51.されど不穏な影は消えることなく 後編
「お兄、様……?」
エリザは信じられない者を見た。
正確には、“信じたくない“者を見た。
目の前に立つ男は、正真正銘イドヒ・A・キルケ―である。その威圧感、悪辣さ、獰悪に染め上げられた眼差し。どこを切り取っても、イドヒという人間を証明しているようにしか思えなかった。
「おい、どうした。跪け、サルども」
「「「っ……!!」」」
イドヒの号令により、エリザとカイデンの取っ組み合いに立ち竦んでいた第五等騎士らが膝をつく。
そこまできて、エリザはどうしようもないほど嘔吐を催した。
「なん……で……」
膝をついて挨拶をしなければいけないのに、出てきたのはそんな疑問符だった。
開き切った瞳孔。尋常とは思えない発汗量に、全身の毛が総毛立つ感覚。呼吸は次第に乱れ、血液が逆流したように手足は痺れる。
誰が見ても分かるエリザの異常。
にも関わらず、それを引き起こした張本人は何も言わず、ただエリザを見下ろしていた。何をするわけでもなく、何かしようとする気配もなく。赤髪から覗く双眸だけが、ただじっとエリザを見つめ続けていた。
「お嬢……もうやめましょうや。あんたはアレのことをよく思っとらんでしょ」
「カイ……デン……?」
顔面を青白くさせたエリザは、話しかけてきたカイデンへと視線を戻した。
ぽつん、とカイデンの頬にエリザの汗が滴り落ちる。
「今の騎士団上層部は腐ってると思いませんかい? 一部の上流貴族だけが実権を握り、戦争も知らぬ阿呆どもが王のためと謳いながら、日々騎士ごっこを興じている」
「急に、何の話、よ……今はそんな、こと……」
「はぁ、察しが悪いな……不満がねーのかって聞いてんですよ。今の騎士団の在り方――――いや、王国そのものの在り方に」
カイデンが呆れたように言い、イドヒの方を見た。
「あれが、その最たる例でしょ。確かに腕は立つが、俺たちの上に立つような男じゃねぇ。その手は汚泥に塗れ、血の貴族と囁かれほど民衆から恐れられている。ただ、王族に気に入られただけのクソだ」
「…………違うわ。お兄様は」
「兄貴を前にして、庇うってんですかい? はっ、馬鹿馬鹿しい! あんなのを庇う必要なんぞ、どこにある!?」
珍しくカイデンが声を荒げてエリザに発した。
彼の相貌からは、怒りや不満など、人として当たり前に兼ね備えられた感情が、如実に浮き彫りとなっていた。
「愚妹、なにをしている。そいつを早く殺せ」
しかし、そんなカイデンを遮るようにイドヒが声を上げた。さっきまで黙っていた男が。動きすらとめていた男が。あらためて再生を始めたように言葉を漏らした。
エリザは喉輪を締められたように、きゅっと唇に力を入れる。魔剣を握る力は、ぐぐっと強められた。
「耳を傾ける必要はねーですぜ。お嬢と俺なら、あんな奴は瞬殺できる」
「な……にを……」
「今ここから退いて、共に戦ってくれればいい。奴は無手だ。武器を持っている俺たちの方が、確実に強いでしょ?」
意味が分からない。
いや、言葉は理解はできるが、なぜそれを今この場で言ったのか、エリザには理解できなかった。
目の前にいるのは、相手を零落させることに長けた怪物である。そんなイドヒの前で、斯様な誘いをすればどうなるか、それがわからないほどカイデンだって馬鹿じゃないはずだ。
しかし、エリザの推測とは裏腹に、イドヒは何も言わなかった。
まるで、エリザがどのように答えるのかを待つように、冷え冷えとした面持ちで静観を決め込んでいる。
意を決したエリザは、唾を飲み込んでから言葉を紡いだ。
「ひとつだけ聞かせて……」
「なんですかい?」
「あなたたちの目的は……もしかして……」
ここに来て、確信に近いものを得た。
今までの不可解な点と点が、線で繋がれたような感覚がした。
