第10話 『天敵』

*****



「泥傀、潜れ! 底に張り付け。」


下水道のヘドロの中で息を止める。

泥傀が拾う床底の振動に集中する。

重さは有るのに明らかに軽い。

どういう歩き方をしているのか、重さはそのまま、振動は10分の1。

泥傀の接地面積は広い、そして知覚の大半が振動の感知に頼っている。

そう、地面を歩くものなら蟻ですら察知する。

そして、人ぐらいの大きさなら地面を通じて心音すら拾い、

下水道のような限定空間では空気が壁にあたる振動を拾う。

なのに、ここまで近づかれるとは。


影部の?


あいつらは『壁内』から出てこない。

はずだ。


くそっ!

まっすぐこっちに来る。


頼む、行ってくれ。


ぴたり。

すぐ上の通路で振動が止まる。

そして消滅した。


バケモノめ。


タンタン。


軽いタップ。


ぐうう。


「泥傀、あがれ。」


水面に出た、泥傀。


「泥傀、開けろ。」


ぽかりと開いた泥傀から頭を出す。


「これはこれは、お久しぶりにございます。

小番、おっと失礼、番頭さまになられたそうで、

ずいぶん遅くなりましたが、おめでとうございます。」


「いえいえ、ありがとうございます。

あなたの方こそ、普請請負人殿になられたとか、おめでとうございます。」


「ありがとうございます。

それにしてこのような場所で会うとは奇遇ですなw」


「まっこと、奇遇ですねw」


「「ハハハハハ。」」


くそっ!


「さて、番頭さま、久ぶりの再会、とても名残惜しいのですが、まだまだ仕事が残っておりまして…。」


「おお、これは済まないことを、懐かしい顔を見かけたものでついね。」


どこで見やがった。


「いえいえ、こちら方こそ、声を掛けて頂いたありがたいことです。」


「実はね、ちょっと仕事を頼みたくてね。

もちろん、今日明日のことじゃないんだよ。

ちかいうちに一度本店の方に顔を出してくれないかい?」


逃がしちゃくれねえか、くそ。


「そりゃ、番頭さまじきじきのご指名とあれば必ず伺います。

ただ、その、俺のようなヨゴレには本店の敷居はなかなかに高くて、

気後れ致します。」


「なになに、大神殿預かりの普請請負人殿なら気後れなど。

店の者にちゃんと言っておきますよ。

気兼ねなく訪ねてくださいな。」


「はい、ありがとうございます。

ちかいうちにお伺いますので、よろしくお願いいたします。」


「こちらこそ、お手数をおかけしますね。」


ぺこりと頭を下げ泥傀に潜り込む。


「泥傀、閉じろ。潜れ。」


なんのブレも無い軽い振動が離れて行く。


はああ~あ。

全部バレテラ。

身の安全だけは保障されたが、何を押しつけられるんだか。


*****

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