第4話 『下水道』

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つらつらと昔のことを思い出しているうちに、水場に着いた。

ここは上水道の終点だ。

正確には上水貯水池の調整排水口であり、下水道の始点とも言える場所だ。

ああ、上水ははるばる遠くの川からローマの水道橋みたいなので運んでくる。

歴史も同じくらいあるらしい。

有難いことにちゃんと飲める水だ。

調整と言うが、俺が見つけたときからずっと垂れ流しだ。

歴史があるってことはイロイロがたがくるってことだ。

足首の深さほどの幅2メートルぐらいの水路。

両脇に幅50センチほどの通路がついている。

天秤棒を降ろし、靴を脱いで、通路に腰を掛け足を漬ける。


はあ、気持ちがいい。

身体も洗うか、ずいぶん無精をしていたな。


横を見ると泥傀が壁にべったりと張り付いている。

濁った泥水なら何ともないが、きれいな流水に入るとコイツは溶けてしまう。

そうだ、最初に壊れたのはここだった。

水が有れば便利と、なあ~んにも考えずにここに塒をつくった。

調整池が雨季の増水であふれて、塒ごと流されたんだった。

命からがら通路にはいあがって、溶けた泥傀を探して下流の泥溜まりを引っ掻き回したんだった。

くたびれ果てて寝落ちして、目が覚めたら、当然のように隣で泥の山になっていた。

最低限の自己保存は勝手にするのだと知った。


泥の塊とは言え、泥傀は意外に、いや、かなり、清潔だ。

下手すりゃ、俺よりも。

うごめき、這いずるうちに、体内の不純物を排出し続けるからだ。

コイツに飲み込まれるたんびに病気になったら、さすがに縁を切っている。

まあ、なんだ、コイツに潜り込んでいれば、病気を撒き散らす疫病ネズミも、

酸だかアルカリだかを吐き散らすゲロワーム、

腐ってようが生きてようがとにかく飛びつくかじりゴキブリも大丈夫。

あと、毒やガスもなんとかなる。

ヤバいのは城市の影部たちくらいか。

まあ、あいつらはヘドロに潜ってやり過ごせばいい。

泥傀さまさまだ。

ドブ浚いに関してはコイツほど頼りになるヤツはいない。

俺が、下水道でドブ浚いをやれるのはコイツのおかげだ。


この先の上水貯水池に俺は入ることを許されていない。

上水は水行奉行の管轄だからだ。

上水道は東迷宮城市の生命線であり、神殿、ギルド、会合衆の既得権益が絡み合い、

ガチガチに管理されている。

不審者が見つかればその場で即斬される。

慈悲は無い。

ただし、排水口からこっちは下水道扱いになる。

誰も入りたがらない。

今は誰も入れない。

俺だけが入って出てこれる。

かっこよく言えば、我が王国だ。

まあ、臣下は泥傀しかいないがw。


さて、いいかげん、洗濯と水浴びをしよう。

桶をひっくり返して洗濯物をだして水を汲む。

頭か水をかぶって髪の毛を洗う。

石鹸なんて上等なものは無いので、たいして汚れはとれない。

それでも地肌をもみ込む様に丁寧に洗う。

マッサージして老廃物をもみだすのだ。

俺みたいな、ちびデブじじぃにとってハゲてないのが唯一の救いだ。

クサかろうと、脂ぎっていようとフサフサだけは固守するのだ。

捨てることの出来ない最後の誇りである。

水滴が頭のてっぺんに落ちるとすごく冷たいのは気のせいだ。

おお、神よ、神よ、我を守り給え!


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