エリザへの嫌がらせが“ゴーシュー個人“のものだとするならば、“彼ら“が起こした問題行動は、すべてその目的とやらに繋がっていることになる。
思い返される、カイデンたちの不可解な行動。
直近で言えば、独断で神殿迷宮を攻略しようとしたこと。山城内でイドヒを挑発し、その聖遺物を奪おうとしたこと。
そしてなにより……。
――ウォーカーが捕まった際、イドヒからラスティを守るような言動をしていたこと。
「ようやく、思い当たりましたかい」
「冗談、でしょ……? あいつは王様にでもなりたいっていうの……?」
「いんや、正確にはちげーな。だがまぁ、部分的には正解と言ってもいい」
カイデンがふっと笑えば、エリザは顔に影を落とす。
「そう……」
軽く息を吐くような呟き。
それが彼女の柔らかな唇から漏れ出れば、震える両手を押さえ込むようにして、魔剣の柄を持ち直した。
「じゃあ、やっぱり……私はあなたたちを見逃すわけにはいかないわね」
魔剣より劫火が迸る。高い天井を貫く勢いで、ゆらゆらと揺れる炎が伸びた。
顔を下げ、動向を見守っていた第五等騎士らも、ぎょっと目を皿にしてその光景を見る。
しかしそんな渦中であっても、イドヒだけは涼やかな顔で見つめていた。
「ちっ……マジで言ってんですかい? あの兄のために、そこまで」
「お兄様のためじゃないわ。王国の……善良な民のためよ。あなたたちがやろうとしていることは、それだけ多くの血が流れる」
「テメーの兄貴は、その善良な民ってものを食い物にしていると聞くが? 自分の領地では酷い徴収をしているらしいじゃねーか。騎士団でも、独断と偏見で多くの部下を殺してるって聞く」
「ええ、そうね……でも、だからと言って、あなたたちに与する道理にはならない! 今回だって、どれだけの被害が出ているか、まだ分かったものじゃないのよ!?」
「だったら、テメーはどうするつもりだ、あ"あ!? その兄に一生がんじがらめにされたまま生きて、そいつが悠々自適に殺戮するさまから、目を背け続けるってのか!?」
「違う! そんなことしない! 私も……私もようやく変われると思えた! いつも外面だけは強気で、でも内心では卑屈ばっかりな私だけど……! 今回のことで、漸く前に進めるよな気がした! だから、あなたたちの企みを阻止したうえで、私がお兄様を諫めるわ!! それが私にできる、精一杯の罪滅ぼしよ!」
互いに主張がぶつかり合い、やがて場が静まり返った。残ったのは、エリザの荒い呼気と、いまだ困惑を隠せないでいる第五等騎士らの息遣いだけである。
エリザの意固地とも思える反論を聞いたカイデンは、鬱陶しそうに眉を顰めてから、首に入れていた力を抜いた。そして、もう一度説得を試みようと、言葉を漏らしかけた時だ。
転送の間にて、誰かが手を叩きだす音が響いたのは。
「いやはや、素晴らしい宣誓ですねぇ。もういいでしょう、カイデン君。これ以上は話が平行線になるだけです」
ぎぎぎ、と扉の閉める音を奏でながら、転送の間へと入って来たのは糸目が特徴的なゴーシューであった。髪をすべて後ろにすき上げ、背筋をまっすぐに伸ばした男は、いつもの余裕のある薄笑いを浮かべながら、手を後ろで組む。
「やっぱり、すぐそこにいたのね、ゴーシュー……その幻も貴方の仕業かしら?」
「幻? はて、何のことでしょう」
「かまととぶらないでくれるかしら。……そこにいる、お兄様のことよ」
「ふむ……」
エリザが睨みを利かせれば、ゴーシューは沈黙で返す。
数瞬して、ゴーシューがイドヒに歩み寄り肩に手を置いた。
「まぁ、種が割れているのであれば、不要の長物ですねぇ」
すると突然、イドヒの体から紙が剥がれ落ちるように崩れ始める。ぱらぱらと舞い散るそれは、すべてゴーシューの服の中へと吸い込まれていった。
「おい、総長様が紙のようになって……」「あれがゴーシュー卿の力なのか?」「くそ訳がわからん」
