拝啓

@aoi_you

第1話 そうだ、とんでしまおう

嗚呼、とびたいな___


目の前にできた空席に、我こそがと言わんばかりの勢いで腰を捩じ込んでくるおばさんを見てふと思う。

別に席を取られたことに対する苛立ちや、今日怒られたことに対する悲しみからきたものではない。はず、多分


人間は群れる生き物である。ただ自分にはそれがうまくできず、孤立しがちである。動物的視点で見ればきっとこれは排除すべき対象であり、そうなるのは必然的なんだろう。

コミュニケーション・協調性が社会においていかに必要不可欠なものであるのは重々承知している。ある一定のタスクを目標とし、それに向け効率的に・生産性を上げるために役割分担をすることで円滑に社会を回す羽車の一つとなる。

人々はそれにやりがいを感じ、己の存在意義を見つけ、かけがえのない仲間と共に生を謳歌していく。

それを「幸せ」と定義した時に必要となるのがさっき上げた道具たちであり、それをうまく扱えるか否かで大きく今後の人生というものに影響が出てくる。


それなのに自分はそれを使えない、もはや使おうとする気力もない。


わかっている。頭では理解している。道具を上手く扱えることが、手っ取り早い、人生をかなり生きやすくする魔法のようなものであり、上手く使うにはとにかく触れて、体験するしかないと。

第三者から見ると何故やらないのか疑問を持つに違いない。自分だって別の立場なら思うはず。

けれど、時折人間関係において顔を出してくる黒い部分に強烈な拒否反応を持ってしまう。気持ち悪いと感じてしまうのだ。


世の中では自分のようなタイプを「潔癖」だとか「完璧主義」というだろう。

でも、自分の部屋には空き缶やペットボトルが転がっているし、2日連続で同じズボンを履くことに対しても何も抵抗はないからそれらの言葉が当てはまるのかは正直曖昧だ。

どちらかといえば「ピュア」という言葉がぴったりなのかもしれない。自分で言うのもおかしい話ではあるが、漫画や映画の主人公のような、あの世界にだけ存在する真実の愛や友情には強く惹かれるものがある。

苦楽を共にし、時には喧嘩をし道を間違えることがあってもお互いがピンチに名あった時には、必ず手を優しく差し出してくれる。隣にいてくれる。そんな存在に憧れがある。


まだまだ小さい頃、ある漫画に出てくる主人公に影響され、言動や振る舞いなんかを頑張ってコピーしようとしていた時期があった。そうすれば自分にも優しくて強い最高の相棒が作れるような気がした。

そう信じて疑わなかった。


当時1番仲の良かった友人(Aくんとする)と自分をそのキャラクターと重ね、困ったときは助け、ふざけ合い、勉学に勤しみ、まさに自分の中の理想を描いていた。

しかし、そんな関係に完全に虜になっていた自分は、Aくんが他の子と遊び、仲睦まじく過ごすことにとてつもない嫉妬心と嫌悪感を抱いてしまい、そんな彼を縛り付け、そばに置こうと必死になった。

結果、自分の束縛に嫌気がさしたAくんは距離をおき、さらに良くないことに、もともと少し浮きがちだった自分に対して「あいつはヤバいやつだ」といじめへと発展してしまったのだ。


まだまだ未熟だった自分は、大好きだった彼に裏切られたこと、そして頑張って作り上げた理想郷を一瞬にして壊されたことに激しい怒りを覚え、暴力沙汰へとなってしまった。

しかし1vs数人での喧嘩はもちろん勝ち目なんかは無く、一方的に蹴られ、殴られ、そんな情けない状況と、心のどこかでまだAくんが助けてくれるかもしれない。と言う希望を持っていた自分に対しての悔しさでボロボロになりながら情けなく泣いてしまっていた。

騒動を聞きつけた先生によって喧嘩は収束へと向かったが、その先Aくん含むクラスの誰かとつるむことは無くなった。

今思えばまだやりようはあったかもしれない。道を間違えたのも、全て自分であり、勝手に期待し、自分と同じ対応を彼に求めてしまっていたのが申し訳なくなる。


それからは、いじめていた奴らがいない学校へ進学し最低限の交流しか持たなくなった。

自分で言うのはあれだが、容姿・学力共に割と平均より少し上だったから、1人でいてもよくいるちょっとすかしている奴程度でおさまっていたし、話しかけたら相手も受け答えはしてくれていた。

そしてこの距離感がまた心地よく、ズルズルとどうしようもなくめんどくさい感情を抱えたまま歳を重ねていき、今に至る___

歳をとれば心も体も成熟していくものだと思っていたが、中身はさほど変わらず、気づくとプライドだけが積み上げられたどうしようもない大人が誕生してしまっていたのだった。

