第6話スキルの習得

 

 ——◆◇◆◇——


 学校に慣れるためなのか、普通の授業だけが行われる日々が続き、一週間が経過した。


「——それではまず、実際にスキルを獲得してもらう前にスキルについての説明を行いますのでよく聞いておくように」


 一週間経って土日の休みを過ぎた今日、俺たちはようやく『祝福』および『スキル』の授業を行うこととなった。


「『スキル』とは、言ってしまえば『祝福』の劣化コピーです。神に届くほど強い願いを抱いたことで発現する『祝福』とは違い、『スキル』は祝福を得た者からその力のかけらを採取し、他者でも使えるようにしたものとなります」


 教室の壇上でキッチリと背筋を伸ばし、真面目な雰囲気を纏っている女性教師——百地だが、なぜかその格好は雰囲気に見合わずジャージ姿だ。何とも雰囲気と外見のミスマッチ感がすごい。

 だが、見た目に違和感があったとしても、話している内容そのものは真っ当なものである。


「例えば、『傷つきたくない』という願いによって『傷つかない体を手に入れる祝福』を元としたスキルは『体が丈夫になる』という力を使う事ができるようになります。あるいは、『誰かを倒したい』という願いによって発現した祝福では『炎を操る』や『身体能力の強化』などがありますが、炎であれば火事から小火、身体強化であれば百倍から十倍へと出力が劣化したものを『スキル』として覚える事ができます」


 神から授かった——と、言われている祝福だが、祝福を手に入れることができる者は稀だ。〝極限の願い〟とはそう簡単なものではない。

 だが、だからと言ってそれで満足していられるかといったら、人間はそれほど素直じゃない。もっと欲深く、他人のものを自分も、と求めるのが人間だ。


 そして、その欲の結果が『スキル』。祝福を研究し、その能力の一端を道具に封じ込めることに成功した、〝量産型の祝福〟だ。

 祝福そのものではない為能力に劣化はあるが、それでも〝極限の願い〟なんてふざけたものを抱かなくとも超常の能力を手に入れることができるようになった。


「ここで疑問に思う方もいるかもしれませんね。たとえ『祝福』より性能が劣るのだとしても、複数の『スキル』を得ることができたのであればそれは『祝福者』よりも有能になれるのではないか、と」


 その可能性、有用性は誰だって考えた。たった一つを手に入れるだけでも人生を賭けるような〝願い〟をいくつも手に入れることは無理だとしても、その劣化版のすでに道具となっているものであればいくらでも使えるのではないか、と。

 だが、現実はそう甘くはなかった。


「ですが、それは不可能です。『祝福』は神に届くほど強い願いの果てに獲得できる力ですが、力を得た代償としてその願いに一生縛られることとなります。『誰かを助けたい』と願ったのなら困っている者を助けたくなり、『恨みを晴らしたい』と願ったのならちょっとした恨みでも抑えが利きづらくなります」


 それが『祝福』という超常の力を手に入れる代償。『祝福者』は、生涯能力を手に入れた時の願いに縛られ続けることになる。

 そして、それは『スキル』も同じだった。


「そして、『スキル』は『祝福』を元にして作られている以上、元となった願いと同じような想いがなければ習得することはできない上、『スキル』を習得したら『祝福』ほどではありませんが自身の在り方がそちらに引き寄せられます。そのため、『祝福』であろうと『スキル』であろうと、二つ以上の力を獲得することはできないのです」


 可能性があるとすれば、同じといってもいい〝願い〟を元にしたスキルの場合のみだ。たとえば〝誰かを殺したい〟と、特定の誰かを様々な方法で殺す想像をしながら願った場合、その〝様々な方法〟の能力を手に入れることもできる。

 あるいは、最初に〝極限の願い〟に至った際、二つの願いを同時に、同量の強さで願っていれば、種類の違う二つの能力を手に入れることもできる。


 だが、そんなのはかなり特殊な例だ。ただでさえ少ない『祝福者』の中でも一パーセントにすら満たない程度の数しかいない。何だったら片手で数えることもできるんじゃないだろうか。それくらい珍しい例なのだから、基本的に気にする必要はない。


「本日は後ほど皆さんにはスキルを封じた道具を実際に触れていただき、皆さん自身に合っているスキルを習得してもらうことになります。ですが、くれぐれも能力の使用には気をつけるようにしてください。授業外、決まった場所以外での使用は規則違反ですので処罰の対象となります。そこには立場や身分は関係ありませんので、留意しておいてください」


