第13話模擬戦の決着

 

「悪鬼調伏と参りましょう」

「はあっ!? こーんなかわいい女の子に向かって、誰がっ……悪鬼だってのよ!」


 これは手加減しているのだろうか? 光の矢と言っても流石に光速で放たれる事はないようだが、それでも普通の弓矢よりは圧倒的に速い。そんな矢を祈は避けながら悪態をつく。


 だが、一、二発目を避けることこそできたが、三発目は避けることができなかった。だから、避ける事はせずに、迎え撃つことにした。


「このっ、程度で!」


 一、二発目を避けたことで不安定になっていた体勢から強引に踏み込み、拳を振りぬいた。

 そうして祈の拳と九条の矢が激突した瞬間、辺りにはキインと硬質的な音が響き渡った。


「授業で聞いてはいたが、光の塊なのに物理的な力があるのか」


 もし九条の矢が本当に光でできているのであれば、あんなに祈の拳と鬩ぎあうことなんてなかっただろう。ぶつかって、消えるかそのまま通り抜けるかしておしまいだったはずだ。

 だがあれはあくまでも見た目だけで、本質は『祝福』であり、超常の力の塊である。

 だからこそ、光であっても物理的な力をもつのだという。これは光に限らず炎や風であっても同じらしい。


 例えば、炎。炎は燃焼という概念、現象だが、祝福やスキルによって発生した炎は物質的な力を伴う。基本的に『炎』であることに変わりはないのだが、触ることができる炎なのだ。塊にして投げつければ相手は押されるし、炎なのだから燃える。

 他の現象もそれと同じだ。光は光でも、物質的な光であるため放たれれば反応できないほどに速い。


 そして、そんな祝福の力があるからこそ、俺達は魔物と戦わされるはめになっている。

 銃弾や戦車砲では、魔物に致命的なダメージを与えられない。だが、祝福やスキルであれば銃弾なんかよりも効率的にダメージを与えられるのだそうだ。


 もちろん銃弾なんかでもダメージが全く入らないわけではない。ただ、効率が悪過ぎるというだけだ。


 魔物自体が祝福によって生まれた存在だからだろうか。同じ祝福に関する力によるダメージは通りやすいのだ。正確には、祝福に関する力を持っている者からの攻撃、だろうか。俺みたいな直接攻撃に関する能力を持っていなかったとしても、剣なんかで攻撃すればそれはスキルを使った時と同じようにダメージが通るらしい。

 おそらくは祝福関連の力を持つ者からの距離が関係しているのだろうといわれているが、正確なところは分かっていない。わかっているのは、祝福とスキルを持っている者は貴重で、戦力になるということだけ。


「まだこれからですよ!」


 祈の拳と鬩ぎあっていた光の矢だが、とうとう祈によって破壊された。だが、それで終わる九条でもなかった。

 祈に迎撃されたとわかるや否や九条はすでに次の攻撃の準備に入っており、祈が光の矢を破壊した直後、それは放たれることとなった。


 光の矢を迎撃して九条に接近しようとする祈だが、そんな祈に向かって九条は大きな矢を構え、放つ。


 放たれた矢は先ほどのものよりも大きく、さすがにこれを受けるのはまずいと考えたのだろう。祈はまっすぐ進んでいた進路を変えて右へ左へと小刻みに進路を変えながら走り出した。


 だが、そんな祈の抵抗は意味がなかった。


 九条の矢は放たれると同時に弾け飛び、拡散した。

 だが、拡散したといってもそのまま空の彼方へと飛んで行ったわけではない。前方以外に上下左右に放たれた矢は、途中でその進路を変えてすべてが祈へと向かって進み始めた。


 正面から降り注ぐ光の雨。祈からすれば今目の前で起こっている現象はそういうにふさわしい状況だろう。

 だが、そんな幻想的な光景であっても、攻撃であり、祈を傷つけるためのものであることにかわりはない。一発二発程度であれば問題なかっただろう。だが、あのすべてが命中するとなったら祈といえど流石に怪我は免れない。そのことは祈もわかっているだろう。


