第12話祝福者同士の戦い

 ——◆◇◆◇——


 スキルを覚え、武器も選んだことでまともに訓練が始まり、普通の学校とは少し変わっているが順調な学園生活を送っていたわけだが、一つだけ問題があった。


「なんか、あれ以来睨まれることが増えたんだけど……」


 入学からおよそ一ヶ月経った俺達だが、どうしたことかクラスメイトの一人から睨まれることがあった。ついでに言うとクラスメイト達からわずかに距離を取られているような気もする。

 俺と祈にまともに接してくれるのは、桐谷と他に数人程度だろう。


 まあ、そうなっている理由は一応理解しているつもりだ。


「そりゃあそうだろ。つっても、睨んでるのは藤堂だけだろ? 九条のお姫様はそんな阿呆なことはしないはずだ」


 そう。睨んでいる相手というのは、藤堂光里。九条の護衛としてついている少女だ。

 もっと言えば、以前九条が俺を誤射した時に祈に喧嘩を売ってきた人物。


 一応あの時のことは水に流したはずだが、それでもやはり思うところがあるのだろう。俺や祈に向けてキツい態度をとり、視線が合うと睨みつけて来ることがあった。


「まあな。ただ、意外と睨まれてるだけでも疲れるもんなんだな」

「むー……なんかごめん、兄さん。あの時余計なことしなければ……」

「気にすんな。疲れるって言っても、『祝福者』だってことがバレれば似たような状況にはなってたはずだ」


 祈が落ち込んだ様子を見せたが、あの時のは仕方ないと思う。誰だって家族が殺されそうになったのに、それを悪びれずに誤射だったと言われてそれでおしまいとなれば、怒るに決まってるんだから。


 それに、今だにこっちのことを睨んでくるのは、あの時のことだけではなく祈が『祝福者』だからっていうのもあると思う。

 自分の主人と同じ『祝福者』だから、余計に敵対心を感じているんじゃないだろうか?

 もっとも、実際のところは本人にしかわからないわけだが。


「んー、じゃあ一回マジでぶつかってみたらどうだ? 勝敗がはっきりすれば、多少なりとも気持ちに整理がつけられるんじゃないか?」


 桐谷が何やら面白そうなものを見るような目でそう口にしたが、そんな簡単なものなんだろうか?


「そうかあ?」

「多分な。それに、一度戦ってみて、その後で祈とお姫様の二人が握手でもしてお互いの健闘を讃えて和解、って場面でも見せれば、まあ黙るしかないだろ」


 それは……そうかもしれない。あの時の事はもう終わった事だって言っても、だからと言って俺達と九条が和解をして蟠りがなくなった、というわけではないのだ。だからこそこんな状況になっていると言ってもいい。


 だが、俺達と九条が和解して、対立関係がなくなったのだとすれば、その時は部下……なのかはわからないけど、藤堂も俺達と仲良くするしかない。少なくとも、敵対する事はできなくなる。そんなことをすれば、和解しましたよ、と周りに伝えたはずの主人の顔に泥を塗ることになるから。


 そう考えると、一度祈と九条、『祝福者』同士で戦うのはありだろう。


「でもなぁ……」


 祈は『祝福者』だが、それは相手も同じなのだ。真正面からぶつかるとなれば、危険がある。そんな状況に祈を放り込むなんてことは、できることならやりたくない。


 だが……


「私はそれでもいいけど? 面倒なのはこっちも同じだし、上下関係を叩き込んでおいた方が楽だもん」


 祈はなんの不安もない表情で自信満々に言ったが、そううまくいくだろうか?


「上下関係って、お前は猿かなんかかよ」

「でも人間なんてそんなものだよね?」


 そう言ってのけた祈の態度に、小さくため息をこぼす。

 というか、そもそも生徒同士の戦闘って禁止されてるんじゃないのか? 勝手にスキルを使うのはアウトだろ? 二人の場合はスキルじゃなくて祝福だけど、禁止だってのは変わらないと思う。


「まあそれで解決するんだったらいいけど……生徒同士の戦いは禁止だろ?」

「授業の一環としてだったら問題ないだろ。教師に先に話を通して訓練相手として指名すればいけると思うぞ」


 いけるのか……。まあそれでこの面倒な状況が終わるんだったら、いい……のか?


