第11話武器選び

 

「……なんか、祈って随分と毒があるんだな」


 とりあえず近くにはいないほうがいいだろうということで、俺達は九条達から離れることにしたのだが、あの騒ぎの後であっても桐谷は臆すことなく俺たちについてきた。


「何もなければ普通にいい子だぞ。ただ、あいつの願いがあるからな……」

「願い……みんなに笑っていてほしい、か?」

「よく覚えてるな。叫んだわけでもないのにたった一度だけで」


 あんな状況だってのに、たった一回の言葉をよく覚えてるもんだと素直に感心する。


「まあ結構近くにいたからな。でもまあ、そんな優しい願いで『祝福』を授かったんだったら、誰かが傷つきそうになったら怒るか」

「誰かっていうか……まあそうだな」


 祈の願い——『祝福』は単なる身体強化ではなく、条件がある面倒なものだ。守る対象である〝みんな〟がいなければ、全力を出すことはできない。

 だがその〝みんな〟とは、文字通りの意味でのみんなではない。祈にとって守りたい〝みんな〟とは家族のことであり、祈にとっての〝家族〟とはもう今では俺しかいない。


 だから、祈は俺が傷つきそうになってあれほど怒ったのだ。俺は祈にとって残った唯一の大事な〝みんな〟だから。


「でもよ……お前達は『祝福者』じゃないんじゃなかったのか?」

「いや、〝俺は特待生じゃない〟って言っただけだ。祈がどうとまでは言ってないだろ」

「……そういうことかよ。はー、やられたぜ」


 桐谷は苦々しい表情を浮かべながらそう溢し、大きく息を吐き出した。


「でも、誰もわかっていなかった二人目の特待生がわかって、しかもそいつと友人になれたんだから、桐谷としてはいいことなんじゃないか?」


 言ってから、少し意地の悪いことを言ったかな、と思った。だってそうだろ。友人と言いながらも家の事情について示唆しているのだから、皮肉を言っているように取られてもおかしくない。


「まあ、家に報告できることがあるって意味じゃありがてえけどよ……親が相手とはいえダチを売らなきゃなんねえ奴の気持ちを考えてみろよ」


 だが、桐谷はそんなことを気にした様子を見せず、肩を竦めただけだった。


「そりゃあご愁傷だな。今ならまだ厄介ごとから離れられるぞ?」

「冗談だろ。せっかく友達になれたんだ。厄介事とか家の事情なんかで離れんのはごめんだっての。俺の人生なんだ。好きにやらせろよ、ってな」

「まあ、必要なことがあれば言ってくれれば多少のことなら協力するぞ」

「マジか? んじゃあそん時は頼むわ」


 お互いに隠し事や事情はあるだろう。だがそれでも、お互いにそれを承知の上で改めて〝友人〟となった。


「でも、面倒なことになりそうな感じがするんだが……どう思う?」

「……いや、大丈夫だろ。この場合はどう見てもあの方が悪い。多少の挑発があったのも事実だが、あの状況で藤堂がスキルを使ったのは論外だ。そんな恥を晒すようなことはしないだろ。むしろ、後でまた正式に謝罪があるんじゃないか?」

「醜聞を黙っていてほしい、ってお願い付きでか?」


 藤堂って誰だ、と一瞬思ったが、おそらくあの護衛の生徒の名前だろう。

 でも確かに、言われてみればそうかもしれないな。人は自身の醜聞が流布されるのを嫌うものだし権力者ともなれば尚更だ。これだけ見ている人が多い中での出来事を逆恨みして襲いかかってくるようなら、それはとんでもない醜聞になりかねない。

