第三章
第1話
一斉に大勢が各方面から押し寄せてきたために、俺は混乱していた。
村人たちは南の斜面を登ってくる盗賊たちに石を投げるが、木がじゃまでなかなか当らない。
アリシアさんは静かに俺に言った。
「一度、支援中心に下がってください」
援軍に駆け付けた村人たちとすれ違い、北へと移動する。
広場にはすでに怪我人が一人運び込まれ、きららさんが世話をしている。
北の森の上空にいるアポさんから連絡があった。
(私は南へ向かいますから、アリシアは北へ)
(わかりました)
アリシアさんは俺に言った。
「しばらくはここに。なるべくきららさんに近い所にいてください」
「まだ盗賊は来るかもしれないけれど」
「だとしても、戦いがおさまるまでは、前に出てはいけません。探知能力を使うなら、どこかが破られた事がわかり次第、すぐに東の河原に逃げてください」
アリシアさんにそう言い渡され、俺は犬たちとともにその場にとどまる。
巫女さんたちが「黙信術」で話し合い、戦局に応じて村人が移動し、時折怪我人が運び込まれてくる。
巫女さんたちの会話で状況はわかるし、ここからでも北側は盗賊も含めて人の動きはつかめる、西と南も突破されればすぐに探知できるので不安ではなかったが、再びやる事がなくなったのはつらくもあった。
俺を守るという役割のある犬たちが少しうらやましくなる。
怪我人は次々と運び込まれたが、六人目が来た後は少し間が開き、きららさんは治療の手を休めた。
俺はきららさんに聞いてみた。
「何かわたしに出来る事はある?」
「おにぎり持ってきて」
幸いにして、まだ残っていたおにぎりをきららさんの所へ持っていく。
「二人で食べよう」
というので、俺もきららさんと一緒に食べる。
第三階梯のオオサンショウウオに似た姿のきららさんが、短くて広い指でおにぎりを持ち、大きな口を開いて食べる様子はとても可愛らしかった。
「怪我を治すよりも、最初から怪我がない方がいい」
きららさんは突然そう言うと
「少しでも少なくするためには、早めに敵の位置を知るのが大切」
と付け加えた。
どうやら、俺がしょんぼりしている様子なので、気を使ってくれたらしい。
もう少し話をしてみたかったが、怪我人が運ばれてきたのでそれきりになった。
月明りの下で戦いは続く。不安はないと言ったが、大勢の人が殺し合いをするのは恐ろしい。探知範囲の中で時折動かなくなる輝きがあるたびに、どうか消えませんようにと俺は祈った。
きららさんとの会話の後、さらに怪我人が運ばれて来て、それが五人目になった頃には、月は西に沈みかかっていた。
(敵が引き始めました。西、北、南も。総退却です!)
アポさんが告げる。
結局、敵の増援はなく、どの方面も破られず、その夜の戦いは終わった。
怪我人がさらに運び込まれ、自分で歩ける者も治してもらいに来たので、きららさんは大忙しだ。
巫女さんたちも一人ずつ戻ってくる。みな疲れ切っている。アリシアさんは軽く負傷しているようだった、
全員そろってから相談して、取りあえず寝る順番を決め、アポさん、アリシアさん そして俺が先に寝る事になった。
「怪我を手当しなくていいんですか」
アリシアさんは左足に怪我をしているらしく、衣服に血の染みがあり、左足の歩幅が小さい。
「気を使っていただいて有り難う。でも私たちセリアン教団の巫女は誰でも、このぐらい自分で治せるのです」
そうなのか。巫女さんについてはまだまだ知らない事がたくさんある。
「団長には戦闘結果の報告をしますので、起きた後で聞いてください」
アポさんはそう言って天幕に入る。俺は再びアリシアさんと二人で、眠りに着いた。
眼を覚ますと東の空に太陽が見えた。
起きていた三人の巫女さんはすでに飯をすませていて、交代で眠りにつく。村の女性たちも何かと忙しいのだろう、飯の内容は昨日の朝と同じだった。そしておひつの数がまた一つ増えている。向こうも意地になっているのだろうか。そう思いながら俺は飯を食べる。
アポさんが話はじめる。
「まずはこちらの損害から。死者五名、重傷者十七名、治療が間に合った者は命に別条なくすみました。何らかの傷を負っていない者はほぼいないといった状態でしたが、かすり傷程度はのぞいて、軽症者はすべてきららさんの治療を受け、完治しました」
それが二度目の戦いで、この村が受けた損害だった。
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