第10話護衛の暴走

 

「|開演(アゲイン)!」


 その飛んできた何かが俺の体へと接触する直前、『祝福』を発動させた祈が高速で動き、飛んできた何かを正面から殴り返した。


 飛んできた何かと祈の拳はわずかな間だが拮抗し、だがすぐに飛んできた何かがガラスが砕けるような音を立てて砕け散った。


 詠唱を無視した簡易的なものだったとはいえ、『祝福』は『祝福』だ。力を使用した祈の拳にわずかな時間とはいえ拮抗していたということは、先ほど飛んできた何かもまた『祝福』によるものということで、この場には俺たち以外の『祝福者』は一人しかいない。


「あなた……あなたがもう一人の『祝福者』だったのね」


 その一人……九条桜が右手に『祝福』の証である威圧感を放つ和弓を手にしながらこちらに近づいてきた。いや、こちらというよりも、祈に、か。


「それよりも、先に謝るべきじゃないの? うまく使えもしない力を自慢げに披露して関係のない人を殺しかけたのに、最初に言う言葉がそれってどうなの?」


 だが、その当の本人である祈は、通常であればそれなりに敬意を払うような相手であるにもかかわらず、敵意をむき出しにして九条のことを睨みつけながら問いかけた。


 その言葉に、態度に、九条はぴくりと眉を動かして反応し、周りにいた生徒達も祈の態度に怒りの色が顔に浮かんでいる。


 これは流石にまずいか? そう思ったが、だが祈の言っていることも間違いではなく、あのままであれば俺は射抜かれていただろうことがわかっているために、止めようとする気持ちが今ひとつ湧いてこない。


「ちょっと待て祈。もうちょっと落ち着け、な?」


 だからと言って止めないわけにはいかないため、一度だけ軽く深呼吸をしてから祈へと声をかけた。


「何? 待てって何を待てばいいの? 落ち着けって、落ち着いてるんだけど。落ち着いた上で怒ってんの。だっておかしいもん。さっきのは事故だったかもしれない。それは仕方ないって思うけど、でも謝ろうよって話でしょ。私おかしなこと言ってる? それとも何? 自分はえっらーい血筋の人間だから、事故で誰かを傷つけて、殺しそうになっても、あるいは本当に殺しちゃったとしても、罪に問われることないから何にも問題ない、なんて思ってるわけ?」


 だが、俺の言葉であっても止まらなかった。それほどまでに先ほどの九条の行動が気に入らないのだろう。当たり前と言えば当たり前のことではあるか。祈が防いでなければ殺人未遂となっていたのだから。流石に死にはしなかっただろうが、それだってどうなったかはわからない。

 それなのに謝罪の一つもなく堂々と話しかけてきたのだから、怒るのは当然か。


 祈にそんなことを言われるとは思っていなかったのか、九条は目を見開いた後にバツが悪そうに顔を顰めてわずかに視線を逸らした。


 この様子を見るに、九条自身悪いと思っていないわけではないのだろう。悪いことをしたと思えなかった、あるいはそれ以上に『祝福者』のことが気になったんだと思うがどっちにしても九条自身ではなく彼女の『家』の問題だと思う。まあだからと言って九条自身が全く悪くないってわけでもないとは思うけど。


「もう——」

「ちょっとあんた。その言い方はないんじゃない!?」


 ただ、そんな九条とは違って、九条の周りにいた生徒達はおとなしくしていることはできなかったようだ。

 九条が何かを言おうとしたのか口を開いたが、それを遮ってそばにいた生徒の一人が苦情を庇うように一歩前に出てきた。


「は? あなた誰? 関係ないんだから引っ込んでてくんない?」

「関係あるわよ! 私はね、九条さんの護衛なの」


 護衛! そんなのがいるのか。でも、そうか。そうだよな。皇族の血筋だって言うんだったら、それくらいはいてもおかしくないか。


「護衛? へー、大層なご身分じゃないの。ああ、本当に〝いいご身分〟なんだっけ? でも、だからなに? あなたがさっきの矢を放ったってわけじゃないんでしょ? だったら関係ないじゃない。っていうか、そもそも護衛ってそっちのお姫様に危ないことをさせないためにいるんでしょ? だったらちゃんと止めてよね。他の生徒は護衛なんて物はついてないんだから、さっきの一撃が当たってたら最悪死んでたよ」

