第10話

 チカさんはその他にも、この地域の事情を話してくれた。山田村はこのあたりには珍しく広い水田を持っていて、米の収穫量が多い。盗賊は人の多い里で盗みを働き、深い山で身を隠す生き方をしているので、山の中の村を襲ったりはせず、村の方も盗賊の動きを領主に知らせたりはしない。互いに無干渉である事によって、一種の共存関係を築いていたので、今回の襲撃は異例な出来事だそうだ。

 その他にもこの地域について細かく色々教えてくれた。

 アリシアさんが感心した様子で言った。

「どうやら私は使命に傾注しすぎて、自分の活動している土地に無関心すぎたようです。反省しなければ」

「いいえ、私も生活に関わる事ばかり熱心で、任された種をたまに見に行くだけですましていました。巫女としてのつとめを怠り、アリシアさんが話してくれた帝国との戦いの構想もいつしか心から外れてしまい、恥ずかしいです」

 チカさんは俺たちへ協力し、義勇団へ参加する意志を表明する。

 新しい仲間が加わって、俺はうれしくなった。ただ、ひとつ気になる事があった。チカさんはたまに自分の捧命種を見に行くと言ったが、遠く離れた大陸に簡単に行きかえりできるものなのだろうか。それについて聞こうとした時、アポさんが戻ってきた。

 さっそく、見てきた情報をもとに地面に地図を描いて、要所要所でチカさんの説明を聞きながら検討に入った。方針はすぐに決まった。

「盗賊より先に山田村に行くために、ここから最短距離で急ぎます。今夜はここに」

 と、アリシアさんは地図の一点を指し、

「野営して、山田村には明日到着の予定です。急ぐのでかなり無理をします」

 というわけで、アリシアさんは紐を取り出し、俺を背中に背負うと、アドラドさんに手伝ってもらい、俺が振り落とされないように強く、くくり付けた。

 アポさんは空を飛び、アドラドさんは先頭で、その後に四郎、五郎、六郎、アリシアさんと俺、続いて太郎、次郎、三郎と続き、一番後ろはチカさんの順で、移動が始まった。

 それはこれまでとは違う、疾走と感じられるぐらいの速さで木々の間を通り抜け、岩を跳び、谷を渡って、山を駆け上がっていく。俺はまるで小さな子供の様に背負われている事を恥ずかしく思った。だが、それ以上にうれしさを感じてもいた。今のアリシアさんは第四階梯に昇り、人間の大きさで人間の様に走れるオオアリクイの姿をしている。オオアリクイや他のアリクイはみな子供が母親の背中にしがみついた状態で移動するという習性を持っている。それは実にほほえましい光景で、何度もその映像を見ていやされたものだが、今の俺はまるでそのアリクイの子のように背負われている。現実には不可能な事が、この異世界では体験できる。望外の至福に包まれ、俺はしばらく時を忘れた。


 まだ明るいうちに野営地について俺は背中から降りた。ただ運ばれていただけなのに結構疲れていて、少し足元がふらついた。

「ここで早めに野営して明日に備え、夜が明けたら移動を開始して昼頃には村の近くまで移動する予定です」

 アリシアさんはそう言ってから、俺に休んでいるように告げた。

 俺と犬、チカさんをそこに残して、他の巫女さんたちは明日の移動のために事前の下調べに行った。チカさんはかいがいしく食事の準備をしている。

 俺は手伝いたかったのだが、手持ちの物資も道具もなく、野外炊爨すいさんの経験もわずかしかないので特に手伝えることはなかった。

「さっきはびっくりしました。いきなり階梯が上昇してしまって」

 チカさんが声をかけてきた。

「本当に驚かせてしまってすみません」

 俺はわびてから、自分が無意識のうちに階梯高揚かいていこうようを発動させてしまった事を説明した。

 チカさんは笑う。

「あやまらなくてもいいんですよ。すごい神術がつかえるんですね。感心してしまいました」

「いや、自分の意志でやっているのではないから、神術が使えるというわけではないですよ」

「でも、召喚されたばかりで、そこまでできるんですから、きっとすぐに使いこなせるようになりますよ」

 チカさんにそう言われて、俺は目が覚めたような気持になった。

 今まで自分は巫女さんたちに負担をかける場合が多く、申し訳なさでいっぱいの気持ちになり、何とか自分も何かの役に立ちたいと少し思い詰めていた。

 だが、俺はすでに階梯高揚と、名前のある神術なのか知らないが、動物や世界の孔を感知できる能力を発動させている。それらを早く自分の意志で使えるようになるのが、一番の貢献ではないのか。

 そこで、少し離れたところにすわり、まずは動物を感知する能力について、自分の意志でどこまで操作できるのか試してみる事にした。

 俺はゆっくりと深く息をして、精神を集中させる。

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