イドヒが消えるさまを見た第五等騎士たちは、当然戸惑った。なんせ、次に出てきたのはコークシーン騎士団のNo2であり、事実上実権を握っているに相応しいゴーシューである。しかも、そんな彼が騎士団総長を紙のようにばらけさせてしまったのだから、状況の整理は一向に追いつかないままであった。
しかし、渦中の者たちはそんな事など歯牙にも掛けない様子で話を続けていく。
「いつからお気づきに?」
「……カイデンが私を誘って来た時よ」
「かなり早い段階でお気づきでしたか。いやはや、意外とうまく作れたと思ったんですがねぇ。私の力が鈍ったのか……もしくはこれが"兄妹の絆"というものなんでしょうか」
「白々しい……どうせバラすつもりで作ってるくせに。……これだけ悠長に会話して混じってこないなんて、誰でも偽物だって気づくわ」
エリザが吐き捨てるように言うと、「それもそうですねぇ」とゴーシューは頷いた。未だエリザにのしかかられているカイデンは、そんなゴーシューの登場にやや非難を孕んだ目で見る。
「旦那、話がちげーですぜ……」
「違いませんよ、カイデン君、私はこれで約束は守りました。彼女は私たちではなく、幻とは言え兄を――今の腐った王国を選んだんです」
さて。
そうゴーシューが告げると、後ろで組んでいた手を解き、手のひらをエリザへと向ける。この状況下でなにをしてくるかなど、彼女は易々と想像できた。
「勧告は一度までと決めていましてねぇ。なので、言い間違いには十分気をつけてください」
「…………」
「降伏しなさい。エリーザベータ卿」
これは脅しだ。今ここで言うことを聞かなければ、攻撃をしかけると。
ゴーシューも酔狂でコークシーン騎士団の副隊長に選ばれた人間ではない。戦闘能力は騎士団の中でも間違いなく上位に位置する。そんな男と事を構えるのは現実的な算段ではなかった。
それに、とエリザは後ろで固まる第五等騎士らを見る。
ここでゴーシューとやり合うのは、彼らを確実に巻き込む愚行でもあった。カイデンを襲ってからの反応を鑑みる限り、エリザの見立て通り彼らは無関係に見える。
であれば、彼らを巻き込むわけにはいかない。例え、投降してしまった後がどうなるか分からないとしても。ここで無駄な血を流すほうが、彼女にとって悪に思えたのだから。
「……わかったわ」
そうしてエリザはカイデンから退き、魔剣を地面に落とす。
無抵抗を示すため、両手も顔の位置まで上げた。
しかし。
「えぇ、賢明な判断に感謝しますよ。では、こちらも処理をしておきましょうか」
なんの起こりもなく、それは実行されたのである。
エリザが素直に従い、投降をしたにも関わらず、だ。
「え――――」
「な――――」
「ま――――」
一言だけの発声を許され、彼ら第五等騎士たちは漏れなく首を刎ね飛ばされる。ゴーシューが、エリザに向けていた手のひらを、固まっている第五等騎士らに向けた直後のことだ。
血しぶきとともに舞い上がった頭部が宙に晒される。何が起こったかもわからない表情を浮かべた3つの顔。真っ白い部屋には、べっとりと鮮血が散布し、ごつんと地面に落下する硬い音が3度響いた。
狙ったかのように、エリザの足元に転がる生首たち。
そして糸が切れた操り人形のように、三つの体が崩れ落ちた。
「な…………にを…………」
まさかの事態に、エリザは見開いた目でゴーシューを見た。
ゴーシューの服の袖から細い鞭のようなものが何本も飛び出している。それで彼らを切り飛ばしたことは、誰であろうと理解することができた。それらはまるで生きているようにうねり、ゆっくりと地面に垂れれば、はらりと紙となって袖の中へと吸い込まれていく。
ゴーシューは満足げにエリザを見返した。
「なにを――――なにをしているの、ゴーシュー!!?」
「なにを、とは可笑しな事を聞きますねぇ。彼らは耳にしてはいけないことを聞いてしまった人間です。生きているだけで不都合な人間は殺さないといけません。ゆえに始末した。何か間違えていますか?」
