48.問題解決の果てに




 今さっき、魔狼が見せた光景はなんだったのか。

 俺がそう思案するよりも早く、押し倒されていたラスティがフードの奥で笑みを溢した。

 

「……おかえりだね、ウォーカー」


 揺らぐ光瞳は隠しているのか、今は普通の瞳をしている。

 俺はまっすぐとその瞳を見つめ返しながら、さっき見せられた光景とはまるで違う少女を見て、毒気を抜かれたように感じた。色々と考えないといけないことは多いが、それでも、自然と笑みが溢れるのを止められなかった。


「……ああ、ただいまだ」


 とりあえず、今は魔狼のことは置いておこう。考えるだけ無駄だというのもある。半信半疑だといってもいい。あの魔狼が一体何者なのか俺には全くわからんからな。

 なぜラスティを押し倒しているのか知らないが、どうやら本当に現実に帰ってこれたらしいのだ。一応、その点に関してだけ言えば、あの魔狼は嘘をついていなかったということになる。


 俺はラスティの上から退いて、彼女を立ち上がらせる。

 現実世界の空は白んでいるようで、もう朝日が昇っていた。長いこと、気を失っていたのか? まぁ、いつ気を失ったか正確には覚えていないため、そこを考えるだけ無駄であろう。

 周りを見渡してみれば、見事に焼け野原であった。煙はおさまったようだが、一面に広がる焦土が続いており、遠くには灰色に覆われた山の輪郭が見えるだけ。

 

 完全に山2つくらいは蒸発してるな、これ。


 山脈地帯をどでかい匙で掬ったかのような跡地に、俺たちは今いるらしい。コークシーン騎士団の連中は、来賓の対応やら、変わり果てた地形の把握やら、負傷者の手当やらで動き回っているようだった。

 俺は、そんな場所のど真ん中で気を失っていた。


「それにしても、あれだな、ラスティ」

「GAO?」

「あそこからまた治してくれたのか。おかげで体が完治してる」


 まぁ起き上がって一番の衝撃と言えば、やはり俺の体についてだろう。半身が焼かれていたのに、今ではサラマンダーと戦う前に戻ったような感覚さえする。

 試しに肩をぐんぐんと回しながら、調子を確認してみた。

 おー、すげー。特に違和感とかもない。


「それについてなんだけどね、ウォーカー」

「なーに言ってやがる、偽騎士。俺のとっておきを使って治してやったんだよ。そこのガキンチョは何もしてねーぜ」


 そうラスティの言葉に覆いかぶせるようにしてきたのは、部下と別れたカイデンだった。こっちに歩み寄って来ながら、奴は盛大なため息をつく。


「あんたが? 俺を?」

「なんだよ、その馬鹿みてーな顔は。そんなに信じられねーのか?」


 俺はそう言われて確認のためラスティを見てみた。


「GAOH……一応、髭の言葉は嘘じゃないんだよね」

「……冗談だろ。あの部下を平然と死地に投げ入れたコイツだぞ?」

「おいおい、俺は勇ましい奴は好きなんだよ。そもそも、あれは自分の地位に胡座かいてやがったってのもある。腑抜けた野郎は、俺たちコークシーン騎士団には要らねーの」


 頭を掻きながらカイデンは疲れたように腰へ手を当てた。

 いやはや、おたくのロン毛頭は一体どこが勇ましいのか小一時間くらい問い詰めたくなるような返しである。でも、それを言ったら影から魔法が飛んできそうなので、俺とラスティは保身のため疑問を飲み干すことにした。沈黙は時に金より勝るのだ。


「……何が狙いかは知らんが、悪かったよ、疑って。本当に治してくれたのなら、素直に感謝するさ」

「いちいち言い方に含みがあんな。まぁ、別に良いけどよ」


 俺の差し出した手を軽く握り返すカイデン。

 それに、と続けて鋭い眼差しを向けてきた。


「先に言っておくが、これで貸し借りはチャラだからな。テメーも俺たちを救ったなんて思うんじゃねーし、俺も思わねー。そこのガキンチョも同じくだ。俺たちはこれで対等。何もない。分かったか?」

