第15話生徒会入り

 

「あー、はいはいはーい。遅れてごめんねー、っと。……んで、なんかあったの?」


 祈がようやくまともに九条に向き合うと、九条はほっとしたのか、それとも気を静めようとしたのか、一つ息を吐きだしてから話し始めた。


「実は私は生徒会に所属することになっているのですが、その生徒会について、祈さんもと思いまして……」

「へ? 生徒会って……私が? なんで?」


 こっちを見るが、わからない。たしかに祈は成績は悪くない。アホなところもあるし、世間知らずなところもあるが、馬鹿ではないのだ。だが、それだけでは生徒会なんてものに呼ばれるのに理由が薄い。

 成績なんてほかに良いやつはいくらでもいるだろうし、選ばれるべき身分や立場の人間もたくさんいる。大企業の令息とか、外国のお姫様とかな。


 そいつらを押しのけて祈がえらばれる理由があるとすれば、それは……


「生徒会か……まあ『祝福者』だからな」


 桐谷がそうつぶやいたが、おそらくはそうだろう。というかそれ以外の理由が思いつかない。


「そんなありがたいもんでもないと思うけどな。『祝福者』なんて言っても、所詮子供だろ。生徒会なんて学生の集まりで役に立つことはないだろ」


 これがすでに活動している『英雄』であれば意味があっただろう。所属しているだけでその組織の名声を高めてくれるような人物であれば。


 だが、祈はまだ学生で、大した功績なんて残しちゃいない。結局は単なる子供でしかないのだ。名声も権力も人望もない今の祈が生徒会なんて入ったところで、活躍できるかと言ったらそんなことはないだろう。


「だとしても、象徴としては役に立つだろ。学生って言っても対外的に行動することだってあるんだし、宣伝としてはこれ以上ないくらいの人材だと思うぞ」


 そんなもんなのだろうか? ……いや、きっとそんなものなんだろう。俺達は自分たち自身が『祝福者』であり、その欠点も知っている……体感しているしているからそれほどありがたいものだとは思わないが、他の生徒たちはそうではない。


 魔物と戦うものとして、『祝福』は素晴らしいもので、『祝福者』は憧れの対象となっている可能性だってある。


 もしそうであれば、実績のあるなしなんて関係なく歓迎されるものなのかもしれないな。


「活動内容としては学校行事の運営と学生の取り締まり。それから、保護者の方々との会合など、学園の顔として活動することになります。将来的にどのような道に進むとしても、生徒会での時間は決して無駄なものにはならないでしょう」


 そりゃあそうだろうな。なにせ保護者との会合っていっても、保護者が保護者だ。大企業の社長や皇族や他国の王族なんてメンツと顔を合わせて話をすることができるんであれば、それは将来役に立つことだろう。そんなメンツと繋がりができるなんて、きっと多くの者が望むんじゃないだろうか?

 だが……


「んー……パース」


 祈にとってそれらは魅力的に感じられなかったようで、なんとも軽い調子で九条からの提案を拒絶した。


「え……」


 九条はまさか断られるとは思っていなかったのだろう。それも、こんな軽い調子で。

 祈の返事を聞くなり呆けたように目を丸くし、口を半開きにして戸惑いの声を漏らした。



 けど、いい提案だと思うんだよな。将来云々はおいておくにしても、俺以外に祈と対等に付き合えるような相手がいる環境っていうのは貴重だ。できることなら、この機会を逃したくはない。


