第9話一人目の『祝福者』

 

「流石はレティシア様! 傷が治りました!」

「ありがとうございます。ですが本当に元晴らしいのは私ではなく、このスキルの元となった祝福を授かった方です。私は祝福を授かるほどの願いというものを持てなかったのですから」


 スキルを暴発させて倒れていた生徒と、その生徒を治した聖女様。そして聖女様を讃えている周りの取り巻き達。

 心から他人のためを思い、王族という立場があるにもかかわらずそれを笠にきず、怪我人を治療する心優しい人物。確かにそんな人物であれば、『聖女様』なんて呼ばれるのに相応しいのかもしれない。


 だが、そんな心温まる光景を前にしても、俺は眉を顰めていることしかできなかった。


「まさか……」


 まさか、そんなわけ……と、それしか考えることができない。

 だが、ありえないことではない。何せあれも祝福を元にして作られたのだから。

 理解はできる。できるのだが……あってほしくはないことだった。


「天使の輪があって傷を癒す能力ってーと、本当に『聖女様』って呼び方が相応しい感じだな……って、なんだ。何か顔が赤くなってねえか?」

「は? まじか?」


 隣で見ていた桐谷にそう言われて顔に手を触れるが、そんなことで自分の顔の色なんてわかるはずがない。

 だが、その言葉が事実なのだろうということはなんとなく理解できた。


「ああ。スキルもまだ使ってねえし使いすぎってこともないだろ?」

「いや……なんでもない」

「ほー。まさかとは思うけど、聖女様に惚れたとかは……」

「それはない」


 そうだ。それだけはない。確かにあの聖女様の見た目は美人だと思う。流石は外国の王族ってか? でも、あんな『聖女』なんて呼ばれるような人物を好きになることなんて絶対にない。

 だって、無償の人助けを素晴らしいことだと思ってるようなやつだぞ? 自分が……自分達が良ければそれでいいと思っているような俺と馬が合うわけがない。恋人どころか友人関係だって難しいだろう。そんな相手のことを好くなんてこと、絶対にありえない。


「即答かよ。でもその反応だとまじで違うっぽいな。そうすっとマジで大丈夫か?」


 理由がわからないのに俺の顔が赤くなっていることで、本当に体調が悪いのではないかと桐谷が心配してくるが、大丈夫だ。今のこれはそういうアレではないから。


「大丈夫だって。ただちょっとスキルを使うんだって興奮しただけだよ。こんな魔法みたいなことができるなんて、興奮しない方が嘘だろ」


 ただ、本心を打ち明けるわけにはいかないので、そう言って軽く笑みを浮かべながら誤魔化していく。


「まあ確かにな。一般の人はスキルなんて使えないし、憧れみたいなのを持ってる人も多いからそうなるのもおかしくないか」

「むしろお前は興奮しないのか? スキル使うのは初めてだろ?」

「スキル自体は初めてでも、結局俺の場合は『剣』だからな。実物は握ったことがあるし、何かを斬る武器って点は変わんねえよ」

「そんなもんか」

「そんなもんだ」


 でも、そうだと言われればそんなものかもしれないな。


 しかし、こうして周りの奴らがスキルを使っているのを見ると、俺だけ使わないっていうのもおかしいか。怪しまれるかもしれないし、この場で一度くらいは使っておいた方がいいだろう。

 俺の場合はスキルじゃなくて祝福だが、まあ本気で使わなければ誤魔化すこともできるはずだ。


 ただ、問題としては文言——詠唱をどうするかなんだよな。祝福には詠唱なんて必要ないけど、スキルには必要だからそこをどうにかしないと。

 誰も聞いていないならいいけど、今は隣に桐谷がいるから何も言わずに、なんてことはできないし。


「い、|再演(イミテル)。えーっと……ごにょごにょ……<——この手は誰かの手を掴むために>」


 結局、最初と最後だけは口にして、途中の詠唱は口の中で呟くようにして誤魔化すことにした。これなら何か言ってるけど何を言っているかはわからない感じで通すことができるだろう。……できるといいな。まあ、桐谷だけを誤魔化せばいいんだしなんとかなるさ。


「なんだこれ。半透明な腕?」

「これを伸ばしてものを掴むことができるらしい」

「腕が四本になるってことか」

「だな。あとはある程度の距離は伸ばせる。まあ、便利な能力だな」


 本来は二本どころではなく出すことができるが、まあ『祝福』ではなく『スキル』として使うならこの程度だろう。それにこれ以上だヘイローがただの輪っかの状態から無駄に装飾が増える状態になってしまう。


「相手が四本腕と戦うのに慣れない状態だと結構優位に立ち回れそうだな。けど、さっきなんて言ったんだ?」


 あ……誤魔化せると思ってたけど誤魔化せなかったか。


「いや……聞くな。あんな言葉を言ってスキルを使うって、恥ずかしくねえのか?」


 苦し紛れに出てきた言葉ではあるが、いくら必要だと言えど実際にあんな堂々と詠唱をするなんて恥ずかしさがある。しかも俺の場合、その詠唱が自身の〝願い〟を元にしているときた。他人の願いであればそれを唱えるのは問題ないけど、自分のものとなるとそれを堂々と言うのはちょっとな……


「ああ、それな……。気持ちは分かるわ。でもしゃーねえだろ。特別な力を使えるってんだからそれくらいは受け入れろよ」

「まあ、な」


 これから授業でみんなの前で『スキル』を使う機会もあるだろうけど、その時はどうしようか。やっぱり恥ずかしい詠唱をしないといけないんだろうか?