 相手が一般人であれば可能性はあったかもしれないが、祈が『祝福者』だと判明してしまったからな。どう考えても騒ぎにならないはずがないのだから、手を出す方も躊躇うか。


「兄さん。怪我はない?」

「怪我について聞かれるべきなのはお前だろ」


 今後の九条達の動きは心配することはないのだとわかってホッと息を吐き出したところで、祈が心配そうに問いかけてきた。

 だが、実際に相手の『祝福』を弾いたのは祈なんだから、怪我の心配をされるべきは祈の方だろう。


「大丈夫だってば。私の能力は知ってるでしょ?」


 確かに、祈であればあの程度の攻撃で死ぬことなんてないだろうってことは承知の上だ。

 だが、それはそれとして心配なんだよ。俺はお前の兄で、お前は俺の〝妹〟なんだから。


「だとしても、お前は俺の妹なんだ。心配もするさ」

「シスコンにブラコンかよ……」


 祈と話していると横から桐谷が失礼なことを口にしてきた。俺のどこがシスコンだってんだ。


「ちげえよ」

「なにか悪い?」


 だが、桐谷の言葉に反論した俺と、なぜだかその言葉を肯定した祈の言葉が重なってしまい、俺達はお互いに顔を見合わせた。


「「……」」


 まあ、いいか。他人からどう思われていようと、俺的には普通の兄妹だし、大事な妹だってことに変わりはないんだから。


 ——◆◇◆◇——


「本日はお前達が使用する武器を選んでもらう」


 スキルを覚えてから数日が経過したが、今日はどうやら実際に戦うための得物を選ぶようで、装備の保管庫へとやってきていた。


「お前達は先日スキルを獲得したが、あれから一週間経過した。各々自身のスキルの性能というものを大まかには理解しただろう。なので、その特性に合った武器を選べ」


 なるほど。魔物と戦うための学校って言いながらこれまで戦闘関係の授業が体術しかなかったのはそういう理由か。確かに、先に武器を選んでそれが自分のスキルと致命的に噛み合わない場合、改めて違う武器を選んで鍛え直す必要があるからな。それでは無駄があるのだから、こうしてスキルを覚えてから武器を選ぶ、という流れは理に適っているのだろう。


「武器って言ってもなぁ」


 でも、いきなり武器を選べって言われても、これまで武器らしい武器を持ったことがない人間としてはかなり迷う。武器なんて……精々がお土産屋の木刀か、授業の竹刀くらいなものだ。あとはギリギリ料理包丁もか? でも俺が手に取ったことのある〝武器〟なんてその程度のもの。


 でもここにはいろんな種類の武器がある。剣に槍に刀に斧、銃や弓まである。なんだったらチャクラムとか鞭とか吹き矢なんてのまであるんだから、本当にいろんな種類がある。

 この中から自分の使う武器を選べなんて言われても、迷うのも仕方ないだろ?


「使ったことないんだったら適当に取って元振りしてみたほうがいいぞ」


 並んでいる武器を前にして悩んでいると、桐谷が隣にやってきた。


「なんだ、お前はもう決まったのか?」

「そりゃあな。俺のスキルは『剣』だぜ? まあ剣ってか刀だけどよ」


 そう言いながら桐谷は腰に帯びていた刀を叩いて見せたが、まあそうか。そういえばこいつの家は剣を生業とした名家なんだったっけ。ならこの選択も当然のことだろうな。


「あー、そういえばそうか。いや、実は槍でもできるとかあるかもしれないぞ」


 確か桐谷のスキルは『棒状のものに刃を纏わせる』って能力だったはずだ。それなら何も剣である必要はないし、なんだったらただの棒でもいいんじゃないだろうか?


「だとしても、ガキの頃から剣を習ってんだからそっちの方がいいだろ。それに、すでに刃があるものにスキルをかけたほうが切れ味とか耐久とかが上がるんだよ」

「へえー。ちゃんとスキルの検証とかやってんだな」

「まあな。それより、誠司はなんか気になる武器とかないのか?」

「ないなぁ。刀はかっこいいとは思うけど、使いこなせるかっているとな」


 日本人として生まれたからには日本刀ってのには一種の憧れがある。けど、扱いが難しいとも聞くから、全くの素人である俺が魔物との戦いで上手く使えるようになるには相応の努力と時間が必要になるだろう。少なくとも、少し鍛えたから戦力になれるなんてことは絶対にないだろうな。


