50.されど不穏な影は消えることなく 前編




 シルヴェスタたちが去った山城跡地にて。


「それじゃー、帰還組の俺たちは戻るから。テメーらあとの被害調査や近隣警邏なんかは頼んだぞ」


 カイデンが気だるい様子で言うと、彼直属の第二騎士連中は皆、背筋を伸ばし右足で地面を踏み鳴らすと、腰に下げた剣の柄を下げた。他の残留を言い渡された低等級の騎士も、ひとつ出遅れはしたものの同様に返す。

 それを満足げに見たカイデンは、屈んでいたシエンへと振り返る。


「待たせたな、それじゃ送ってくれ」

「はぁ……やっとか」


 ため息をついたシエンの足元には、大型の魔法陣が書かれていた。

 転送魔法の術式である。サラマンダーとの戦いで魔力切れに近いものを起こしていたシエンは、魔力が回復してすぐ新たに魔法陣を地面へと刻んでいた。

 シエンの右手がぬるりと魔法陣の中に入り込めば、影のような穴が開かれる。そんな悍ましいとも思える光景を見ながらも、カイデンは肩を竦めて悪態に返した。


「仕方ねーだろ? 破壊規模が規模なだけに、いろいろとやることがあったんだよ。早く魔法陣が書き終わってサボってたテメーとはちげーの。ね、お嬢?」

「……そうね」

「? なんですかい、その腑抜けた返事?」


 どいつもこいつもノリが悪いと、カイデンは顎髭をしごく。シエンの文句はいつものことだが、エリザに関しては、どうもサラマンダーとの戦いが終わってから様子がおかしいように思えてならなかった。

 カイデンですら、普段は小うるさいと思っていた、あの子犬のような威嚇すらなりを潜めてしまっているのだ。いつもの彼女であれば、ここで「そうね、きびきび働きなさいシエン! 減給するわよ!」くらい言いそうなものである。他の帰還組である3人の第五等騎士も不審に思っているらしく、「どうしたんだろう?」「いや、わからん」などと小声で会話していた。


 はっきり言って、張り合いがない。


 サラマンダーと戦う前の蛮勇さはどこへいったのやら。ゴーシューの策謀に喰われてなるものかと必死に足掻いていたはずの少女が、カイデンの目の前にはいなかった。


(ま、これからのことを考えると、そんな余裕もないか。なんせうちの騎士団は総長様に目を付けられたわけだし)


 腰に手を当て直したカイデンは、まるで他人事のように内心で結論付けた。


「おい、目的地はコークシーン騎士団本部に設定してある。我も後から転移の術で帰る故、いつもの場所に身代わりを置いておいてくれ」

「はいはい、分かってるよ。……ったく、便利なんだが不便なんだが分からねー魔法を作りやがって」

「転移のほうが節約できるのだ。文句言うな。お前だけ海に送るぞ」

「やめろ、そいつは洒落にならん」


 そう言ってカイデンが真顔で返すと同時、転送魔法が完全に発動した。黒い影がカイデンたちの足元まで伸びていき、彼らを強制的に穴へと落とす。初めて転送魔法を味わうのか、第五等騎士たちは驚きの声を漏らしていた。

 イドヒの時とは違い、小さいスクロールによる魔法の発動ではない。省略も簡易化も自動化もしていないため、彼ら帰還組の計5名は、そうやっていとも簡単に山城跡地から姿を消すのだった。




 気が付いた時には、焦土の広がる殺風景な景観ではなく、見慣れた光景が広がっていた。

 広大な円形の部屋。天井までの高さは10メートル以上あり、壁は白く染められている。部屋の一角には待機用のベンチがあり、その反対側には大きな窓から外の景色を眺めることができた。


 コークシーン騎士団本部の城内にある「転送の間」と呼ばれる部屋だ。


 カイデンは手を開閉して自分の体に不備がないことを確認すると、ふっと息を漏らした。


「いやーっと、帰ってこれた。はぁ、遠征なんて当分は行きたかねーですね、お嬢。

 ――――で、これはなんの真似ですかい?」


 カイデンがじろりと後ろ目で睨む。

 彼の首先には、ぴとりとエリザの変質した魔剣の刃先が当てられていた。


 その光景を見た第五等騎士らが騒ぐ。

 どうして、何をしているのですか、と。

 しかし、エリザはそれらを聞き入れるつもりはないらしく、さらに魔剣を強く押し当てた。


「ずっと疑問だったのよ……」

「疑問? 何かありましたか、そんなもの」

「あの兄がサラマンダーを暴走させた理由よ。いくら私が負けたことに腹を立てたからって、それだけであそこまでやるとは思えない。……いや、あの生き汚い兄が、自分を巻き込むような攻撃を仕掛けるはずがないわ」