「ところで、妹ちゃんの方はどうなんだ?」

「祈でいいってば。これからも妹ちゃんと呼ばれるのは嫌だし、ちゃんもいらないから好きに呼んでよ」

「そうか? なら祈はどうだったんだ?」

「ふっつーにスキルを使ったけど? まー、普段より動けるなってだけで特には?」

「まあ身体強化だしな。目立った変化とかはないだろ」


 身体強化系統のスキルは、能力を使っていることは頭上のヘイローでわかるが、実際に動かれるまでどんな能力なのかその詳細はわからない。

 だが、結局は身体能力が強化されるだけで、そこに違いはないから話すことも大してない。


 そうして三人でお互いの能力について話していると、不意にある方向からざわめきが聞こえてきた。

 ざわめきの聞こえてきた方向を見ると人だかりができており、その周囲にはおらずともクラスメイト達はほぼ全員がそちらへと視線を集めていた。

 皆の視線の先にいるのは誰なのかと言ったら……


「ん? あっちにいるのは……」

「九条のお姫様だな」


 天皇の一族の血縁で、大企業のご令嬢という人生勝ち組な同級生、九条桜が騒ぎの中心にいた。


 な荷があったんだ、と思ったがその理由はすぐに判明することになった。


「|開演(アゲイン)<——私は魔性を退けなくてはならない>」


 九条が正面に手を伸ばしながら口にした言葉は、他の同級生達とは少し違っていた。

 詠唱は短く、何より決定的なのは最初の文言が違っているということだ。


「アゲインってことは……」

「やっぱりあの方が『祝福者』だったみたいだな」


 |再演(イミテル)がスキルの発動の際に必要な言葉なのに対し、祝福は|開演(アゲイン)である。それに加え、祝福はスキルと違って余計な詠唱は必要ないし、なんだったら詠唱そのものを言わなくとも能力を使うことができる。まあ、そのためには祝福の使用に慣れないとだし、文言を口にした時よりも性能が落ちるから戦闘時には皆口にすると思うけど。

 あとは、周囲への威圧目的か。詠唱を聞けば、そいつが『祝福者』かどうかわかる。わかってしまうのだから。


 だがそうすると、やはりというべきか最初に桐谷に聞いた予想の通り、九条が『祝福者』だったわけだ。


 見れば九条が神秘的でありながらもなぜか不安を煽るような気配を感じさせる和弓を手にしている。きっと……いや、確実にあれが九条の『祝福』なんだ。


「だな。……でも、〝あの方〟?」


 自分が『祝福者』だからか、九条も〝そう〟なのだと言われても特段驚きはしない。ああ、あいつだったのか、くらいなものだ。

 それよりも気になったのが、桐谷が口にした九条の呼び方だ。あいつ、あの人、彼女だったら分かる。これまで話してきた桐谷の態度からすればそのいずれかで呼んだことだろう。だが桐谷は、先ほど九条のことを〝あの方〟なんて妙に畏まった呼び方をした。それがどうにも違和感があって仕方ない。


 そんな俺の言葉を受けて、桐谷はわずかに目を見開くと、少しだけ慌てた様子で視線を泳がせて口を開いた。


「あ、いやそれはあれだ。一応自国の象徴の一族だろ? 本家じゃないって言っても敬う姿勢を見せておいたほうがいいだろ」


 その言葉はもっともではあるのだが、どこか言い訳がましさを感じる。けどまあ、そういうこともあるか? 九条は天皇家の血統かもしれないが、桐谷だって名門の血統なのだ。どこかで知り合っていたり、そう接するようにと教えられてきたかもしれない。そのあたりは家のことになるのだしあまり踏み込まない方がいいだろう。


「そだねー。言葉遣いが気に入らないとか言って難癖つけられてもあれだし、大した苦労でもないんだからそうしておいた方がいいんじゃない?」


 と、桐谷の言葉に同意を示すように祈が頷いたので、それに合わせて俺も頷こうとした、その時——


「きゃあっ!」


 誰のものだろうか。おそらくは女性だと思われる悲鳴が九条達のいる方から聞こえ、それと同時に九条達の方向から俺達——いや、俺へと何かが高速で飛んできた。

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