「まあ、無難に両刃剣でいいだろ」

「刀と違ってある程度乱暴に扱っても壊れづらいし、初心者にはいいんじゃないか?」


 桐谷も同意してくれたが、日本刀に比べて西洋剣は初心者でも扱いやすい。刀に比べて剣身は厚いし、両刃で反りもないから斬るための技術は刀よりは楽なはずだ。


 そんなわけでメインウェポンは決まったが、もう一つサブで使う武器を選ばないといけない。なんでも、いろんな状況で戦えるように、みんな二種類は武器を使えるようになっておけ、とのことだ。


「あとは……短剣でいいだろ」


 でも、武器なんてものを持ったのが初めてなのに、二つ目の武器を選べって言われても困る。どうせ二つの武器を同時に学んでもどっちつかずになりそうだし、あまり技術が要らなそうなものを選んでおくのが無難だろう。


「適当だな、おい」

「難しい武器なんて使ったところで、使いこなせなけりゃ無意味だろ。その点短剣だったらなんか感覚で使えそうな気がする」


 それに、剣と短剣って組み合わせとしては一般的じゃないか? よく知らないけどゲームとかではそんな感じになってる。


 あとは……俺の能力の相性的に短剣はあってそうな気がするんだよな。短剣というか、暗器類?


「祈は決まらないのか?」


 使いづらかったところで武器を変えればいいんだし、なんとかなるだろう。と使う武器を決めたところで周囲を見回したが、祈は武器ラックから少し離れた場所で難しい顔をしていた。


「兄さん……。私さ、武器使うよりも自分で殴った方が強いでしょ? だから、武器って言われてもね、って感じなんだよねー」


 言われてみれば、そうか。祈の場合は祈自身が強くて硬いから下手に武器を使う必要はないのか。むしろ、下手に武器を使えば武器が壊れないように気を使う必要があるし、弱体化するかもしれないな。刀とか、多分技術の無い祈が全力で振れば一瞬で折れるだろ。


「お前の場合はそうなるか。とりあえず適当に剣とか選んでおけばいいんじゃないか?」

「……そうだねー……あ。じゃあこれと……あとはあれでいいや」


 そう言って祈は俺とは違って人の身長くらいあって剣身も通常の何倍もありそうな剣と、なんの変哲もない拳銃を選んだ。


「いやお前、適当に選べって言ったけど、流石にそれは適当すぎないか?」


 剣はまだわかる。明らかに普通ではない重量物で、なんだったら剣よりも鉄塊の方が呼び方としては正しいんじゃないかと思えるようなものだが、祈の能力であればあの程度のものは簡単に振り回すことができるだろうし。

 でも拳銃は適当すぎないか? すっごい〝ついでに選びました〟感がするんだけど。


「でも私遠距離攻撃とかできないし、銃とかあったほうが便利じゃない?」

「便利かもしれないけど、魔物には効かないだろ」

「まったく聞かないわけじゃないでしょ。意識を逸らすためとか注目させるためには使えるんじゃない? それに、敵は魔物だけじゃないから」


 ……まあ、それは確かに。魔物であろうと全く通用しないわけじゃないし、人間——魔人であれば普通に致命傷を与えることができる。


 それを考えると祈の選択も間違いではないのだろう。

 だが、この学校は魔物と戦うことをメインで教えているのに、最初に選ぶ武器が魔人と戦うことを想定してのものになるなんて、祈が何を想って武器を選んだのか、なんとなく理解できてしまった。


「——全員自身の扱う武器を選ぶことができましたね。それでは次回からは己の扱う武器種ごとに指導教官の元へ行って授業を受けてください。それから、自身の扱う武器を選んだと言っても、学内では授業以外での武器の携帯を禁止しています。学園からの貸出品ではなく己の武器を持っている人はきちんと保管しておくように」


 そうして、入学してからおよそ二週間を経て、ようやく戦士を育てる学校らしい授業が始まることになった。


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