第18話ギャルって難しい
「俺は佐原誠司だ」
「星熊瞳子でーす。よろしくねー」
「こっちこそよろしく」
そうして初めての旅行のペアを決めるためにくじを引いたのだが、ペアとなったのは全く知らない相手だった。そりゃあそうだ。俺の知ってる相手何て藤堂くらいなものだし、むしろ知らない相手とあたるのが自然だろう。
まあそんなわけで組むことになったペア相手だが、女子だった。名前は彼女が名乗ったように星熊瞳子。見た目は金に染めてあるウェーブのかかった長髪と、キラキラした爪。それからだいぶ気崩している制服とアクセサリー。いわゆるギャル風ファッションだ。ギャルだと断定しないのはまだまともに話したことがないから見た目だけで判断するのは、って思ったからだけど、なんだか俺とはずいぶんと性格が違いそうな相手だな、と思わずにはいられない。
けど、知らないといっても全く知らないわけじゃない。なにせクラスメイトなんだから。
特に絡んだことがあるわけじゃないから名前も知らなかったし、向こうだって俺のことをしらないだろう程度の関係でしかないけど。
「ん? どーかしたー?」
「え、あー。なんていうか、こうして話す機会が来ると思ってなかったから、どうすればいいのかなってさ」
「どうって、べつにふつうにしてたらいいじゃん。ウケんだけど」
今野にどこかウケる要素あったか? まあ面白いって思ってもらってんならそれでいいけど。
「……えっと、改めて、今回はよろしくな。あー……星熊?」
普段接することのないタイプな相手だっただけに、どう反応すればいいのかわからずしどろもどろになりながら話を続ける。
こんな格好しててもこの場にいるってことはそれなりの家柄なのか? だったらもう少し改まった態度のほうがよかったりするんだろうか?
「よろー。ってかなんで疑問形? もううちの名前忘れたとか?」
「いや、何て呼んだもんかなってさ。いきなり名前呼ぶと馴れ馴れしいし、やっぱり苗字のほうがいいよなって」
「そんなこと気にしてたの? べつになんだっていいけど……瞳子、って呼んでみる?」
星熊はそう言いながらどこか挑発的な表情を浮かべてこっちを見ている。
あんまり誰かのことを初対面で名前を呼ぶことってないんだけど……
「じゃあ、よろしくな|瞳子(・・)」
挑発的にこっちを見ている星熊のことをニヤリと見返して、言われたように名前で呼んでみることにした。
俺に名前を呼ばれたことで、星熊はきょとんと呆けたような表情をし、数秒たってからまじまじと俺のことを見つめながら楽しげに口を開いた。
「うっわ~。いきなし名前呼ぶとかマ?」
「そっちが呼べって言ったんだろ?」
呼べって言ったくせに、呼んだら呼んだで文句言われるのかよ。
「や、まーそーなんだけどさ。てっきり苗字のほうに逃げるんかなー、って思ってたから意外だったんだよねー」
星熊は右手を振りながら楽しげに笑っている。
けど、まあそうかもしれないなとは自分でも思う。実際名字で呼ぼうか迷ったわけだし。ただ、今回は相手に合わせて仲良くなれるように名前のほうで呼んでみただけだ。
「やっぱり星熊って呼んだほうがいいか?」
俺としては呼び方にこだわりがあるわけでもないんだから、本人がそっちの方が良いっていうんだったら、呼び方を変えることには何ら抵抗はない。
「んーん。別にどっちでもって感じ? うちは苗字ってあんま好きじゃないし、瞳子のままでいいよー」
名字が好きじゃないって、何か家に問題というか、確執があるんだろうか? こいつの家もそれなりの身分がある家柄なんであれば、多少のいざこざはあるだろうから、嫌うような何かがあってもおかしくはない。
だがそれをこの場で問いかけるつもりはない。聞いたところで俺に何か利益があるわけでもないし、空気を悪くするだけだ。
「そうか? 星熊とか珍しいしかっこいい響きだと思うけどな」
だから、少し話題をそらす意味でも、俺は何も気づかなかったふりをして的外れな返答をすることにした。
そんな俺の言葉を聞くと、星熊はぱちぱちと目を瞬かせ、口元に笑みを浮かべて応えた。
「あー、その辺はやっぱ男の子だねー。うち女の子だよ? かっこよさもとめてどーすんのって。星熊とかかわいくないじゃん。熊って部分だけは可愛いけどさー、なんかいかちー感じしない?」
「まあ、いやなら瞳子って呼ばせてもらうよ」
「おけまる~。あっ、そだ。せいっちはどんなかっこがいい?」
せいっち? それって、もしかしなくても俺の呼び方か? 名前は誠司だし、そうだと言われればわからないでもない呼び方ではあるけど……ほぼ初対面の相手をそんなあだ名をつけて呼べるって、ギャルってすごいな。
「せいっち……まあいいけど、恰好って何の話だ?」
「そんなん旅行に行くときのに決まってんじゃーん。せっかくならいっしょにいて楽しいほうがいいっしょ?」
「まあ楽しいほうがいいってのは同意だけどか、そもそも私服オッケーなのか?」
「え、ダメなの? だったらマジテンサゲなんだけど〜」
瞳子は不満がありありとわかる声で言った。
俺だって旅行に行くなら制服より私服の方が良いけど、でも一応学校の活動の一環なんだし制服で行動するものなんじゃないだろうか?