過去の過ちが黒歴史となって頭をめぐり出すと、なかなか止まらない。


「…情けないな」

「は?」


思わず口に出してしまったが、自分に言われたのかと勘違いしたのかおばさんがキッと睨んでくる。最悪だ

よほど気に障ったのか、勢いよく立ち上がり自分より少し低い目線までくると、ぷんと安っぽいキツい香水の匂いが鼻を刺激する。


「情けないのはお前のほうだろ!魚みたいな面してぼーっとしてるのが悪いんだよっ!」

「す、すみません!情けないなと言ったのは自分に対してでして、その決してあなたに言ったのではなく、はい…すみません、すみませんっ!」

「ったく、今どきの若い子は、これだから…」


もういい。と捨て台詞を吐くと次の駅で降りてしまった。空いた席には何も事情を知らないサラリーマンがまた腰を捩じ込んで座ってしまった。

先程までこちらを見ていた他の乗客も何事もなかったかのように目線をスマホへとを戻す。

ああ、本当に最悪だ。胸焼けをしたようにムカムカとストレスが溜まっていく感触がする。このムカムカは長く付き合うと実に厄介で、薬に頼らないと無くならなくなってしまった。


陰鬱と言う言葉がぴったりなほどのオーラを身にまとい、最寄駅のホームへ降りる。田舎とも都会ともいえない住むにはちょうどいいこの駅にはくたびれたサラリーマンが大勢降り、

その人の流れに紛れながら、改修工事がされたばかりの長い長いエスカレータを下っていく。横に目をやると、いくつかの旅を進めるカラフルなポスターがいくつも並んでいる。


とびたい、物理的に浮遊したいわけじゃない。ただ突然連絡先とか行方とか誰にも何も伝えずにパッとどこかに行ってしまいたい。

海を見に行きたいな___潮風に吹かれ、ジャリジャリとした砂を足裏で感じながら本を読んでいたい。

誰にも、気づかれることなく海や近くに生息する動物たちと穏やかに過ごせたらどれほど素敵だろうか、

さっき幸せとは人とのつながりややりがいに結びつくと考えたが、自分にとってはやっぱりどうでもいいことで、ひたすらにただ穏やかに、素敵な物語や豊かな知識に囲まれて生が尽きるのを待つのが1番だと思ってしまう。

いつの日か、大学の知人に似たようなことを話したことがあったが、じじばばくさっ!と笑われてしまい、この良さがわからないのがかわいそうだと、と心の中で心底同情した記憶がある。


もしいくなら神奈川とかだろうか、いやここはあえて日本海側の石川とかでもいいかもしれない。

家に帰ったら調べてみようなんて、ぶつぶつ考えているとポッケに入っていたスマホが震え出す。

バイブの長さで電話と気づき慌てて開くと、「母さん」と言う嫌な三文字。


「…もしもし」

『あ、ゆう?ちょっと聞いてよ〜!」


今平気なのかの心配もせずダラダラと喋り始める母親。この時間帯の電話は大体父親かパート先の愚痴が多い。

うん、それで?と適当な相槌を打ちながらカンカンとアパートのさびれた階段を登る。

青く塗られたドアを開けると真っ暗な部屋。電気はつけず、ベッドへとそのままダイブしさらにヒートアップしてく声を耳から耳へと流していく。


『ていうか、あんたさっきペットボトルとか缶の音がしたけどまた溜め込んでるんじゃないでしょうね?体に悪いからやめなさいって言ってるでしょ?』

「ごめんごめん、つい忙しいと買っちゃって、うん、野菜はちゃんと摂ってるよ」


さっきのゴミをかき分ける音が入ってしまっていたのか、今度はお説教が始まってしまった。これは長くなるな、

栄養状態の話から、体型の話、容姿の話から、恋人、人間関係、幼少期の問題と芋蔓式のように嫌な部分を抉られ、掘り返され、怒られ、怒られ怒られ…


『ねえ、聞いてんの?あんたを思ってお母さんは言ってやってんの!』

「はい、ごめんなさい、ちょっと今日疲れてて、ごめん、明日も早いからもう切るね。おやすみなさい』


ちょっと!っという声が聞こえたが聞かなかったことにしょう。これ以上は限界だ。

母は優しい人だ。もちろん尊敬も育ててくれた感謝もしてる。ただ、ちょっと心が臆病な人でもあるのだ。女性特有なのかもしれないが良くない状態の時は少しだけ視野が狭くなる。幼くなってしまう。

頼りにされているのか、はたまたサウンドバックとされているのか、考えてもしょうがないことだけれどストレスの捌け口にされているこっちの身にもなってほしい。

毎回毎回過去をほじくり返されても傷は言えるどころか膿んで汚く、苦しくなっていく。


「本当にとんじゃおうかな」


冗談ぽく暗闇の中に呟くが、否定も肯定もされずに闇の中へと溶けていく。そうだ薬、とストック箱を漁るが神のイタズラかちょうど切れてしまっている。


「嗚呼___もう、くそっ!」


空箱を床に叩きつけても乾いた音が虚しく残るだけ、負の連鎖が続きに続きとうとうどうでもよくなってしまった。

どうにでもなれ、やけになり叫びながらモノを薙ぎ倒し、皿を割り、ガシガシと頭を掻きむしる。ドンっと隣から苦情の音が聞こえてくるが知ったこっちゃない。

一通りめちゃくちゃにし、まるでゴミ屋敷のように汚くなった部屋に佇みこう思った


そうだ、とんでしまおう。と。

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