第4話王女に企業の令息に皇族

 この学校は成績でクラスを決めることも、今年は二人の特待生がいることも公言されているが、誰が特待生なのかまでは言われていない。

 特待生——つまり『祝福者』の存在はどの国、どの家門にとっても重要な存在であるため、知らずにいることはできない。


 桐谷は名門の家系って言ってたし、その辺りのことを言い含められているんだろう。調べてこい、って。

 その最初の一人……かは分からないけど、こんな始まってすぐに『俺』に話しかけてくるなんて、運がいいのか悪いのか。


「いや、違うな。そう言う桐谷はどうなんだ?」


 実際、俺は『特待生』ではない。あくまでも俺は普通の生徒としてこの学校に通っているのだ。

 そんな意識があるからこそ、桐谷の言葉に反応することなく自然に答えることができた。


「残念ながら、だな。祝福があったら特待生としてチヤホヤされる生活送れたんだけどなぁ。まじで残念なことに、『祝福者』じゃないんだ」

「まあ祝福なんてあってもいいもんじゃないかもしれないし、それでいいんじゃないか?」


 これは本当にそう思う。祝福なんてない方がいいに決まってる。


「そうか? 祝福があればどこでも特別待遇を受けられるんだからあった方がいいんじゃねえの?」

「まあ扱いはいいかもしれないけど、祝福の取得方法は知ってるだろ? 〝極限の願い〟なんて、そんなのする機会は来ない方が幸せだろ」


 極限の願いなんてものに至るなんて、頭がおかしいか心がおかしいかのどっちかだ。あるいは、おかしくなったか。

 そんな状態にならなきゃ得られない能力なんて、ない方がいいに決まってるだろ?


「……ま、そうかもな。誰かを助けたいなんて願いも、目の前で誰かを助けなくちゃいけない状況に遭遇したからこそだしな。そんな状況、できることなら遭遇したくはねえな」

「そう言うこった。まあ、あったらあったで全力で使うけどな。使って楽してやるぜ」

「楽って、お前そりゃあ不敬だって怒られるぞ」

「けど、できることなら楽したいだろ?」

「そりゃ、まあな」


 少し真面目な方向に寄りすぎた空気を変えるように冗談めかして言うと、桐谷もそれに乗って肩をすくめた。


 しかし特待生か……。一人は祈だってことはわかってるけど、もう一人は誰だろう? 同じ学年、同じクラスに二人の特待生——『祝福者』がいれば、ぶつかることがあるかもしれない。それを事前に知ることができれば、対策ができるかもしれない。……できないかもしれないけど。でも、知っておくことは大事だろう。


「ところで、特待生が誰なのかわからないって言ってたけど、候補とかもわからないのか?」

「ん? ああ、一応候補なら三人いるぞ」

「いるんだ」


 桐谷は名門の出ということなので何か知っていないかなと思って聞いてみたのだが、本当に何か知っているようだ。


「ああ。それぞれ曰くつきの家だからな」

「曰くつき? そんな家があるのか?」


 数百年前ならともかく、今の時代そんな曰くつきなんて言われるような家があるのだろうか?


「あるんだよ、これが。まずはイギリス。何でも王族を寄越してきてるらしいな。普通は王族なんて自国で育てるもんだろうけど何でか知らないけどこっちにきたらしい。まあ、他国って言ってもここは中立地帯みたいなもんだし、いろんな国が集まるから外交的にはお偉方の血筋を送り込んでおきたいって感じなのかもな」

「王族ねぇ」

「ちなみに、通称は『聖女様』だ」

「聖女お? なんでそんな仰々しい名前なんだ? せめて『お姫様』とかじゃないか?」


 お姫様も十分仰々しい気もするが、それでも聖女様よりはマシだと思う。というか、なんで聖女様なんだ? そんな呼び方して、実際の聖人を讃えている教会とかは許してくれるのか?


「なんでも、王族なのに一般市民にも平等に接し、信仰心もあるからそう呼ばれているらしい」

「へー」

「……ってのは表向きの話だ。実際には治癒系のスキルを覚える事ができるかららしいぞ」

「? スキルってここみたいな専用の学校に入らないと覚えられないんじゃないのか?」


 確かそのはずだ。俺みたいに『祝福』を自力で発現させたやつは別としても、スキルを覚えるには年齢制限と、専門の学校に通った経験があることが全国で共通の条件とされている。


 そしてこの学校は、魔物と戦う者を育てる場所であるため、当然ながら授業内容もそちらによっている。その際に『スキル』を覚えさせられるのだが、生徒はそこで初めて『スキル』というものを手に入れるはずだ。


「ああ。でも、覚えないで判定するだけならできる。その判定で治癒を覚えられるってわかったそうだ。治癒系は覚える人が珍しいからな。特別視するにはちょうどいい能力だったんだろ」


 なるほどな。確かにスキルを覚えてはいけないが、確認をしてはいけないとは言われていないな。覚えるスキルの方向性がわかっていれば、子供の頃からそれ用に鍛えることができるし、望まないスキルだったら望む方向へ矯正することもできる。

