第14話
俺は夜明け頃に起こされた。そして頭が目覚め切らないうちに移動は始まっていた。
もっとも俺は昨日と同じくアリシアさんに背負われたままなので、特にそれで問題はなかった。
梢の上に太陽が見えるようになった頃に、険しい崖の下にたどり着いていた。
どこからか滝の音がする。目の前にあるその崖はおそらく5、60メートルの高さで、垂直に近い岩が続いている。岩肌には多数の灌木が生えているので、アリシアさんたちなら登れるのかもしれないが、犬たちには無理だ。
「犬たちはどうするんですか」
俺の質問に対して、アポさんが答えた。
「私が一頭ずつ上まで運びましょう」
四隅に輪と長く伸びた縄が付いている丈夫そうな布を巫女さんたちは用意していた。
輪に足を通して背中側で縄を結び、第五階梯のアポさんがつかんで崖の上まで運んでいくという計画だった。
犬たちがおとなしくいう事を聞いてくれるだろうか。俺は不安だった。
「恵さんが言い聞かせてくれれば大丈夫ですよ」
アポさんは自信ありそうに言う。
「犬たちの前に、まずわたしを運んでください」
俺が言い聞かせてから、最初にアポさんに運ばれる事で、犬たちも少しは安心するのではないか。
アポさんは同意してくれた。
俺は犬たちにこれからする事を話し、一頭ずつ顔を合わせて説得する。たぶん犬たちは理解してくれた。
俺は輪に手足を通す。もともと太郎を運べるように作られているので、大きさは十分だ。結ばれた縄をアポさんがつかみ、羽ばたいて飛び立ち、高度が上がっていくにつれ、下に森の風景が広がる。
そんな位置から森を眺めた事はなかったので、多少の恐ろしさと壮快感を味わった。
やがて、崖の上に降ろされ、第二階梯まで移行したアポさんが縄を解き、俺は手足を輪から抜いて立ち上がった。アポさんは再び第五階梯に進み、崖の下まで降りる。
アポさんが戻ってくる前に、崖の下から音がしたかと思うと
「いちばーん」
と叫びながらアドラドさんが飛び出してきた。
ヒトの様に物をつかめ、アナウサギの様に後足の跳躍力が高い第四階梯の長所を生かして駆け上がってきたのだ。
少し遅れて、ねそこさんが地中から顔を出して
「後れを取りもうしたか」
とつぶやいた。
空を飛ばずに誰が最初に崖の上まで行けるか、競争していたらしい。
ねそこさんは「
やがて、アポさんによって次郎が運ばれてきた。俺は縄をほどき、これぐらいは平気ですよ、と言いたげな顔の次郎を無事に回収した。
三郎が運ばれてきたころには、チカさんが崖を登り終わり、以下五郎、六郎、四郎と続き、太郎が到着してすぐ、アリシアさんが最後に登ってきた。
全員そろったところで休憩と食事になり、俺はおにぎりを食べながら景色を眺めた。
今いるところから西に向かってゆるやかに下り坂になっていて、一番低いところで北から南に川が流れている。
その向こう岸から少し離れたところに村が見えた。
山腹の南側に平坦な部分が広がり、まだ水を張ってないが水田らしきものが見える。そこから北側の斜面に建つ草ぶきの家々も見えた。
なるほどまさに山田村だ。
朝食後川岸まで進み、チカさんが浅瀬を探している間に、残りのものは川岸で待つ。
俺はしゃがんで冷たい春の川に手をひたして、その涼しさを味わった。そして水中の動物を感知できるか試す。陸上や地中の場合と特に変わりはないようだ。そしてさらに感知する範囲を水中に限定して広げられるか試す。それは思ったよりうまくいって、川の上流と下流に感知範囲が伸びていく。
下流はすぐに滝になっているが、支障なくその先まで伸ばす事が出来た。そして上流は。そこで俺は立ち上がった。
感知範囲を伸ばした上流からこちらに来るセリアンの巫女さんの存在を感じたのだ。
それをみんなに告げると
「今度はいきなり触ったりしないでね」
アドラドさんに念を押され、
「お願いします」
アリシアさんに頭を下げられてしまった。
俺は恐縮するより他にはない。少し川との距離を置いた。
すでに二回も巫女さん相手に強制的な階梯上昇をさせ、驚かせてしまった。
それについては反省したし、突然術が発動した理由を俺なりに考えていた。単に触っただけでは発動しない事は確かめてある。おそらくは初めて間近で見たカニクイイヌやミズラモグラに感激し、その感情の高まりが「階梯高揚」を発動させたのだろう。
だが、それならば今近づいている巫女さんは大丈夫なはずだ。
すでに生きている状態を観察した事のある動物だ。
その巫女さんは一度水中で止まったが、すぐに再び動き始める。
やがて俺の居るところから一番近い川岸でその巫女さんは立ち上がった
その姿はヒトの大きさでヒトの様に二本足で立つオオサンショウウオだった。
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