐれも気をつけてよ?」


 席を立った俺に祈が心配そうに声をかけてくるが、何をそんなに心配することがあるんだか。ただ部活に行くだけだっての。


「気をつけるようなことって何があるってんだよ」

「階段から落ちるとか、上から落ちてきた何かが当たるとか?」

「そんなことは起こらねえし、仮にあったとしてもその程度ならなんとでもなるわ」


 仮にそんなことがあったとしても、『祝福者』として多少なりとも強化されているこの体じゃ致命傷にはなりえない。


「わかんないじゃない。植木鉢なんかが上から落ちてきたら致命傷にだってなるんだから」


 今時窓から植木鉢なんて落とす奴いるのか? しかもここは学校だぞ?


「植木鉢ってまたベタな……まあ気をつけるからお前もさっさと行け。九条を待たせてるぞ」

「待たせるくらいなら問題ないでしょ。あっちよりこっちの方が大事なんだから」

「いいからさっさと行け、阿呆。お前こそ、俺がいないところで変な問題を起こすなよ」

「しっつれいしちゃうな~。私ってばそんなに信用ないの? 私がそんな問題なんて起こすように見える?」

「見えるな。というか、この間抑えが利かないで問題起こしたばっかの奴は誰だよ」

「え? えー、それはぁ……えへ?」


 祈は先日の戦いとそれに至る経緯を思い出したのか、視線をさまよわせた後、頬に人差し指を当てて小さく首をかしげて笑ってみせた。

 なんだよそのポーズ。媚びて誤魔化そうってか? そんなの兄に効くわけないだろ。


「馬鹿なことやってないでさっさと行け、馬鹿」


 そう言いながら祈の肩をたたいて九条のところに行くように促すと、祈は「馬鹿じゃないです~」なんて言いながら不承不承といった様子で立ち上がり、教室の入り口でこっちのことを見ている九条のところへと向かっていった。

 その様子を見届けた俺は、小さく息を吐くとそのまま教室を出て部室へと歩き出す。


 だが、教室を出てしばらく歩いていると、俺と同じように部室へと向かって歩く人物の背中に気が付いた。


「なんだ。お前はこっちなのか、藤堂」


 その人物とは、九条の護衛である女子生徒––––藤堂光里だった。

 正直なところ俺達の関係が関係だし、声をかけようか迷った。だが一応は和解した関係なのだし、いつまでも壁を作って接しているのは違うだろ。

 そう思い、せっかくの機会なのだからと少し話しかけてみることにした。


「は? ……ああ。あんたか」


 俺が声をかけてきたことがよっぽど不思議だったようで、足を止めて振り返ってきた藤堂は訝し気な表情で俺のことを見ている。その顔は「なんで話しかけてきたんだ」と書いてあるかのようにわかりやすいものだ。


 だが、藤堂としても今更喧嘩するつもりもないようで、一つため息をつくと再び歩き出しながら先ほどの俺の言葉に答えを返してくれた。


「……まーね。桜の護衛って言っても生徒会で仕事してる時には一緒にいられないし、あたしだってなんかの部活には入らないとだから」

「まあそうか」

「……」

「……」


 さあこっからどうしようか。こっちから話しかけてみたものの、正直言ってこれ以上話すことはないんだよな。昨日なにしたとか、趣味はなんだ、なんて聞くような仲でもないし。


 どうしようか、と考えながら二人並んで無言で歩いていると、ふと一つの疑問が頭に浮かんできた。

 ちょっと踏み込み過ぎかなとも思うけど……せっかくだし聞いてみるか。


「なあ。前々から思ってたけど、お前護衛の割に随分と九条と親しげだな」

「何、悪いの?」


 そんな喧嘩腰で睨んでこないでくれよ。悪いとは言ってないし、単なる疑問だっての。


「悪くはねえけど、不思議に思っただけだ」

「……幼馴染なの。護衛として育てるためなんだろうけど、小さい頃からずっと一緒にいたのよ。ある意味、姉妹みたいなもんね」


 だからあんなに仲がいいのか。あの態度が護衛ではなく家族に対するものだっているんだったら納得だ。


 でもそうなると、改めて謝っておいたほうがいいかもしれないな。

 だってこいつらは家族なんだ。血は繋がっていなかったとしても、そんなことは関係ない。

 理由はどうあれ家族を馬鹿にされたのであれば、藤堂が怒るのも無理はないことだろう。まあそれでもスキルまで使うのはやり過ぎじゃないかとも思うが、理解できないわけではない。


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