「――――っ!!」
「大隊長ともあろうお方が、よもや部下の死を覚悟していなかった、なんてことありませんよねぇ? 部下の1人や2人死んだところで、狼狽えてはいけませんよ。教えませんでしたか? 戦場では常に死は隣にあると思えと」
「この……!!」
無駄に殺させないための降伏だったというのに、それをゴーシューはすぐに裏切った。いや、彼からしてみれば、それは裏切りなどではないのだろう。ゴーシューは一度も、彼らの命を保証はしなかったのだから。
ただ、エリザがそう勘違いしただけ。
そう言ってしまえば簡単なのだが、それでも許される事案ではない。
だが、ゴーシューは相も変わらず薄い笑みを張り付けたまま、後ろに手を組みなおす。エリザには攻撃をしないつもりなのだろう。そのまま、かつんかつん、と革靴を鳴らして近づき、足元に落ちていた首をひとつ拾い上げた。
「なにか勘違いをしているようなので教えて差し上げますが、私が殺したなどと見当違いも甚だしい逆恨みはおやめなさい。彼らが死んだのは、すべて貴女の責任なんですからねぇ」
「そんなわけ……!」
「ないと本当に言い切れますか? 貴女が愚かにも彼らを巻き込まなければ。貴女がカイデン君の話に素直に乗っていれば。いいえ……そもそも貴女が大隊長になんてなっていなければ。彼らは死なずに済んだかもしれない。そう思うのですがねぇ」
ゴーシューは持ち上げた頭をエリザへと向け。そのまま頬肉を下に引っ張った。
下がる生首の下眼瞼。
気色の悪いことだ。焦点のあわなくなった目が、まるでエリザを恨むようにすら見えてくる。
しかし、ゴーシューはそれを飽きたと言わんばかりに地面へと捨てた。
一歩、また一歩とエリザに詰め寄るゴーシューは――
「貴方も、そう思いますよね……イドヒ卿?」
――すかさず、エリザの急所を狙い撃つ。
「――――――っ!?」
ゴーシューの袖口から漏れ出る紙で作られたのは、イドヒであって、イドヒではない人間であった。
生成が不完全だというわけではない。再現がまるでできていないというわけでもない。エリザよりも低い背丈。、まだあどけない童顔は、まさに彼が少年であることを示している。
齢10歳前後にしか見えないイドヒの姿に、エリザは思わず瞠目した。
「嘘、でしょ……なんで、その姿が……」
彼女が驚いたのも無理からぬことだ。
その姿はエリザしかなじみのない姿のはずだったのだから。エリザしか知らないはずの姿のはずなのだから。
初めて彼女がキルケ―家の娘となった時、その頃に出会った姿。あの兄の恐ろしさを体と心で教え込まれた時の姿、そのものだ。
『教えたはずだぞ、愚妹。弱さは罪だ、泣き虫は害だと』
「あ、ぁ……」
『お前が無能だから、みんな死ぬ。お前がきちんとしないから次も死ぬ』
「やめ……やめてっ……!」
『全部、全部全部全部。この墓標はお前が築いてきたものだったはずだろう?』
10年前の時と変わらい声の高さで。
10年前の時と変わらない姿で。
10年前の時と変わらない表情で。
庭先に広がる地獄の光景が、エリザの脳裏にフラッシュバックした。
エリザは胸を押さえながら苦しそうに身を丸くする。息も荒くなり、次の瞬間には口元を手で覆って辛そうにえづいていた。立っていることすら不可能で、思わず蹲ってしまう。
「うっぐ――――ゔぇろごっおえ……!!」
床に手を着き、そのまま彼女は吐いた。とぼと落ちる酸っぱいかたまり。ピチャピチャと滴る胃酸と唾液。昨日、食べた野戦食糧がそのまま胃をひっくり返されたように、床へとぶちまけられた。
すぐに腹の筋肉が痙攣し、胃酸の残り香とともに生暖かい唾液が出てくる。エリザは目に涙を滲ませ、必死に息を整えようとするも、再び襲い来る吐き気に耐えきれず、またえづいてしまう。