 ……仕方ない。多少強引だけど、祈を生徒会に入れてもらうことにするか。


 そう判断すると、いまだに呆けていた九条へと視線を向け、声をかけた。


「あー、九条さん。こいつも生徒会に入れておいてください」

「え……」


 祈に断られたのに、直後にその兄から承諾の言葉を聞くとは思っていなかったのだろう。九条はまたも呆けたように声を漏らした。


 だが、それを受け入れられない人物もいる。当の祈本人だ。


「なんで勝手に答えてんの!? パスって言ったじゃん!」


 祈は自分が断ったはずなのになぜか俺が承諾したことで不満を叫んだ。

 だが、俺はこの機会を逃すつもりはなかった。


「だから答えたんだろ。『パス』されたからな」

「そのパスじゃないし! 質問の答えを求めたんじゃなくって、参加が嫌だって言ったの!」

「でもお前、ここで拒否ったら俺と同じ部活にしようとするだろ」

「うん」

「だからだよ。俺としても妹と離れ離れになって寂しいが、これもお前の成長を願ってのことだ。だから、頑張れよ」

「寂しいんだったら離れるような選択なんてしないでよ!」

「えっと……」


 目の前で行われた俺たちの言い争いにどう反応していいのかわからないようで、九条は戸惑ったような声を漏らした。

 その声に反応した祈が俺から九条へと標的を変え、あらためて拒否しようとした。だが……


「絶対に参加なんてしな——」

「祈」


 大きく叫んだわけではない。それこそ、呟くように小さく祈の名前を呼んだだけだ。

 だが、拒否の言葉を口にしようとした祈はその言葉を最後まで口にすることなく動きを止め、再び俺へと視線を戻した。


「わかるだろ? 生徒会が嫌なら、別に生徒会じゃなくてもいい。でも、〝俺と同じ〟を選ぶな。自分で考えて、〝祈自身〟の選択をしろ」


 あまり、〝こう〟したくなかった。こんな強制をするような真似なんてしたくないんだ。

 でも、こうでもしないと祈は意地でも俺と同じところに行こうとしただろう。だから……ごめん。


「…………入る」

「?」

「生徒会に入ってあげるって言ってんの! あーもう!」


 祈は俺の言葉を受けてから数秒ほど顔を歪めて何かを言おうとしていたが、結局は言葉に従うことにしたようで、それまでの意見を翻して生徒会に入ることを決めた。


 ただ話しただけで突然意見を翻したことが理解できなかったのか、九条は困惑したようすで俺たちのことを見ているが、きっと俺達の関係はほかのだれにも理解できるものではないだろう。


「んな強引に決めていいのかよ?」

「いいんだよ。こうでもしないと、あいつはずっと俺の後をついてきそうだしな」


 そばで話を聞いていた桐谷は、強引に話をまとめた俺を心配するように眉を寄せて問いかけてきたが、これでいいんだ。


「でも! 代わりに生徒会以外は一緒にいるからね!」

「生徒会のメンバーが同じクラスにいるんだから、そっちで親睦深めておけよ」


 どうせ九条も生徒会のメンバーなんだし、同じ委員会に入って一緒に活動するんだから仲良くすればいいと思う。そして、できることなら友達となってくれればいいなとも思う。


「えー……あ。じゃあこいつらも一緒にいればいいじゃない」


 ……その考えは想定外だった。

 え、だって一緒にってことは、俺たちと授業や休み時間や学校行事を一緒に行うってことだろ? それは流石に……

 向こうを見てみろよ。九条もだけど、その護衛である藤堂も眉を顰めてるぞ。


「あの、それは……」

「何も学校にいる間ずっと一緒にってわけじゃないから安心してよ。ただお昼を食べるだけだってば。同じ学校に通う生徒同士助け合い仲良くしましょう、なんて言ってたんだから、仲良くするために一緒にお昼を食べるくらい良いでしょ?」

「ま、まあそれなら……」


 つい昨日口にした言葉を持ち出されては断るわけにもいかないようで、九条は祈の言葉に迷いを見せながらも頷いた。


「どう? これでこいつらと仲良くしながら一緒にいられるわ!」

「すっげー強引っつーか、不満そうなのがいるんだけど?」


 そういいながら視線を九条の後ろへと向けてやれば、そこには不満そうな顔つきをした藤堂がいる。


「は? なに、嫌なの?」

「嫌じゃ……ない、です」

「え、なに? きっこえなーい」

「っ……! 嫌じゃないって言ってんのよ」


 そう言っているが、その表情は今にも飛びかからんばかりに怒りに染まっている。

 おいおい、昨日の今日で喧嘩すんのはやめてくれよ?


 一応二人ともそのことは理解しているのか、喧嘩をするような事態にまではならないようだ。あるいは、藤堂は自分では勝ち目がないと思い知ったからこそ、イラついても耐えているのかもしれない。


「仲良くできんのかなぁ……」

「無理じゃねえか?」


 おい桐谷。そこは嘘だったとしても大丈夫だっていってほしかったよ……

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