52.おかえり、バーモット村




【追放されてから 12日目】


 フリーディ山脈を下山した同日 その夜。

 

「たっだいまー!!」


 ラスティの元気な挨拶が村の中に広がった。


 ふぅ、やっと帰って来れた。帰りの道中、かなりしょーもないことで生命の危機を感じることはあったが、なんとか五体満足での帰還である。

 村の入り口の柵を越えて中へと入れば、それなりに村の復興は進んでいるらしく、ところどころ新鮮さを感じる場所が見受けられた。荒らされていた畑は、ただの耕された畑になっているし、壊された家や柵も半分くらいは修繕が終わっているようだ。

 たった2日しか経っていないが(まぁ、朝に村を出て夜に帰ってきてるからほぼ3日だけど)、親父さんの働きは凄まじいのかもしれない。


 というよりは、新しい魔物の襲撃がなかったことを幸運と思うべきなのだろうか。

 フリーディ山脈の山がいくつか吹き飛んでいるから、どんな影響が出ているか戦々恐々としたものだったが、帰ってくる道中、そこまで変なことにはなっていなかった。ラスティが前に言っていた通り、生態系というのはそうすぐに崩れないようである。

 今はエリザたちコークシーン騎士団の連中が、きちんと被害状況の調査をして、生態系の調和を行ってくれることに期待するしかないな。


「おー、おかえりーラスティちゃん」

「若いお客人も帰ってきたのかーい」

「ガルシアさんならお家にいると思うわよー」

「ラスティー、また冒険の話を聞かせてねー!」


 俺がラスティの後ろに着いていっていると、いろんな村のマーモットが夜だというのに挨拶をしてくれた。そんなに長いこと滞在していない俺にもあたたかい声をかけてくれるのは、このバーモット村特有のものなんだろう。追放されてからというもの、こんなに人(?)の温もりを感じたことはない。少し胸がじーんときたのは、致し方ないことだと思う。


 ラスティも「みんな、ただいまー。GAO、冒険の話はまた今度ねー!」と元気よく返事をしている。

 もしかしたら、俺への対応は、ラスティの客人だからというのが大きいのかもしれんな。


「ねぇ、若いお客人がほとんど裸だったわよ……」

「ラスティちゃんの服もちょっと怪しかったわよね」

「もしかしたら、もしかするのかしら……ラスティちゃん満面の笑みだったし……」

「え、でもあんな感じになる激しいのって……あの子も今後が大変ねぇ……」


 …………うん、他意はないと信じたい。

 今の会話は聞こえなかったことにしよう。

 


 そうして俺たちが、生暖かい視線を受けつつ村の中を進むと、ガルシア邸(ラスティの生家)に着いた。

 ラスティがノックをすることもなく玄関を開ける。


「ただいまー!」

「おう、ラスティ嬢。随分と早い帰還じゃねーか」

「GAO! 楽勝だったからね! ふんす!」


 扉を開けて家に入れば、相変わらずハードボイルドなガルシアが、葉巻を咥えて出迎えてくれた。手には何やら、細かな部品w持っている。家の中には他にも、この前の話し合いの時にはいなかった小さなマーモットたちが走り回っていた。


「おいこら、クソガキども。ラスティ嬢のお客さんも来てんだ。ちーっとばっかし静かにしねーかい」

「「「「「「えーー」」」」」」

「夜中に騒ぐぁー奴は、夜梟に攫われちまうぞう」

「「「「「「……!!」」」」」」


 ガルシアが軽く脅すと、全てのちびマーモットが動きを止めて口に両手を当てた。そして、お前喋ってないよな、みたいな目を、お互いに向け合っている。なんか知らないけど、天井とか壁とかからも小さいマーモットが生えて、僕静かにしてるよアピールをしていた。


「なぁ、ラスティ。夜梟って?」

「ここら辺によく出る魔物だよ。小さい獲物が大好物で、よく子供が攫われそうになるんだ」

「へー」


 まぁ、生活圏に近い場所から完全に駆逐されていないってことは、それだけ排除が難しいのか、倒すこと自体は難しくない魔物なんだろう。ラスティが軽く言っていることを踏まえると、多分後者だな。


 俺がそう結論づけて、ぐるりとガルシアの家を一周見渡す。

 何匹いんだろ、これ。軽く馬上槍試合くらい行けるんじゃないかってくらいいないか?


