第12話
そのミズラモグラ、ではなくミズラモグラの巫女さんはいきなり声を出されて驚いたのか、少しあわてた様子だ。穴から上半身を出したところで、残りの部分を地上に出すのに少し手間取っていた。
俺は手を貸そうと、つい手を差し出してしまった。いや、まずいかと思いなおした時には、巫女さんはモグラ状の可愛い前足で俺の手をつかんでいた。
「きゃあああああっあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
叫びながらモグラ姿の巫女さんは、どんどん縮んでいく。全身が穴から出て、俺の手にぶら下がった状態になった。
あわてて両方の手のひらで包むように持つ、その中で巫女さんは片手の手のひらに乗るぐらいの大きさになってしまった。
俺はまたしょうこりもなく階梯高揚を発動させてしまい、その巫女さんは第六階梯まで上昇して、ミズラモグラの本来の大きさまで縮んでしまったのだった。
ミズラモグラは日本にしか住んでいない日本固有種のモグラ、といっても日本に住むモグラは全て日本固有種なのだが、それらモグラの中でも小さい。色と大きさが古代日本の髪型で見るあの顔の横で髪の輪を作って垂れ下げたふさのような「みずら」を思わせる事が和名の由来だと聞いている。その名前も姿もとても可愛い。
俺は生きているミズラモグラを見た事はないし、もちろん触れた事もない。そのミズラモグラの姿をした巫女さんが今俺の掌の中にいる。その体毛のやわらかい手触りに俺は感動した。モグラの毛は皮膚から垂直に立っていて、どちらの方向にも倒れるようになっている。それは地中の通路を移動する時、前後どちらの方向に進んでも毛が引っかからないためだというのは知識として知っていたのだが、実際に触れて、心地よい肌触りを確かめる事が出来た。しばらく触れていたいが、そういうわけにもいかない。
俺はその感触を名残惜しく思いながらも、そっとミズラモグラのっ巫女さんを地面におろした。
巫女さんはしばらく横たわったまま息をしていた。今の姿ではもちろん声で会話はできないので、俺はこう言った。
「あの、黙信術でこちらから語りかけるのはできませんが、聞く事はできますから」
するとその巫女さんから黙信術で返答があった。
「すまぬが、しばし向こうを見ていてくれぬか」
俺はその言葉に従って、後ろを向く。
チカさんが作業にひと段落付けてこちらに来る。犬たちが立ち上がって指示を待っているような顔をしているので、俺はすわってと手振りをし、犬たちは従う。
「もうよいぞ」
後ろで声がしたので振り向いた。
そこには第一階梯に戻ったミズラモグラの巫女さんがいた。。
小柄で俺より背が低い、黒髪に濃い黒褐色の虹彩、色白の肌、小顔ですっきりした顔つきだ。髪型は、これがみずらなのか?
埴輪で見るような髪型で、俺には古代の衣装の名称などはよくわからないが、白い貫頭衣に白いスカートの様なものを着けている。後に尻尾が伸びているのが見えた。
これまであった巫女さんは旅をしやすいように簡単に袖を通して前を留められる構造になった衣装を着ている。それに比べてこちらは着替えるのに時間がかかりそうで、そのためにしばらく向こうを向いていてくれと言ったのかと納得した。
俺はまず、わびと名乗りをした。
「驚かせてすみません。わたしは
「ミーは
(ミー? 英語のme? meは目的格だったはずだけど)
俺が混乱していると、チカさんがやって来て、その巫女さんに挨拶した。
「お久しぶり、根底媛さん」
「息災で喜ばしい、チカどの」
そしてチカさんは混乱している俺のために地面に「身」、続けて「み」と書いてくれた。
「この人は自分の事をそう呼ぶんです」
そんな一人称があるとは知らなかった。根底媛さんは身をみぃと発音し、それが俺にはミーと聞こえたのだ。
「二人は顔なじみなんですね」
「最寄りの神殿に時々行くので、そこで知り合いました」
答えたチカさんは根底媛さんに尋ねる。
「どうしてここに?」
根底媛さんはミズラモグラの生息地を旅して回っているのだが、たまたまこの近くまで来た時に、誰かが世界に孔を開けた事を感知したのだそうだ。
「
俺のところまで来たのだそうだ。
なんだか悪口を言われているような気がしなくもないが、見たところ悪気はなさそうだ。
俺は少々ツッコミをいれたくなった。
「ミズラモグラの巫女だからみずらを編んでいるんですか」
「みずらは編むものではなく
なるほど。俺は質問を続けた。
「それに合わせて衣装を着ているんですか?」
「あくまでも雰囲気を合わせるためよ、不備があるのは承知しておる」
俺たちが話し合っていると、アドラドさんが戻ってきた。
「おやおや根底媛さん。相変わらず
「アドラドどのも加減がよろしいようで」
アリシアさんやアポさんも戻ってきて、俺たちはひとまずたき火を囲んですわる。
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