 そうして百地先生の話が終わると、俺達は促されるままに席を立ち、教室を出てスキルを封じた道具が置かれている保管庫へと向かっていった。


 保管庫の守りはかなり厳重なもので、機械と人間の両方による警備が敷かれていた。だがそれも当然のことだろう。ここにどのくらいの数があるのかわからないが、たとえ一つであろうともスキルを封じた道具が盗まれた場合大変なことになるのだから。


 スキルは国が管理しているから大きな問題にはなっていないが、これが市場に流れることになればとんでもない騒ぎになる。悪意ある者はそのスキルを使って何かしらの悪さをしでかすだろう。そうなれば魔物対人間なんてことをやっているどころではなくなる。人間対人間という構図は今までもあったが、それがより活発になるのだ。

 それを考えれば、スキルの守りは厳重にならざるを得ないし、何だったらこの国で最も守りの固い場所とさえ言えるかもしれない。


 そんな厳重な守りが敷かれた部屋の中に、俺たちは入っていく。


 俺達は国から優遇されているが、それでもこの中に入ったことはない。どんな部屋なのだろうと少しだけ期待を胸にしながら部屋の中へ入っていくと、その先の光景に思わずギョッと目を見開いた。


 だがそんな反応も仕方のないことだろう。部屋の中には何十人もの武装した軍人たちが待機しており、手の中には銃が握られているのだから。


 そんな光景に反応をしたのは俺だけではなく、他のクラスメイトたちもそうだ。皆一様に自分たちのことを囲んでいる軍人に驚き、声を漏らし、警戒するように部屋の中を見回している。

 その中でただ一人、祈だけは俺の前にスッと移動し、いつでも動けるように軽く腰を落として集中していた。


「皆さんご安心を。彼らはこのスキルが封じられた道具——通称『宝玉』を守るためにいるだけです。皆さんが盗もうとしたり、傷つけようとしたりしなければ何の害を加えてくることもありません」


 百地先生の言葉を受けて皆ほっとした様子で息を吐き出すと、祈も何事もなかったかのように息を吐き、警戒を緩めた。


 そこで改めて部屋の中を確認すると、部屋の中心には三十個程度の台座に乗った水晶玉のようなものがあった。


 その水晶玉はそれぞれが別の色を放っており、その光は電気の光とはまたどこか違う〝力〟を感じさせるものだった。

 そして、それと同時にあの水晶玉から放たれている光は、なぜだか俺の胸の奥を刺激する。


「それでは、この部屋にある玉に触っていってください。複数の玉に反応した方は、その中から一つ選んでいただきますが、先ほど伝えたように一つ覚えればその後の自身の方向性が固定されてしまうので慎重に決めるように。スキルを習得した後は我々に報告をしてください」


 これから自分が手に入れるスキルのことを考えて、先ほどの緊張感から解放されたこともあってか、クラスメイト達はワッと笑みを浮かべた。


「ただし、一つ注意しておく事がありますが、スキルを封じた玉はすべて貴重なものですので間違っても壊さないように。加えて、盗もうとすればその時点で退学を通り越して犯罪者として処理することになりますので、くれぐれもそのような事がないように」


 その〝処理〟というのはただ捕まえるというわけではないだろうということは、部屋の中で俺たちのことを囲んでいる軍人を見れば容易にわかった。


 もっとも、盗む気はない俺としてはあまり気にしなくてもいい存在ではあるが。


 それよりも、これからスキルを覚えるにあたって一つ問題があった。


「ねえ、どうするの?」

「どうするも何も、触っていくしかないだろ。なんの反応もなくても、適当に伝えておけばなんとかなるんじゃないか。多分俺のスキルもあるだろ」

「というか、そもそも教師側は知ってるの?」

「いや。国と学園の上層部は知ってるけど、一般の教師には知られてないはずだ」


 俺はすでに『祝福』を得ている。しかもそのことを学校側に申請していない。スキルを覚えることができないとなれば〝どうして?〟となるのは当たり前のことで、その場合は俺が『祝福者』であることがバレるかもしれない。それだけは避けなければ。


「それでは各々スキルを習得していくように」


 百地先生の合図でクラスメイト達は軍人達の監視の中各々動き出し、空いている『宝玉』の許へと向かった。

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