 だが、祈は避けなかった。

 普通であれば避けるか防ぐかするだろう光の矢の雨。だが祈は足を止めることなくそのまま突き進み、全身に矢を受け止めながらも九条に接近していく。


「なっ……!?」


 そんなあり得ない光景に九条は目を見開いて動きを止めてしまう。だがそうだろう。誰が矢の雨を全身に受けながらも突き進んでくると思うのか。


 だが、そんな九条の反応は確実に隙でしかなく、祈はここぞとばかりに踏み込む力を強くして九条へと接近した


「どうする?」

「……負けました」


 接近された九条はあわてて弓の弦に指をかけるが、遅かった。祈の拳を顔面の前に突き出されたことで、九条は唇を嚙み、数秒ほどたってから自身の降参を告げた。


「佐原さん! 早く治療を!」


 二人の戦いが終わったことで、二人の祝福は解除され、祈に刺さっていた光の矢はすべて砕けて消滅した。

 だが、祝福が消えたといってもそれまでの戦闘によってできた傷は残っているのが普通だ。だからだろう。監督役であるはずの教師たちよりもさきに、噂の『聖女様』が慌てた様子で祈へと駆け寄っていった。おそらくは祈のことを治療しようとしたのだろうが……


「あー、へいきへいき。ダイジョブだから気にしないでー」


 祈は聖女様からの申し出を普段のような軽い調子で拒絶した。


「で、ですがそんなに怪我を……っ!」

「いやほんとにだいじょぶなんだってば。私の『祝福』は自己強化と自己再生なの。一撃で死なない限り死なないから。ほら」


 そういいながらペラっと服の裾をまくって矢が刺さっていたはずの場所を聖女へと見せる。


「あ、本当に……って、なんでそのように肌を見せているのですか!」

「へ? だって見せるのがてっとりばやいでしょ?」

「それはそうですが……ですがもう少し慎みをもってください! ご自身の恰好が気にならないのですか!?」


 よく言ってくれた、聖女様。でも、そいつには意味ないんだよ、残念なことに。なにせ、なかみがまだまだお子様だからな。『慎み』なんて上等なものは理解できないんだろう。


 だが、理解できていないなりにも聖女様が言いたいことは理解できたようで、祈は服の裾を下ろした。

 そして、負けたことで悔し気に祈のことをみている九条へと向き直った。


「それでは、これからは〝お互いに〟迷惑をかけないよう、クラスメイトとして〝仲良く〟過ごしましょう」


 とてもではないが仲良くするような態度には見えないが、それでも祈は九条に向かって和解の握手を差し出した。


「……ええ。よろしくお願いします」


 九条も思うところはあるだろう。だがそれでも祈の差し出した手を取って握手をし、それによって二人の対立は一応の解決を見せることとなった。

 もっとも、和解なんてのは表面上のことで、内心ではどう思っているかなんてわからないが。


「勝ったよー」


 九条との和解を終えると、祈はなにもなかったかのような態度でこっちに戻ってきた。その様子は本当に普段通りで、この目で見ていなければ戦いがあったなんて分らないであろう程だ。

 もっとも、わからないのは態度だけで、その姿を見れば一目瞭然ではあったが。


「お疲れ。でも、あんな無茶する必要なかったろ」


 最後の無数の光の矢。あんな全身に矢を受けながら突き進むなんて無茶、する必要はなかった。あれは祈であれば避けることも防ぐこともできたはずだ。そのことが分かっているからこそ、こうして小言を言いたくなる。


「無茶って言っても、治ることがわかってるんだから最短で進むのが一番でしょ。時間をかけたら何されるかわかんないし」

「それはそうだろうけど、でも服破れてるぞ」


 今回の戦いにおいて、一番の問題がそれだ。

 さっきの戦いで、祈は全身に矢を受けていた。その傷はもう治ったのだろうが、それは自身の肉体だけだ。その身に纏っていた服まではその効果の適用外である。そのため、今の祈は穴だらけの服を着ている状態だった。


 祈のことを心配していたのはある。戦いが終わって安堵もした。だが、さっきのように小言を言ったのは、服のことがあったからでもある。


「え? ……あっ!」


 自身の状態にようやく気が付いたのか、祈はぽかんとした表情を浮かべた後、慌てたようにあちこちを見回し、わたわたと手足をばたつかせた。さすがに今の状態がまずいってことくらいは理解してくれているようで何よりだ。


「保健室に行ってこい。多分万が一の時用に代えの制服くらいあるだろ」

「行ってくる!」


 はあ、とため息をついた後に祈にそう言うと、祈は一もなく二もなく走り去っていった。


「なんだか慌ただしいな」

「まあ、元々ああいうやつだからな」


 俺たちのやり取りを見て、そばにいた桐谷が苦笑しているが、それには俺も苦笑を返すしかなかった。


 だが、これで面倒ごとが終わった。ようやくおれののぞんでいる『普通の生活』を送ることができるな。


 なんてことを考えていると、九条が取り巻きと、ある意味で今回の戦いの原因である藤堂光里を連れてこちらにやってきた。

 今更戦いを仕掛けてくる、なんてことはないだろうけど、何の用だろうか?

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