 というか……。

 

「ラスティの兄弟も、みんなマーモットなんだな」

「GAO? ……あー、そうだね。ラックもそうだし」

「え」

「ピピ?」


 ラスティが軽く言うと、彼女の外套の中に隠れていたラックが、這い出てきて俺に首を傾げて返してきた。

 最近、俺にはこいつが何を言いたいのか分かるという特技が新たに追加された。

 そんな俺が今の「ピピ?」を翻訳すると、「え、お前知らなかったの?笑える」となる。

 …………すぅぅぅぅぅ。……ここは、大人として我慢してやろう。

 ラスティとこの小生意気なネズミが兄弟関係だったという方が、よほど衝撃的でそれどころじゃないし。


「んん? 待て、お嬢。そこにいるのはラックじゃねーか?」

「ピピィ!?」

「やっぱりか! おい、クソガキ! 今までどこほっつき歩いていやがった!?」

「ピピィィィィ!!?」

「GAOH、予想してたけど本当に無言で着いてきてたんだね。……私の背嚢の中にいたみたいなんだよ」

 

 俺が怒れる拳をぎゅっと固く握り込んでいると、ガルシアがラックの存在を見つけたらしい。

 口端と鼻から煙を出したガルシアによって、ラスティの外套に再び隠れようとしたところを捕まっていた。ラスティは困ったように頬を掻いている。

 ……まぁ、助けられたところあるからな、こいつには。


「……親父さん。あんまラックを強く怒らないでくれないか? 俺たち、ラックに助けられた場面もあるんだ」

「あぁ? ……まぁ、お前らがそう言うなら良いが」

「ピピィ……」

「はぁ……俺に謝ってもしょーがねー。一番、心配してたのはアイツだ。男ならきっちりテメーのしでかしたことは、テメーで謝るんだ。分かったな?」

「ピピ!!」

「ったく、返事だけは一丁前になりやがって、バカ息子が」


 無事でよかった、とガルシアがぼそり呟いてラックをぎゅっと抱きしめる。意外と不器用な男だったようで、オヤジは照れ隠しに怒ったんだ、とラスティがこっそり隣で解説してくれた。

 ラックも戸惑いながら抱擁を返している。

 ……あぁ。でも、こういうのって良いことだなって俺は素直に思えるよ。


「ラスティ嬢も怪我はねーかい?」

「GAO、大丈夫! えへへ、心配してくれてありがと」

「……」

「あったりめーよ。ガキの心配をしねー親がどこにいる。疲れただろ、飯でも食うか? それとも先に湯浴みでもするかい? なんなら今日は湯船に好きなハーブ入れてもいいぞ」

「えー、夜なのに湯浴みしていいの!?」

「おう。たんと疲れをとりな」

「GAOGAO! じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなー! ウォーカーごめんね、報告は湯浴みしたあとで!」

「……ああ。かなり汚れたし、きっちり洗ってき――――って、もういないし」


 今のラスティが入浴しても良いのだろうか、と言う疑問はあるものの、俺はそう言って送り出すことにする。

 実際には俺の言葉を聞き終わる前に、ラスティは急いで自室があると言っていた2階の方に消えていってしまったのだが。よほど今から湯浴みできるのが嬉しいかったのだろう。軽くその場で足踏みしていたし。神殿迷宮の時も、俺に清潔さを保つ術を聞いてきたくらいだもんな。


(そういえば、ルリス王女も湯浴みが好きだったっけ)


 ふと王都にいた時を思い出す。彼女の場合、療養も兼ねての入浴が多かった気がしないでもないが、それでも他の貴人に比べて入浴回数が多めだった。彼女が湯浴みするときは、湯殿の近辺警護を任されることも多かったからな。1日に2回も連れ出されたことがあったりもする。


「さてと、ラスティが湯浴みしている間、俺は何して暇潰そうかな」


 思い出を楽しむのもそこそこに、俺はすぐさま思考を切り替える。

 今は正直、常に何かに没頭しておきたい気分だった。でなければ、思い出したくもないことまで思い出してしまいそうになる。

 そう考えていると、

 

「なにボケっとしてんだ、若造」

「ん?」

「ぷはぁ……ちょっくら、てめーとは話したいことがあったんだ」


 ガルシアが葉巻に火をつけると、俺の方を敵意を孕んだ目で見てきた。

 嘘偽りを吐けば、ぶち殺す。

 なんて野太い声で脅された。

 

 まさか……ガルシアにはあの事がバレて……。


「さて、きっちり話してもらうぞ、若造…………なんで裸なんだ?」


 あー、そっちかー。

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