第13話
今晩の食事は、白米を炊いたご飯に、魚の干物と野草を入れた汁だった。犬用は別に調理してから、さましたものだ。
この魚はカタクチイワシだな。自分の動物感知能力について少々だが理解が進んだ余韻でそんな事を考えながら、巫女さんたちの話を聞く。
根底媛さんはすでに他の巫女さんたち全員と顔見知りらしい。
アリシアさんが俺の素性を話し、アポさんは対帝国戦略と当面の目標である義勇団の構想を説明する。
根底媛さんはその構想について、簡略化した話を以前に聞いていたのだそうで、話はすみやかに進んだ。
「津江どのがその義勇団を
根底媛さんが聞いた。
「恵さんにつとめていただきます。しばらくは特に団長の仕事というものはないでしょうが、最終決定権を持ってもらい、必要があれば行使してもらいます。それでいいですね」
アポさんが俺に念を押す。
「いいですよ」
俺はうなずいた。これまでは、顔なじみどうしの巫女さんと俺という少人数で、何かあった時には、そのたびに話し合って行動を決めてきた。だが、この先組織として活動するならば、そのための役職や規則など組織の活動に必要なものが色々ある。面倒だがこれから少しずつ決めていかねばならないだろう。
根底媛さんは少し考えてから、義勇団に加わってくれる事になった
俺たちは新しい仲間の参加を喜んだ。根底媛さんは世界漏孔補綴の神術を使えるので、世界の孔をふさぐ作業も進むだろう。
だが、根底媛さんは一つ、問題を提起した。
「それでその義勇団の名は?」
俺たちは少し意表を突かれた。
アリシアさんが答える。
「義勇団立ち上げは神殿に着いてからと考えていたので、名前を考えるのは後回しにしていました」
「さようか。だが、義勇団として名を高めようというのに、その名前がないというのはおかしかろう」
根底媛さんの指摘はもっともだった。山田村に行ってから決めるとはいえ、義勇団として活動するかも知れないのであれば、あらかじめ名前を決めておく必要はあるだろう。
俺たちは義勇団の名前を決めるために話し合った。
アポさんが意見を述べる。
「やはり、団長の名前を冠するべきでは」
チカさんが考えながら言う。
「津江恵義勇団? 少し長いですね」
アドラドさんが言い出す。
「じゃあ義勇団の名前は
いや、待て。突然のなりゆきに俺は焦った。そんな恥ずかしい名前はやめてくれ。とにかく理由を付けて阻止しなければ。
「ごろが悪いですよ。めぐみぐみなんて」
「じゃあ略称でめ組」
アドラドさんはさらにそう提案する。
「それでは江戸の町火消しみたい」
俺が反論すると。
「それはなんですか?」
アポさんが興味深そうにたずねてくる。
「いや、向こうの世界の話ですよ。そういう名前の消防団が昔あったんです」
「そうですか。時間があれば向こうの世界の話を色々聞きたいところなのですが」
「いいですよ。もしも時間があるのなら、こちらの世界の話も聞きたいです」
そこまで言ってから、俺はもっとはっきりした否定理由がある事に気づいた。
「だいたいそれではわたしの名前と同じで紛らわしいですよ。だめです」
「それは残念だね」
そういうアドラドさんの表情を見て、俺は最初からからかわれていた事に気づいた。
「では恵義勇団という事で。義勇団らしい名前です」
アリシアさんが穏やかな口調でそう提案すると、俺はなんとなく同意してしまった。
後で悔やんだが、訂正を言い出せなかった。
食事が済んだ後で、残った飯を明日の携行食糧にするため、おにぎりを作る。俺はようやく自分も仕事に加われる事を喜んだ。そして飯を握りながら恵義勇団の団長として最初の提案をした。
「お互いの呼び方をある程度決めておいた方がよくないですか。基本は名前にさんづけで呼ぶという事で」
俺がそんな事を言い出したのは、もちろん根底媛さんが理由だ、最初に三人の巫女さんに俺の呼び方について頼んで以来、これまではあえて提案するまでもなく、その呼び方になっていた。
「団の方針ならば従おう」
根底媛さんはあっさり同意してくれた。
俺はほっとして気になっていた事を聞いた。
「根底媛さんの
根底媛さんは考え込んだ。
「考えた事はなかったの」
根底媛さんが考えている間に、アリシアさんはセリアン教団の巫女の名前について説明してくれた。
「私たちセリアン教団では、正式に巫女として認められた時に、自分で新しい名前を付けるのです」
それまでの名前をそのまま巫女としての名前にする例がないわけではないが、ほとんどは新しい名前を選び、それによってセリアン教団の巫女という新しい生き方を始める区切りとするのだそうだ。そして巫女の名はそれで一つの名前であって、姓と名の区別はない。他の教団でも細かい違いはあるが、だいたい似たような事情だそうだ。
考え込んでいた根底媛さんが顔をあげて言った。
「特に深い考えもなく付けたが、媛は敬称ぞ」
「なら今後は、ねそこさんと呼びますね」
そう言うと根底媛さんは少し驚いたような顔をした。
だが、すぐにこう答えた。
「それでよろし」
そしてひどく気落ちしたような様子になった。
俺は気の毒になった。
「あくまでも、団員の間での呼び名ですから。それ以外ではこれまでのやり方でいいですよ」
「承知」
ねそこさんは弱々しい声で同意した。
おにぎりを作り終え、片づけをすると、犬たちと触れ合ってから俺は寝袋に入った。
恵義勇団という名前にはくすぐったさを感じるし、ねそこさんの態度には少し気になるとところもあるが、ともかく団長として最初の提案は無事受け入れられた。俺はこれからの事を考えながら安らかな眠りについた。
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