「へぇ、確かに総長様は自爆攻撃はやらなさそうだ。それで答えは分かりましたかい?」

「ええ。良識ある女の子が親切に教えてくれたわ。――――あなた達が謀反を起こしたってね」


 その瞬間、カイデンが後ろに振り返り背中に背負っていた斧を抜こうとする。首元に刃先を当てられていようと、斬るまでに発生するほんの少しの間隙を彼は上手く利用した。

 

 しかし、それよりも早く。

 エリザは巧みな魔剣捌きでカイデンを仰向けに倒すと、その上に乗り眉間へ魔剣を突きつけた。


「無駄な抵抗はやめなさい、カイデン。いくらあなたでも、先に抜いてる私の方が早い」

「…………ま、言い返す言葉もねーですぜ」


 押し倒されたカイデンは、後ろで今も状況について行けていない第五等騎士らを見る。


(偽騎士が公開処刑されている時、運悪く見張りをしていた騎士どもか……なるほど、そいつらなら俺たちと共犯じゃない可能性が高い。だからこのメンツを帰還組にして、シエンと別れたこのタイミングで仕掛けてきたってことですかい)


 頭でよぎる可能性。その企み。エリザが導いたこの采配は、実に的確なものであった。


 実に司令塔に向いている能力だ。カイデンもこの状況になるまで、昨晩の配備状況など思い出しもしなかった。

 カイデンたちの息がかかった連中は、今も山城跡地に残されている。カイデン直属の部下である第二等騎士は現場指揮官として、全員置いてきていた。さらに言えば、もし仮に第五等騎士らがカイデンの味方だったところで、彼女からすればなんの障壁にもならないと思ったのだろう。


 転送の間は城内でも端の方に位置されている場所だ。シエンがいない現状、ここに寄り付く者など皆無に等しい。多少、騒ぎを起こしたところで、カイデンを助けにこれる者はいない。


 人。場所。機会。全てが揃っている。

 エリザがもたらしたこの結果に、カイデンはただ舌を巻いた。


「目的を言いなさい、カイデン! 何を謀ろうとしている? あなたたちは、何をするつもりなの?」

「とぼけんでくださいよ。どうせ、薄々気づいているんでしょ?」

「……」


 見下ろしてくるエリザを見ながら、なおもカイデンは余裕の笑みを崩さない。

 側から見れば、どちらが優勢なのか一目瞭然であるにも関わらず……それでも彼の立ち振る舞いは、それこそが嘘なのではないかと思わせるほどであった。


「そんなに、私が許せないの……?」


 ぽつり、と呟いたエリザに苦悶の表情が映る。


「私が、大隊長になったから……? 兄の威光だけで、あなたたちの上についたから……? 私を陥れるためだけに、彼らは死ななきゃ行けなかったの……?」


 エリザが言う。

 きっとそれは、ずっとこれまで感じてきた事なのだろう。

 ゴーシューが彼女へ嫌がらせをする時、決して彼女だけが不利益を被るようなやり口ではなかった。時として、他の者を巻き込む事案も散見されているように思える。


 しかし、ゴーシューはそれを鼻で笑い返す。


「はっ、違いますぜ、お嬢。それは旦那の個人的な嫌がらせだ。俺たちはそんなもんに関わっちゃいねー」

「……どういう、ことよ?」

「俺たちの目的は別にあるのさ。……俺としちゃ、お嬢にも手伝ってもらいたいんだがね」


 カイデンはそう言うと、笑ったまま眉間に向けられた魔剣など関係ない様子で顔を持ち上げた。

 じゅう、と皮と肉が焼ける音が響く。見ていた第五等騎士らが、困惑の声を漏らした。


「俺たちの目的は――――」


 

「そこまでだ、サルめ」



 その言葉に、誰かは分からないが「ひっ」と細い悲鳴をあげた。

 エリザがゆっくりと声のした方向を見る。カイデンもつられてそちらを見れば、「あぁ……」とうわ言のように呟いた。


「なん、で……」

「私がこの場にいることが、そんなに不思議か?」


 その声、その姿。見紛うはずもない。

 紅蓮の髪をたなびかせ、白と金の鎧を身にまとい、人を見下すためだけに釣り上げられた高慢な眼差し。

 それはまさしく。


「お兄、様……?」


 サラマンダーを暴走させ、人知れず安全圏に飛んだはずの男。

 騎士団総長 イドヒ・A・キルケー。その人であった。

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