第11話

 意識を向けると心の中の風景には六頭の犬たちと、チカさんの存在が明るく輝く星の様に映っている。だがよくよく眺めてみると、その他にぼんやりとした輝きが背景の様にひっそりと存在していた。

 明るい輝きを一等星に例えるなら、他は都市部では見えにくい暗い星の様なものだ。それらがもっとはっきり見えるように試みた。

 最初は何の変化もなかったが、目を閉じ他の感覚からの影響も少なくするよう意識を集中しているうちに突然、ぼんやりしていたものがゆっくりと明るくはっきり感じられてきた。

 それは街中の灯りから目をそらし暗い夜空を見ていると、次第に目が慣れてそれまで見えなかった星が見えてくるのと似ている。

 数多くの動物の存在を感じられるようになった。それは感覚器を通じて把握する世界とは異なる。心の働きによって生命を感じているのだと思えた。

 気をよくして、今度はどこまで見えるのか範囲を広げてみた。どこまでも広がっていって、限界が見えない。


 俺はそれ以上広げるのをやめて範囲を狭く限定してみた。遠いほうから輝きが消えていく。太郎たちやチカさんとの距離から推定して、半径20メートルほどまで絞る。

 すると動物だけではなく、木がうすぼんやりとした輪郭で感じられる。地表に注意を移すと草々の輪郭らしきものもある。だがそれらはどうやっても、それ以上はっきりとはしない。それらに混じって動物らしき小さな輝きがあって、そっちは意識の切り替えに対応して変化するのだが、植物は全く何の変化もない。草についても同じだ。動物以外の生命についてはそれが限界なのだろう。


 次に大きさで絞り込めるか試す。最初にぼんやりと見えた輝きはおそらく人や犬より小さい動物だろう。意識をそれらに向け集中すると、それまで明るかった輝きが薄くなり、ぼんやりとしたものの中からいくつか輝きを増したものが見えてきた。

 俺はそれが何の動物か知ろうとした。齧歯類げっしるいである事まではわかったが、それ以上は無理だった。おそらくこちらを警戒して距離を置いているために、わかりにくいのではないかと考えた。対象の詳細な情報を得るには、距離が近い必要があるのだろう。

 そこで一旦それらについて注目するのをやめ、さらに小さい存在へと関心を向ける。

 するとさらに多くの輝きがはっきりとしてきた。照明のない自然の中で見る星空の様だ。


 俺のすわっているすぐ下の地中に注意を向ける。一つの輝きに注目して、動物種を知ろうと試みる。すぐに環形動物門に属する貧毛綱の動物、つまりミミズだとわかった。さらに細かく絞っていき、最終的にはシーボルトミミズと種まで判明した。対象を替えてみる。節足動物門、昆虫綱、直翅目ちょくしもく、これはケラだ。数センチ程度の大きさの動物でも感知できる事がわかった。

 もっと対象を小さくしてみる。輝きは膨大な数になり地中全体が輝きで埋め尽くされる。


 そこでごく狭い範囲に限局して、動物種を調べてみる。多数の異なる種が混在しているため種の同定まではできなかったが、土壌に住むダニの集団と判別できたものがいくつかあった。もう少しおおまかには、節足動物や線虫の集団とわかったものもある。

 さらに動物以外の生物らしいぼんやりとしたものが濃淡を形成している。それは細菌などの微生物なのだろう。こちらも植物と同じ様に、いくら努力しても輝きを増す事はなかった。


 俺はそれ以上は無理とあきらめ、感知の対象を再び大きなものへと戻していく。

 再び太郎たちやチカさんを感知できるようになった時、驚きで俺の心臓は鼓動を速めた。

 地中を進む大きな動物の存在を別に感じたのだ。

 俺が感知の能力を色々試している間に、遠くから地中を進んで接近してきたのだろう。

 それは異常な速さで移動し、俺のすぐそばまで来た。

 俺が立ち上がると、目の前の地面に穴が開き

「ごめんあれ」

 の声とともに人の大きさのモグラが現れた。

「ミズラモグラだ」

 俺は叫んでいた。

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