第30話

 持ってきてくれたのは、おひつに入った白飯と鍋に入った塩漬けのゼンマイやその他山菜の汁。犬用の飯は、こちらで支度する。チカさんに教えてもらいながら、俺も手伝って干し肉と米を鍋に入れ、かゆを作る。


 そしてアリシアさんが、二人の捕虜を連れてくる。

 杭を打って腰縄を結んでから、手首の縄をほどいて捕虜たちと食事をしながらの尋問が始まった。

 小頭と呼ばれていた男は三十代、もう一人は20前後だろうか。アポさんはまず名前を聞いた。


 だが、小頭は

「名乗るはずもなかろう」

 と笑い、若い男は飯を食うだけで、一切口を利かない。

 アリシアさんやねそこさんも加わり、色々と質問を変えてみるが、まともな返答はなかった。だが、盗賊の頭について尋ねると、小頭が言い出した。


「仲間について話す気はないが、あやつの事なら少し話そう」

 チカさんが以前、盗賊たちの話で聞いたように、今の頭はもともとどこかの領主に仕えていた重臣で、主家が滅んだ後、四人の配下を連れてこの山奥に逃げ込んできたのだ。そして盗賊団の一つの頭となり、さらに他の盗賊団をも支配下におさめつつある。


 小頭は、若い方の盗賊を見て言った。

「こやつも、その時ついて来た一人よ。一番年が若い下っ端なので、手柄を立てようとはやっておったのが、この有様。恥じ入っておるから何を聞いても答えまい」

「もといた頭はどうなったのですか?」

 アリシアさんがたずねる。

「もちろん、たやすく頭を譲るわけがない。あやつめが腕づくて奪ったのよ。もとの頭はさんざん叩きのめされて、今も寝込んでおるそうじゃ。なにしろあやつはオグルなので、一対一では誰もかなわぬ」


 おや、オグルというのは種族名なのかな。だとすれば人間を構成する九種のうち、俺が聞いた三番目になる。まだ見ぬ盗賊の頭に少し興味がわいてきた。

「その四人の配下について教えてもらおうか」

 ねそこさんの問いに小頭はこう答えた。

「詳しくは知らぬよ。四人ともナランスで、うち二人は常にあやつのそばに控えておる。武者どもの格などは知らぬが、まあ育ちは悪くなさそうだな。この若いのを雑用にこき使っておったわ」

「最後の一人は忍びの者かの」

「そうかも知れぬな。そいつはいつも布で顔をおおっていて目もとしか見えぬ。いつの間にか姿を消したり現れたり、所在の知れぬ奴だった」

 不気味そうに小頭は言った。


 結局、小頭は言った通り頭以外の事は話さず、若い男も最後まで口を利かなった。

 最後にアポさんが

「頭は一体何を考えているのでしょう? 少々事を大きくしすぎだと思うのですが」

 アポさんは塩の強奪について、人数を集めすぎと考えていた。

 小頭はそれまで少し不真面目に問いに答えていたのだが、この時は真剣な表情で少し考えてから言った。

「あやつは、ひょっとしてこのあたりの主になるつもりなのかも知れぬな」



 飯の後、その広場にいくつか天幕を立て、その一つを縛りなおした盗賊二人の専用とした。

 俺はアポさんやねそこさん、チカさんと三人でしばらく動物探知能力を試した。その結果をもとに哨戒計画を立てると、アポさんは

「夜までは食事の時間も起こさないで下さい」

 そう言い残して、天幕の中で眠りについた。

 哨戒計画では、俺の番は日が暮れてからになる。

 アポさんとは別の天幕で、アリシアさんと一緒に寝た。



 日が暮れる少し前に起こされた。飯の時間だ。

 アポさんは言葉通りまだ寝ているので、残りの巫女さんたちと食べる。おれはおひつが一つ増えているのに気が付いた。こちらの食べっぷりに合わせてくれたのだろうか。俺は多少気が引けたのだが、ねそこさんは恐れ入るほどの食欲を示し、おひつは全て空になってしまった。


 食事の後、俺は水田の間のあぜ道を通り、南側の斜面の手前まで来た。あたりには襲撃に備えて石が積み上げてあり、何人かの村人が番をしている。その場にすわって精神を集中する。探知範囲にヒトよりも大きな動物はいない。

 続けている間に日が沈み、しばらくたつと、アリシアさんが火のついた松明を手に俺を迎えに来た。

「休憩の時間です」


 俺たちが支援中心に戻ると、チカさんときららさんは眠りについていた。おにぎりが運び込まれていて、アポさんとねそこさんが食べている。

「正直、義勇団内に戦闘経験豊富な者がいないのはつらいですね。盗賊の頭のような戦なれした者はどのような判断を下すかが、もっと的確に読めればいいのですが」

「アポ殿はよくやっているではないか」

 二人の会話を聞きながら、俺は休む。


 哨戒の時間が来て、おにぎりを二つ持った俺は再びアリシアさんの松明に送られて、北の林の手前まで移動する。

 そこかしこに番をする村人が見えた。

 きれいな星空にみとれながらも、哨戒を続ける。何も探知できないので、少し選別の大きさを下げて、アポさんやねそこさんの分け身を探知してみる。他の同程度の大きさの動物も見えるが、哨戒計画にしたがって動く分け身たちを見分けることが出来た。再び選別を人の大きさに戻すと、輝きは一つもなくなった。やがて月が昇ってきて、南の空高く地上を照らす頃になっても、誰も現れない。


 おにぎりを食べ終わった俺は少し眠気を感じてきた。

 その時突然西北に一つ輝きが現れ、二つ三つと増え続ける。

「敵襲!」

 俺は立ち上がり、そばにいるアリシアさんだけでなく、周りにいるはずの村人にも聞こえるよう大声で伝える。アリシアさんは「黙信術」で他の巫女さんたちに報せ、俺は数を数えながら二人で村長の家に向かう。

「北の森から来ます。数は三十六人!」

 そう告げると村人たちが家々から飛び出してくる


 俺たちは続いて南へ向かった。歩いている途中から今度は南の斜面を登ってくる輝きがいきなり十数以上現れ始めた。水田の手前で数を数え終わった頃、チカさんが寝床から起きて駆けつけてきた。

「南から三十二人!」

 俺が南の番をしている村人たちに向かって叫び、チカさんは村長のもとへ走り、アリシアさんは巫女さんたちに伝える。

(西の道からも来たぞ)

 ねそこさんから連絡が来る。

(数は二十一人じゃ)


 盗賊は予想以上の数で三方向から同時に攻めてくる。

 義勇団の初仕事である山田村防衛戦はこうして始まった。


 ≪第二章終わり≫

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