第8話 『奉行』

*****



「はあ? 手形取引所の便所を、ですかい?」


今日、急に、奉行所へ来いと、大頭に呼び出された。

広間の白洲に跪くと同時に無茶ぶりだ。

『壁内』の取引所で下水が逆流しようもんなら、物理的に俺の首が飛ぶ。


「そうだ、奉行様の思し召しだ。」


「よろしいんで?」


「よろしい訳無かろう。」


「え~と、その、何でまたそんなことに。」


「『奉行』の仕事は何だ?」


「そりゃまあ、予算をぶん獲ることと、他の『奉行』の足を引っ張ることでさぁ。」


「そうだ、予算をかすめ盗られて、すっころばされたらしい。」


「はあ、うちの奉行様はそのへんはやり手と伺っておりましたが。」


「取引所と水行のがグルになった。」


「ああ、それはどうにもなりませんなあ。」


「昨日、評定から帰って来て、ずっとである、何かないか?」


「いくら何でも急でさあ。

仕込みを…。」


「何だ、あるのか?」


「有ると言えば、有りやす。

ただ水行のがブチ切れるやも。」


「ふむ、言え。」


「へい、以前、上水があちこち駄々洩れになっていることを上げやした。」


「ふんっ、あっちは問題無いの一点張りだ。」


「へ~、あっちで普請している事になっておりますから当然でさあ。」


「うむ。」


「かなりヤバイ処が2箇所ございやす。

内一箇所は取引所のすぐ裏でして。」


「やれ!」


「へい! 今日中に。

下民区の東の方に普請事があればと。」


「手配しておこう。」


「ありがとうございます。では、これにて失礼しやす。」


ふうう、持ちつ持たれつとは言え、はああ~あ。

上の事は上でやってくれや、ほんと勘弁してほしいよ。


白洲から、ゆうっくりと歩いて、表に回り、顔見知りの番方に用事を告げる。

呆れたことに、待つこと無く、指図書を渡された。

こりゃ、よっぽど…。

はああ~あ、だ。


***



「毎度、お」


「大頭様がお待ちだ、すぐに白洲に回りなさい。」


「へい。」


表番にすら挨拶させないとは、相変わらずせっかちだ。

あれから三日、貧民区でドブ浚いを真面目に汗水流して頑張った。

なにやら、壁内で騒ぎが起こったようだが、俺の知ったこっちゃない。


白洲に入り、跪こうとしたら、掌に治まるぐらいの木片を投げ渡された。


「よし!」


「ありがとうございます。」


「うむ。」


「失礼いたしやす。」


白洲を出て、表番に会釈して外に出る。

はあ、調子が良くなると、更にせっかちになるのが大頭の癖だ。

長い付き合いだから今更なんとも思わないが、あれでお役目が出来てるんだからすごい。


手の中の木片を確かめる。

結構な額の割符手形だ。

裏にはキッチリと手形取引所の魔術刻印がついている。

これなら、市場で両替商の出先にでも持っていけば8割で換金出来る。

もちろん、誰が誰に渡したかなんてわからない、キレイな金だ。

ドブ浚いの仕事は汚れ仕事なんだが、キレイな汚れ仕事をしたいもんだ。

はああ~あ。だ。

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