「? 私たち、髭になにか貸してたっけ?」

「このガキぁ、言葉ってのが分かってねーのか。物質的な話じゃなくて、恩義とかそういう話だ。わかんだろ、普通」

「GAO?? なにか恩を着せるようなことしたっけって、意味なんだけど?」

「――――!! このクソガキめ! 大人を揶揄うんじゃねー!」

「痛っ、なんで私こんなにキレられてるの!?」


 ゲンコツを喰らわされて、若干涙目になっているラスティ。

 いやまぁ、多分これはカイデンなりの照れ隠しなのだろう。サラマンダーが降ってくると分かった時、一番焦ってたのは誰であろうコイツだったからな。

 自分かシエンか。どちらかしか助からないと思っていた状況の中、ラスティが全員が助かる方法を伝え、そして成し遂げてみせたのだ。口では「ガキンチョ」と小馬鹿にしているように見えて、意外と内心では大いに感謝しているのかもしれない。

 ま、それをわざわざ言うのも野暮ってものだし、俺はわからないふりをしておくけど。


「なぁ、カイデン」

「あぁ? テメーも余計なこと言うんじゃねーぞ」

「どんだけ照れてんだよ……」

「あ”ぁ?」

「いや、すまん。なんでもない」


 少しだけ誂ってみようかと思えば、わりとガチのトーンで返されてしまった。

 こほん、と俺は咳き込むことで一旦茶を濁す。

 ……今マジで人を殺す目だったぞ、コイツ。


「あー、一つだけ言いか? 対等、とあんたが言ってくれたから、俺も進言させてもらうんだが。いくら騎士団総長の祝議だからと言って、地元住人が困るような大規模な魔物避けはやめろ。あんたらのせいで、ベイベリー大森林の生態系が乱れたんだ」

「……」

「たしかに竜狩は面白いと聞くが、それでもドラゴンだけを残して他の魔物を追い出すなんて真似」

「偽騎士、テメーは一体なんの話をしてんだ?」


 俺の言葉を遮って、カイデンがそう問いかけてくる。

 咄嗟に俺はカイデンの顔を見た。すると、本当に何がなんだか分からないという顔で、眉間を顰めながら顎をしごくカイデンが視界に映り込む。


 どう言うことだ?

 

 嘘をついているようなら容赦はしないが、今のカイデンの反応は本当に何も知らないように見受けられる。ラスティの様子も判断材料にしようかと思い、視線を動かそうとした時、カイデンの後ろから新米らしき騎士が走ってきた。


「カイデン卿! 死傷者の数が正確に出せました!」

「ん? ああ……どうだった?」


 カイデンが俺に一瞥をくれると、そのまま新米に報告するよう促した。一瞬だけ、新米騎士も部外者である俺たちの存在に躊躇ったのか、大きく目を見開くも、ともに戦った仲ということなのか、そのまま報告を続行する。


「ええ。大分やられてますね。死者は合計で43名。負傷者は軽傷重症含めて26名です。内訳としては元々駐屯していた騎士40名のうち39名が死亡。我ら本隊からは4名が死亡しております」

「なら、生き残りは来賓含めて30名前後か。意外と生き残ってんな」

「これで意外と、なんですね……」

「あぁ? 戦争となりゃもっと――――」


 俺はその報告を聞きながら、ひとり驚愕を隠せないでいた。

 新米騎士からの報告。そこに、ある不可解な点を見つけてしまったのだ。




⬛︎





 カイデンも俺たちの元を離れて少し経った頃。


「ウォーカー、私たちもそろそろ行こっか」

「ピピィ」


 ラスティがそう声をかけてきた。

 俺たちがしばらく休憩していた時、姿を眩ましていたラックがどこからともなく帰ってきたことで、俺達がここに残る意味がなくなったのだ。戻ったてきたラックはと言えば、体毛が灰に塗れていることから、きっと灰山から食い物でも探していたのだろう。


「……そうだな。そろそろ行くか」


 俺も残る意味はないため、同意を返す。

 腰を持ち上げて、ラスティの言う通り村に帰ろうとする。

 