「それから、旅行とはいえ一応部活動。学校の活動の一環だ。制服で行動することになるため、何か不祥事が起こればすぐに身元を特定されることになる。そのあたりは留意しておくように」
なんて話していると、まるで俺達の話が聞こえていたのではないかと思うくらい丁度のタイミングで、会長が追加の注意事項を口にした。
ただまあ、やっぱりそうだよな、という感想が強いため特に不満を漏らすことはない。
だが、瞳子は制服であってほしくないと願っていたようで、会長からはっきりと告げられたことで先ほどよりも不満そうな顔をしている。
「え〜。マジで言ってんの〜?」
「仕方ないだろ。修学旅行なんかも制服なんだし、それと同じようなもんだと思えばそんなもんだろ」
「でもさー、せっかくどっか遊びに行くんだったら可愛くキメたくない?」
「それはわからなくもないけど、瞳子は制服でも可愛いからいいんじゃないか? 私服での可愛さは彼氏とのデートで見せてやれよ」
旅行に行くのに私服で可愛く飾りたいってのは理解できる。けど、それを見せる相手が俺なんだから、そこまで気にする必要ないと思う。別に俺は瞳子の恋人ってわけでもないんだし。
それに、正直言って瞳子は元がいいし、化粧なんかも頑張ってるから制服の姿でも十分かわいいと思う。
ただ、そんな言葉は思っていても口にするべきじゃなかったかもしれない。
「うっわ。そんな素で可愛いって言うとか、マジウケるんだけど。もしかしてうち口説かれてる?」
俺としては思ったままの感想だったけど、瞳子はその言葉をからかうようにニマニマと笑って人差し指で腕をつついてくる。
「口説いてねえよ。思ったことを言っただけだって」
「思ったことを言ってそれって、元で女たらしってこと?」
「誰が女たらしだよ。そんなんじゃないっての。ただ、そんだけ努力してるんだったら、それは認められるべきだろ」
勉強でも運動でも趣味でも、なんでもいいけど誰かが頑張ってるならそれは素直に褒めてもいいと思う。それが悪いこと、悪事に関することなら褒めるべきではないんだろうけど、可愛くいるために努力していて、その結果を可愛いと思ったんなら、可愛いと口にして何が悪い。
可愛いと思ったものを可愛くないと言ったり、相手のやりたいことをくだらないことだと努力を否定することのほうが悪いだろ。
星熊瞳子という女子は努力をしている。ならその努力は認められるべきだ。
「へ? 努力って……うちが?」
だが、そんな俺の言葉が意外だったのか、瞳子はきょとんと目を丸くして驚いた様子を見せている。
「あのクラスにいるんだったら、それなりに成績はいいんだろ? なら相応に努力してるはずだ。身分があったとしても、それだけで入れられるほど甘くはないだろうし。その上でそうやって可愛くあろうとしてるのは、結構大変なことだと思うんだ。だから、そうやって努力してる奴にその成果を褒めてやるのは、大事なことだし、当たり前のことだろ」
俺たちのいるクラスは『特待クラス』だ。身分や家柄も関係しているだろうが、まず前提としてそれなりの成績がなければ入ることができない。
星熊の家がどの程度の立ち位置なのかはわからない。だが、力を持っていたとしても成績が良くなければ入れないし、一般人と変わらない家ならなおさら努力が必要だ。
だが瞳子はこうして特待クラスに入っている。それはつまり、見た目だけに気を使っているわけでも、趣味で遊び歩いているわけでもないということだ。
見た目に気を使って、勉強運動も良い成績を出している。そんな彼女が努力していないはずがない。
むしろ、『祝福者』であり特待クラスにはいることが最初から確定していた俺なんかよりもよっぽど努力家だろう。
「ふへ……」
なんだか不思議な声が聞こえてきたような気がしたが……もしかして瞳子から聞こえてきたんだろうか?
「どうした?」
「なんでもなーい。でも、そっかそっか」
何がそんなにうれしいのか、瞳子は先ほどまでの制服云々に関しての不機嫌さはきれいに消し去り、とても上機嫌に笑っている。
「それじゃー仕方ないから土曜日は制服ってことだけど、いつも以上にバッチリキメてってあげる」
「楽しみにしてるよ。こっちとしても、隣を歩く女子が可愛いとテンション上るからな」
俺だって、隣を歩く女の子が可愛いならうれしいし、俺じゃなくても大抵の男がそうだと思う。
まあ、それに対して俺が釣り合うのかって言うと微妙だけど……
「マジで? ウケる。でもマジで楽しみにしてていいから」
俺も、少しくらいはファッション誌とか読んで勉強しようかな? これだけ楽しそうにしてるんだし、せめて隣に並んでもおかしくない程度には身だしなみに気を付けないとだな。
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