 もっとも、望む望まないは子供ではなく親の意思によるところが大半だろうが。


「癒しに関する能力は人を思いやる心がなければ覚えられない、か。確かに、『お姫様』より『聖女様』の方が聞こえはいいか」


 各スキルは、覚える際に条件がある。それはスキルの元になった祝福の主が抱いた願いとにた願いあるいは性格であること。

 治癒に関する祝福は、その全てが『他者を救いたい』というような願いであるため、治癒のスキルを習得できるものもまた、同様の願いを持っている人物ということになる。


 もし自分の国の王族が、そんな心優しい人物だったら、国民的には嬉しくなるものだろう。それがわかりやすい『聖女様』という呼び方は、確かに政治的にとても役に立つものだと思う。


「次にドイツだが、ここは大企業の息子が来てるはずだ。まあ大企業って言っても似たようなのはいっぱいいるけど、こいつは小さい頃に事故にあったみたいでな。大怪我したことがあるんだと。だから祝福を与えられたかも、って話だ」

「死にかけた状態から生き残るために、ってわけだな」


 先ほどの聖女様は『誰かのために』、という願いを抱いているらしいが、別に祝福を授かるのは他人のためではなく自分のためであっても構わないのだ。

 生きたい、なんて願いはわかりやすいものだろうし、命に関わる願いは〝極限〟に至りやすいのも理解できる。


「んで、これが大本命だが、日本の家だな。詳しい事情までは知らないけど、何でも天皇の血の流れを汲んでいる大企業の娘だ。九条桜って名前だったと思うけど、顔までは知らないな」

「皇族の血筋で大企業の娘って、欲張りセットかよ」

「だな。前の二人を足してちょうどみたいな存在だから、何かしらはあるんじゃないかって話だ。というか、名門の間ではこの方が本命だろうとさえ言われてる。実際、一部の奴らはそう思えるような動きをしてるらしいしな」


 そこまでいけば、もうその九条ってのが本命でいいんじゃないか? 特にこれといったエピソードがないのに噂されてるってことは、それが事実だからのように思える。火のないところに煙は立たないっていうし。


「んで、今の三人が本命で、抑えが五人ぐらいいるな」

「本命に抑えって……競馬かよ」


 桐谷のたとえに、思わず呆れた声を漏らしてしまったが、桐谷はそんな俺の言葉を聞くとニヤリと笑った。


「それがわかる時点で、お前競馬やってんな?」

「知識として齧った程度だな。昔父親と競馬場に行ったことがあったんだけど、その程度だな。それより、本命が三人って時点でも多いけど、他に五人って結構いるもんなんだな」


 今ではそんなことないけど、昔はそれなりに仲が良かったもんだ。正直あの頃に戻りたいという気持ちがないわけじゃないが、それは無理なことだ。


「まあな。でも、どいつもこいつも企業の娘だとかギルドの息子だとかそんなんばっかだな。ってか、そんなんだからこそ候補になったんだけどな」

「でも、祝福なんて血筋関係ないだろ?」


 王族だろうがホームレスだろうが願いの丈は同じだ。何が欲しい、あれがしたい、こうなってくれ。そんな願いは身分や立場に関わらず平等に願うことができる。

 そして、平等に願うことができるということは、祝福の機会だって平等だってことだ。


「『祝福』にはな。でも、〝そういう教育〟を受けてるかもしれねえぞ? 簡単に言えば思想教育だな。あとは、祝福が欲しくなるくらい厳しい教育とかもあるって噂だ」

「あー、なるほど。なんかありそうな話だなぁ」


 桐谷の言うように、祝福を授かるかどうかはその個人の願い次第だから家や立場は関係ない。だが、祝福を授かるために歪んだ成長をさせようとすることはあるのかもしれない。


「それに、『祝福』は本人固有のものだけど、『スキル』は『祝福』ほど強い願いじゃなくてもいけるからな。珍しいスキルを覚えさせるためにちょっと手を入れるくらいはやるんじゃないか?」

「そうか。スキルがあったっけな。……でも、そんな生き方って幸せなのかね? 裕福なのは違いないだろうけど、そんな生き方をねじ曲げられて強制されるような暮らしはお断りだな」


 家としては望んだスキルを手に入れることができれば喜ばしいのだろう。子供としても、状況にあったスキルを覚えることができたのならその後の人生は成功することができるのかもしれない。でも、そんな人生が幸せなものなのかといったら……少なくとも俺はそんな人生は嫌だ。


「ははっ。そりゃあ俺もだな。修行とか、よくあんな厳しいのやってられるよな。まあ、その厳しい生活をこれからは俺たちもしなきゃなんねえんだけどな」

「そんなにキツくないといいんだけどなぁ」

「だな。……それから一応言っておくけどよ、あんまり大きな声で上位陣の生活について言わない方がいいぜ。目えつけられるからな」


 それまでよりも小さく顰められた声で話した桐谷を見て、俺はそれとなく周囲を窺うが、こちらのことを気にかけている者はいない。それはそうだろう。こちらはなんの立場もない一般人なんだから。

 そのことにホッとすると同時に、だが油断して面倒に巻き込まれてはならないと、桐谷の助言はありがたく受け取ることにした。


「……わかった。ありがとな」

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