 ——◆◇◆◇——


「本当にこんなことになるなんてなぁ」


 俺達は今、戦闘分野の授業中である。

 だが、いつも通りの授業とはいかなかった。いつもはそれぞれのスキルの性質が似ている教師のもとに分かれてそれぞれで授業を受けるのだが、今回はスキルの分類関係なしに全てのクラスメイトが集まって授業を受けることになっていた。


 なんでそんなことになっているのかと言ったら、それは先日話していた祈と九条の勝負があるからだ。

 あの時はそうなったらいいな、程度の話だったのだが、担任である男性教諭——風間に話をしたらあれよれよと話が進んでいった。そして三日もすればご覧の通りだ。


 こんな早く決まるなんておかしくないか、と思ったが、教師側としても二人の『祝福者』の微妙な関係には気を揉んでいたようだ。なので、この戦いでその微妙な関係も終わるのなら、と速やかに今日の場が整えられたというわけだ。


「あー、それでは、これより九条桜さんと佐原祈さんの模擬戦闘を行う。他のお前らは『祝福者』同士の戦いがどんなものなのかよく見ておくように。スキルでの戦闘とは勝手が違うが、『祝福』というものを知っておくのはマイナスにはならん」


 グラウンドの真ん中で距離をとって向かい合っている祈と九条の二人。そんな二人を遠巻きにしながら風間が生徒達に話しかけ、それを聞いた生徒達はゴクリと緊張した様子で二人のことを見つめている。


「佐原さん。先日は申し訳ありませんでした。あの日以降も光里がご迷惑をおかけしているようで。ですが私には思うところはなく、本日の交流を機に今後は仲良くしていただけるとありがたく存じます」

「私としても喧嘩がしたいわけでも仲が悪い状態が好ましいと思っているわけじゃないですから。だから、この〝戦いの後〟は恨みっこなしということでお願いします。もちろんそっちの護衛さんに関しても」

「ええ、もちろんです。それでは、本日はよろしくお願いいたします」


 珍しく祈は敬語を使っての対応だが、これは場面を考えてというのもあるが、内心では九条のことを嫌っているからだろう。

 表面上はお互いになんともないような、今の不本意な関係を正したいと思っているようではあるが、お互いの纏っている雰囲気は決して仲良くしようと思っている者のそれではない。


「両者位置について。——始め!」

「「|開演(アゲイン)!」」


 風間の合図とともに祈も九条も『祝福』を使うべく、同時に叫んだ。


「——<私は魔を退けなくてはならない>!」

「——<みんなに笑っていてほしい>!」


 言葉こそ違えど、それが力を使用する合図であることに変わりはなく、二人がそれぞれの文言を口にし終えると同時に二人に変化が訪れた。


 頭の上にあったヘイローはただの光る輪っかから複雑な紋様が描かれたものへと変わった。

 それと同時に、祈は髪の色と目の色が通常のものから輝く銀色へ、九条は無手だった手の中に威圧感を放つ和弓を持つという変化も訪れている。


 最初に動いたのは九条だった。先に動かれたら負けるとわかっていたのか、九条は手の中に弓が出現するよりも早く弓を引く体勢へと移行しており、弓が出現した瞬間に弦に手をかけた。


 だが、できたのはそこまでだった。


「そんなのんびりした動きではただやられるだけですよ」


 九条が矢を番えて弓を引くよりも早く、祈は思い切り走り、九条へと接近していた。


「そんなことっ……わかっているわ!」


 突然背後から聞こえてきた声に目を見開いて驚きながらも、九条は咄嗟に身を翻して矢をつがえていない弓を祈へと向けた。


 それになんの意味があるとでも言うように口元に嘲るような笑みを浮かべた祈だが、直後九条が矢を番えないまま弦を弾いたことで押し飛ばされることとなった。


「びゃっ!?」


 矢を番ていないにも関わらず、九条が弾いた弓からは不可視の衝撃が放たれ、周囲の空間を駆け抜けた。

 その衝撃に押された祈は驚きからかおかしな声を漏らし、九条から距離をとる。


 おそらく、今のは鳴弦の儀というやつだろう。詳しくは知らないが、神社とかでやる厄祓いの儀式だったような気がする。それを祝福でやったんじゃないだろうか?


 だがそれだけではなかった。

 九条が弓の弦を弾くと弓を中心として不可視の衝撃が空間を走り、それと同時に光の矢が空中に現れたのだ。それが合計三度。

 特別な力を感じさせる光の矢が三本、九条の周りに浮かび、その先端は祈へと照準を合わせている。

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