第5話入学一日目終了
そうして話に一区切りついたところで、教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。
「あー、静かにー。喋るのやめてこっち向けー」
扉から入ってきながら気だるそうにそう話したのは、ピッしりとスーツを着ているのにどこかくたびれた雰囲気を感じさせる男性だった。おそらくは彼がこのクラスの担任なのだろうが、どうにも雰囲気が担任らしくない。
「これからこのクラスを担任する風間麟太郎だ。お前達もわかっててこの学園に来ただろうが、改めて言っておくぞ。この学園は英雄を育てるための場所で、実際お前達だってスキルを手に入れることになるわけだ。規則を守らない奴は問答無用で罰するし、授業に手心を加えるつもりはない。ついていけないと思ったらすぐに言え。相談には乗ってやるし、辞める手続きについてもちゃんと教えてやる。曖昧な気持ちで訓練に参加されると困るからな。一応聞いておくが、今の時点で辞めたくなった奴はいるか?」
担任……風間がそう説明をしたが、当然というべきか誰一人として手を挙げる者はいない。だがそれは当たり前と言えば当たり前のことだろう。この時点で辞めるようなら、そもそもこの学校に来ていないし、想定外のことがあって辞める必要があったのなら入学式の前に辞めているはずだ。
「いないか……。まあいいが、この人数のまま卒業までいけることを|願ってる(・・・・)。それじゃあ自己紹介——は、しないし、特待生が誰かも教えない。教えたところで意味なんてないし、無駄に意識されても問題だからな。知りたかったら自分で調べろ。その場の流れで動いて何でも他人任せの無能なんていらないんだ。クラスメイトの名前だって、知りたかったら自分で聞け」
俺たちとしては余計な面倒が起こらないのだからありがたいのだが、特待生をはっきりさせないって、それはアリなのだろうか?
とはいえ、どうせそのうち祈のことはバレるだろうなとは思っている。何せ今後三年間もあるのだ。その中では生徒達の成長を促すために危機的な状況に放り込むことだってあるだろう。そうなってしまえば『祝福』についてバレる時が来るに決まっている。
それでも、クラスの状況もわからず馴染めていない今バラされるよりはずっと良い。
「それじゃあ今日この後やることだが、この学園についての基本的な説明を、まあ全員知っているだろうが改めて行う。その後に学園の案内になるな。明日からは普通に授業があるが、訓練が始まったら気いつけろよ。いつまでも入学気分でやってると怪我するし、最悪死ぬことになっぞー」
死ぬ。そう言ったはずなのに、風間から吐き出されたその言葉はやけに軽い調子で言ったように聞こえた。
いや、実際風間にとっては軽いことだったのか? 生徒の『死』というものをこれまでも経験してきたことがあるからこそ、そういうものだと受け止めて、割り切っているのかもしれない。
何にしても、危険があることは間違いないのだ。『俺』が危険に陥ることは滅多にないだろうが、それでも気を引き締めていこう。
「んじゃまあ、まずは学園についての説明だ」
そうして風間からこの学校の授業についての説明が始まった。
基本的に日本の高校における授業割りをベースとしているが、ここはいろんな国から生徒が集まってるから色々と変更点がある。英語圏のやつなのに日本人が学ぶ英語をやらされても困るだろ? 歴史だって各国それぞれの語る歴史ってやつがあるはずだ。
だから、実技関連は全部だが、数学と化学は全員合同でやって、語学は一人二つとる選択式となっているようだ。
言語か……自国語を一つ取れば楽だよな。あとは普通に英語でいいか。
もっとも、何語を選んだところで俺には意味ない授業になるけど。だって俺は『祝福者』だし。
祝福を持っている人物は、どうしてかどの国の言葉でも理解することができる。読めるとか書けるとかではなく、読み書き発音全てが理解できるようになるのだ。
だからこそ、俺のような『祝福者』に言語の授業は意味のないものとなる。
ただ、俺は自分が『祝福者』であることをバレたくない。そのため、下手な授業を選ばずにできてもおかしくない自国語である日本語と、一般教養として習ってきた英語を選んで誤魔化すとしよう。
「それじゃあ、移動するぞ。選択授業に関しては一週間後に聞くからそれまでに決めておけ」
そうして学校案内が始まり、俺たちは学校中を歩き回ることとなった。
——◆◇◆◇——
「ん〜〜……はあ。やっと終わった。案内って言っても、それだけで一日終わるとは思わなかったな」
学校案内を始めたのが午前十時くらいだったのに、終わったのが午後三時だったのだからかなり広い。途中で学食によって休憩を取ったりもしたけど、最低でも四時間は歩き通しだったことになる。
『祝福』を受けて体が強化されているため疲労自体はそれほどでもないが、何というか精神的に疲れた。
「そーねー。広いとは聞いてたけど、実際に歩いてみるとかなり広くて疲れたんだけど」
「嘘つけ。お前がこの程度で疲れるわけねえだろ」
『祝福者』、あるいは『スキル保有者』は体が強化されるが、その強化の割合はそれぞれの能力によって変わる。治癒系等ならそれほどでもないし、自己強化系統の能力なら能力を使ってなくともかなりの割合で強化される。
そして、祈は強化に関する『祝福』を持っているのだから、多少歩き続けたところで疲れなんてあるはずがない。何だったら二十四時間歩きっぱなしでも問題なく活動し続けることができるだろうよ。
「嘘じゃないもん。ほら、体がじゃなくって精神的な疲れってやつ?」
「どっちにしても、って感じだが……まあいいや。で、あとは家に戻るだけか?」
これ以上は何の予定もなかったはずだし、あったとしてもできることなら参加したくない。普通に家に帰ってダラダラしたいものだ。
「あ、うん。でも、ほんとにいいの? 私たちだけ寮じゃなくて通いで」
基本的にこの学校は寮生活になる。というのも、この学校は日本の領土内に存在しているが、本土に存在しているわけじゃないからだ。
日本の領海上に存在している人工島。その一つを丸々使用して作られた学校と、その学校を中心として作られた町。通称『学園島』がこの場所の名前だった。
そんな場所に毎日通うわけにもいかないのだから、寮が用意されているのは当然と言えば当然のことだ。
だが、全てが国の管理下にあるその島の中で、俺達は自分の土地と家を持っている。そのため、俺たちは寮ではなく家に帰っての通いとなっているのだ。
「俺たちだけってわけでもないだろ。他にも近くに家があるやつは通いだったろ」
多分だけど、どこぞの国のお姫様とか、天皇の親戚だとか大企業の息子とか、その辺は寮ではなく学校の近くに自分の家を持っていると思う。
「でも、それってわざわざこの島に家を買った人たちがほとんどなんでしょ? 普通は寮生活するものなんじゃない?」
確かに、祈の言ったように俺たちの家は俺たちが買ったものではなく、国から与えられたものだ。これ以上ないくらいの特別扱いと言ってもいいだろう。
「そうだろうけど、国としても俺達みたいなのを普通の奴らと同じ枠で管理したくないだろうし、仕方ないだろ」
兄弟揃って『祝福者』であり、他の祝福者に比べても特殊な力を持っている俺達を、他の生徒達と同じ場所で管理なんてしたくないと考えてもおかしくない。むしろ、それは当然のことだろう。
何せ、祝福者は『英雄』と呼ばれることがあっても、それは裏を返せば『化け物』と同義なのだから。
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