「あんたねえ——」


 祈の言葉に、さらにいきりたつように踏み出した護衛の生徒。


「待ちなさい、光里。今回は彼女のいう通り私の不手際です」


 だが、その言葉も行動も、九条によって止められることとなった。


 動きだそうとしていた護衛の生徒の肩に手を置いていた九条は、彼女を後ろに押しのけて俺たちの前に出てくると背筋を伸ばして両手を体の前で重ねた綺麗なお辞儀をしてきた。


「先程は申し訳ありませんでした。あなたの言う通り他の方に当たっていたら大怪我を負ったことでしょう。謝罪と、止めてくださったことに感謝申し上げます」


 お偉い立場の相手にここまで謝られるなんて、許すしかないよな。

 元々祈が止めてくれたおかげで大した怪我もないし、それほど怒っているというわけではないのだ。許します、っていうだけで穏便に解決するのであればそれに越したことはない。


 だが、祈は俺の考えとは違っていたようだ。


「謝る相手の名前も知らず、聞かないで口先だけでの謝罪を受け入れます。今後は二度と誤射なんてしないように気をつけてくださいね」


 煽るなよな……。

 確かに祈の言う通りではあるのかもしれないが、だからってそれをわざわざ口にする必要なんてないだろ。


「このっ! 言わせておけば!」


 ほら、そんなだからまた護衛の女子生徒が怒ったじゃないか。


 やれやれ、と思いながらこの場をどう締めようかと考えたのだが、護衛の生徒の怒りは先ほどまでの怒りとは少し……いや大分違っていた。


「|再演(イミテル)! 帰る場所はどこにもない。待ってる人もどこにもいない。全部全部燃えて消えた。炎は憎くて綺麗だった!」


 突然のことで、思わず間抜けな顔を晒してしまった。だがそうだろ?

 誰がこれしきのことでスキルを使うなんて思うのか。


「光里!? 何をしてっ……やめなさい!」

「<私も炎になりたい>!」


 スキルの詠唱が行われ出してから少しして、ハッと気を取り直した九条が護衛の生徒を止めようと叫んだが、遅かった。止めたのとほぼ同時にスキルが完成し、俺の視界に炎が現れた。


「何をしているのですか!」


 そこでようやく状況がおかしいことに気がついたのだろう。百地が慌てた様子でこちらに駆け寄ってきているが——遅い。

 すでにスキルを発動して両腕に炎を宿している護衛の生徒。彼女が本気で俺たちを攻撃しようとすれば、数秒と経たずに炎に襲われることになるだろう。

 だが……


「——|開演(アゲイン)」


 それを許す祈ではない。


 もしかしたら脅し程度のものだったのかもしれない。俺達を傷つける意思なんてなく、スキルを使って炎を掲げることで、俺達を怯ませようとしただけだったのかもしれない。


 でも、それはあくまで可能性の話だ。こちらから見れば、攻撃を仕掛けてくる前段階にしか見えず、だからこそ祈は迷うことなく動いたのだ。


「なんっ……!」


 簡略化した詠唱で祝福を発動させた祈は、その動き出しすら見えない速度で護衛の生徒に近づき、炎を宿している両腕を真正面から掴み、捻り上げた。


「借り物のライターで、〝私達〟の願いを燃やせるわけないじゃない」


 普通であれば燃えている何かを掴めば火傷する。それは当たり前の現象だ。

 だが、祈には関係ない。たかがあの程度の炎で傷つくような身体ではないのだから。


「自尊心か忠誠心か……。自身が仕える相手を馬鹿にされたことで怒るくらいなら、最初っから馬鹿にされずに済むよう立ち回るべきじゃない? っていうか、そんなあんたの態度が馬鹿にされる理由だって気づけないの?」

「あぐっ——」

「せめて、スキルの感情に振り回されないようにしてから挑んできてよね」


 侮蔑するような視線と言葉をぶつけ、それと同時に相手を掴んでいる腕に力を込めたのだろう。護衛の少女は短い悲鳴を漏らすと、両腕に宿していた炎を消し、それを見た祈はゴミでも捨てるかのように少女のことを放り捨てた。


「光里! なんでこんなことを……!」

「謝罪は要りません。どうせ上っ面だけの文字列を吐き出すだけなんですから」


 護衛の少女に駆け寄った九条だが、彼女が何かを言う前に祈は吐き捨てるように言い放った。

 その言葉は一応敬語ではあったが、敬意などカケラも込められていないことはその場にいる全員に理解できた。


 そんな祈を、九条は護衛の少女を抱き抱えながら見上げていたが、その目の奥で彼女が何を考えていたのかはわからなかった。

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