そんな彼女を見つめていたゴーシューは、優しく彼女の背をさすりながら、耳元にふっと口を近づけた。
「エリザさん……エリーザベータ・A・キルケ―さん。あなたは確かに強くなられましたねぇ。私が教えていた騎士の中でも、特に立派になられました」
「けほっ……けほっ……!」
甘い囁きでありながら、されど、それは悪魔の鼻歌のようである。
ゴーシューは優しい手つきで介抱しながら、エリザが聞き取りやすいようゆったりとした口調で話し続ける。
「先ほどの啖呵は私も思わず聞き惚れてしまいましたよ。なんでしたかねぇ……あぁ、そうそう。『あなたたちの企みを阻止したうえで、私がお兄様を諫める』でしたか?」
「はぁ……はぁ…………」
「どうです? もう一度、同じことを聞かせてくれませんか? 私だけでなく、さっき死んだ部下や、このイドヒ卿の幻に向かって」
ゴーシューはエリザの弱いところを熟知し、そのうえで容赦なく抉り続けた。
しかも、ただ抉るのではない。
ありとあらゆる傷口に塩を揉み込むように、徹底的に、完膚なきまでに、彼女の心をへし折るべくゴーシューは笑顔を携えて苦痛を与える。霞んだエリザの視界には、三日月が三つ並ぶ悪魔のような笑みをした男が映った。それから逃れるように、もう一度吐瀉物へと視線を戻す。
「わた……私、は…………」
「いいかですか、エリザさん。人間の本質なんて直ぐには変わらないんですよ。あなたが強くなったと思えたのは、ただ取り繕う力を身につけただけです」
「ちが……わ、私は…………」
「いいえ、何も違いません。どうして勘違いしてしまったんでしょうねぇ……ずっと井の中に囚われていれば、こんな辛さも味合わなくて済んだでしょうに」
ゴーシューは蹲っているエリザの顎を無理やり上げさせると、ニヒルな笑みを向ける。
視線を逸らしたというのに、エリザは見たくもない男の笑みを見てしまった。
「貴女には何も為せませんよ。貴女には何も力がなく、貴女には何も残されていないのですから。
いいですか? 貴女の本質を教えて差し上げますので、よく耳を澄ませお聞きなさい。幻想を見てしまったばかりに大空へ羽ばたこうとした、愚かで、醜く、身の程をわきまえない蛙。それが貴女だ。なぜなら貴女に許されたことは、空へ羽ばたくことでも、ましてや飛ぶ努力をすることでもない……ただ指を咥えて、青空を眺め、ありつけるかも分からぬ餌を待ちぼうけし、そして力尽きて最期は死んでいく。そこに自己の尊厳など関係しませんよ。貴女は人としてとっくに終わっています。牙を抜かれ、爪を折られ、羽をもぎ取られた貴女に、飼い殺される以外の選択肢はなかった。そんな者がどれだけ大言壮語を吐こうと、それはただの妄言なんですよ。
分かったのなら、井の中に帰りなさい。精々、澄んだ青空が見えることを期待してねぇ」
ゴーシューはそれだけを告げると、エリザからの返事も待たずに離れた。
彼女が全てを聞き、全てを理解できているかどうかなど、彼にとってはどうでもいいのかもしれない。
けれど、エリザの浮かべる悲痛な表情を確認していたゴーシューは、確かに己の言いたいことが伝わっていることだけは理解できていた。言葉などは彼にとってただの道具でしかない。全て聞いていなくても、その目的が達成できているのであれば、それだけでいい。
一連の流れを黙って待ち続けたカイデンは、弱りはてたエリザを見てから、すっとゴーシューに視線を戻す。
「さて、機は熟しましたよ、カイデン君。邪魔者は排除し、騎士団総長の戦力も削りました。……あとは、私たちで魔女を手に入れるとしましょうか」
そう告げたゴーシューの目は薄らと開かれており、まるで星空を眺める童のような無垢さで、微笑みを浮かべるのであった。
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