第2話 『塒』
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地面に放り出されて、目が覚めたら暗闇の中だった。
一瞬混乱したが、何のことは無い、泥傀が俺を塒に吐き出しただけだった。
じじぃの全力疾走は命懸けだ。
走るだけであちこちおかしくなる。
息が上がって、ぜいぜいならギリセーフ、ヒューヒューになるとやばい。
腰、膝、足首の痛みは当たり前。
無視して走れば、スコンッと痛みが無くなって、カクンッと力が入ら無くなる。
それで転べばゲームエンド。
必死で踏ん張り、ふとももを殴りつけて無理やり動かす。
今回はギリギリ無傷で逃げ切った。
それでも結構疲れていたようだ。
生ぬるい泥傀の腹の中、ゆるやかな揺れのせいか、
いつの間にか眠り込んでいた。
右手の人差し指を伸ばし、生活魔法の灯明の呪文を唱える。
「ᚾÁᚾ ᛞÍᚴÈ ᛋĪ ᚥǍ ᛚĀ」
指先に蝋燭の火ほどの小さな光が灯る。
ほんの数分しか持たないが、呪文だけで使えるんだから便利なもんだ。
最初に持ってたソーラーLEDのキーホルダーは半月持たなかった。
つけっ放しで下水道のドブ浚いをしたんだ、良く保った方だろう。
ああ、そうか、あれがドブ浚いを始めたきっかけだった。
どこぞのお貴族様に雇われた錬金術師が、
大量の失敗作を下水に流し込んだせいで、
下水道に謎の可燃性ガスが充満した。
その頃ドブ浚いをしてた奴らが数人焼死した。
たいまつだ、ランタンだの火を持って、ガスに突っ込んだら当然だ。
で、誰も下水道に入らなくなって報奨金が出たんだった。
丁度、喰い詰めてた俺が火の気が無ければ大丈夫と、
LEDと泥傀を連れて下水道に潜ったんだった。
LEDが亡くなった日にヘドロの中から、
壊れたマジックランタンを見つけたのは生涯に一度の奇跡だったと思っている。
あれから下水道は俺のナワバリになった。
まあ言ってみれば、地方自治体の下水管理の独占契約業者のようなものだ。
いまでは会合衆の下水担当から管理を丸投げされている。
報奨金からきっちりピンハネされているが、そこはそれ、独占契約は美味しい。
何より管理さえこなせば何も口出ししてこないのが有難い。
おかげで放棄された排水調整槽をまるごと俺の塒にリフォーム出来た。
ほのかな光に雑多なものに埋まった塒が浮き上がる。
使えそうモノを拾い集めているうちにこうなった。
半分くらいは使えると思う。
残りの半分もいつか使うかも知れない。
こうやってゴミ部屋が出来上がった。
仕事道具を纏めた背負い籠からマジックランタンを取り出し、外してあった魔石を入れる。
常夜灯くらいの明かりが灯る。
闇市の魔道具屋の話だと、本来の10分の1くらいの輝きだ。
まあ、俺にはこれで充分だ。
泥傀の腹の中は濡れてはいないがじっとりしている。
ちょっとだけマシなボロ着を引っ張り出して着替える。
かび臭いがこれぐらいなら問題ない。
はあ、つかれた。
ボロ布で出来た寝床に潜り込む。
しばらく、塒に籠るんだ。
久しぶりに洗濯でもするか。
ああ、まあ、明日だ。
ホントつかれた。
枕元においたマジックランタンをひっくり返して魔石を外す。
ゆっくり光が消えていく。
…。
「泥傀、出入り口ふさげ。」
這いずる音。
よし。
あとはあした…。
…。
。
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