第5話 『ゴブリンの』

*****



「よう!ドブ浚いの。

生きてたのか。」


「生きてて悪いか。

ダビデの。」


「やめろよ、それ!」


「ふんっ、じゃ、ゴブリンの。」


「そっちの方がマシだ。」


腹ごしらえをしようと、下民区の市場で屋台を覗いていたら、

日本語で声をかけられた。

解りやすく御同輩だ。

こっちは迷いこんだが、あっちは勇者召喚に巻き込まれたらしい。

いろいろ訳アリでここ東迷宮城市へ流れついたようだ。

俺を一まわり若くして、二まわりほど腹が出ている男だ。

ゴブリンダンジョンに潜って投石でゴブリンを狩る変わり者だ。


「で、どうなんだ?」


なし崩しで入った一膳めし屋で、水入りのうっすいエールを呷りながらゴブリンのが聞いてきた。


「回状待ちだな。」


芋粥を流し込みながら答える。


「ふむう、ひとり伝手があるが。」


「いい、いい、こんなしょぼい喧嘩にコネをつかうな、あとが怖いぞ。」


「まっ、それもそうか。」


「おう、こじれた時は頼むよ。」


「ああ、わかった。」


その後はグダグダとらちのあかない話をしながら飲んだくれる。

店が混みだすと、女給に追い出された。


「オレはこれから銭湯でひとっ風呂浴びて、娼館に行く。」


「相変わらず、お大尽だなあ。」


「おおよ、このために毎日毎日ゴブリンぶっ殺してんだ。」


「まあ、生き甲斐があるのはいいことだな。」


「ああ、そうだ、生き甲斐だ、じゃあな、また。」


「ああ、またな。」


ここ下民区は名前こそ下民だが、城市戸籍を持つ市民が暮らすれっきとした城内区域だ。

とはいえ、迷宮城市としての性格上、外からの備えの城壁は持たない。

代わりに用水路兼堀のドブ川に囲まれているので、一応転落防止の木柵は有る。

迷宮を囲う城壁は有るが、これは迷宮に対したものだ。

だったが、迷宮が生まれてから一度も魔物が溢れたことは無い。

迷宮城市の力の源泉は迷宮であり、城壁の内側は壁内と呼ばれる区画になった。

俺も、ゴブリンのも神殿預かりの身分で戸籍を持っている。

下民区だけでなく、壁内でも暮らすことが出来る。

もっとも稼ぎが今の10倍になっても壁内に部屋を借りるのは無理だろう。

解りやすく言えば壁内は上級国民が住むところだ。

コネ、カネ、チカラがいる。

まあ、色々気を遣う壁内よりも、気楽な下民区の方が暮らしやすい。

下民と一括りになっているが上は中堅商会から下は俺のような底辺までいる。

ここの中堅はよその大商会なみの金を持っている。

俺みたいな底辺でも、ロハの塒を持っていれば結構ゆとりがある。

ああ、ゴブリンのは分神殿の下男小屋に住み着いている。

底辺は底辺なりになんとかなっている。

正直、貧民に落とされなかったのは幸運だった。


下民と貧民の差は明確だ。

原則、城市戸籍が無ければ城内には住めない、それどころか入る度に入城税をとられる。

貧民区は元々難民収容所だったらしい。

よそで大地震がおこって小国がいくつかなくなり、生き残った奴らが流れ込んできたそうだ。

ここは迷宮探索の為に存在する街だ、難民収容所に中央ギルドの主張所が出来て、

とりあえず五体満足な難民に片っ端から最低級のギルドカードを発行し、迷宮に放り込んだ。

もちろん出張所のギルド職員は引退した探索者が採用され、完全武装で業務を遂行したので、

難民による暴動等は起きなかった。

ことになっているそうだ。

収容所が貧民区と呼ばれるようになった頃、出張所職員は大人と呼ばれるようになった。

逆かもしれないが。

今だに貧民区では中央ギルドの影響力が強い。

城市の行政を取り仕切る会合衆は貧民区を市外として一切関知しない。

何と言うか、権力争いの見本のようだ。


くわばらくわばら。


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