 すると。


「おい、立ち上がったぞ……」

「お、おおおお前から声かけろよ……!」

「いやいや無理だって……お前から行けよ……!」


 なぜか俺の一挙一動に合わせ、小声で騒ぐという器用なことをする連中が増えていた。


「……なぁ、ラスティ」

「GAO?」

「俺ってなんかしたっけか……すげー見られてるんだが」


 さっきから遠目で、いろんな奴に見られているのだ……しかも嫌悪とかではなく、なんかヨソヨソしい感じである。工業棟で見せ物にされていた時は、もっとこう、人を小馬鹿にしたような目線を投げかけられていたといのに、今では珍種の魔物を見るような目をされているようにすら思える……なんでだ?


「なんかしたって、ウォーカーは大変なことをしてるんだよ? 自覚ないの?」

「自覚がないわけではないんだが……こんな姿だし」


 俺はそう言って自分の姿を確認した。

 上半身裸で、ズボンは右足部分を完全に焼かれており、かろうじて残っているのは腰部分と左足部分だけ。

 

 うん、紛うことなき変質者だ。


「やっぱ、カイデンから服もらったほうが良かったか」

「『絶対に脱がねー、裸のまま失せろ』って言ってたけどね。って、GAO! そっちじゃないよ!」

「ピィ、ピピぃ!」


 俺の軽いとぼけ芸に、カイデンの真似をしたラスティと、その頭の上に乗ったラックは仲良くツッコミを入れた。


「サラマンダーを倒しちゃったんだよ? しかも、最後にはあんな強力な攻撃から生き残って。そりゃー、みんな気にならないわけないよねー」

「んー、そんなもんか? あれくらいなら、第一等聖騎士みんなできそうだが……ただし、イドヒは除く」

「その第一等聖騎士さんの強さは分からないけど、十分異常だと私は思うけどなー……」


 じろーっとフードの奥で俺から自然を外すラスティ。

 すると何かを見つけたのか、「あ」と声をあげるなり走り出してしまった。何を見つけたのやらと思い、取り残された俺は視線だけをラスティが向いた方へ走らせると、エリザが部下に指示を出しながら歩いている姿が映った。


「エリザちゃーん!!」

「っ、ラスティ」


 エリザに抱きつく勢いで近づいたラスティは、目の前で、ききき、と足で急失速した。あまりの勢いに、エリザも驚きの表情である。


「GAOH! 私たち、もう村に帰るから最後に挨拶をしに来たんだ!」

「そ、別に構わなかったのに。……もうあなた達の不法侵入は無罪放免なんだから、好きに帰りなさい」

「んー、でも友達に何も言わず、さよならって寂しいじゃん?」

「友達って、あなたね……私が何をしでかしたのか忘れてるんじゃないの?」

「私とウォーカーを守ってくれた!」

「……もういいわ。うん。それ以上は、私の捻くれた心が持ちそうにないから」


 人知れず浄化されそうになっているエリザと、屈託のない笑顔を向けているラスティを見ながら、俺も近づいていく。

 そういえば、エリザには言わなければいけないこともあったんだった。


「よう、エリザ」

「……目が覚めてたのね、あんた」

「ん? まぁ、おかげさまで」


 なんかコイツも余所余所しいな。俺が話しかけたら、いきなり顔を背けられたんだが。


「まぁ、いいや。それよりエリザ。あんたに教えておきたいことがある」

「……教えておきたいことって、何よ」

「サラマンダーが暴走した経緯についてだ。あんたは気絶したから知らなかったが、イドヒがサラマンダーを暴走させた理由は、カイデンやシエンたちにある」


 俺はそう言って、エリザが気絶してから目覚めるまでの間、何があったのかを詳らかに説明した。

 シエンがイドヒに襲いかかったこと。その理由は騎士団総長に与えられる初代国王の聖遺物奪取であったこと。ゴーシューという男の命令で、それは最初から企まれていたこと。また、イドヒは初めからそれも看破し、コークシーン騎士団を皆殺しにしようと画策していたこと。


 話を聞く過程で、終ぞエリザはこちらを向こうとはしなかった。

 しかし、最後まで話し終えると。


「そう、ありがと。教えてくれて。でも心配は不要よ……今回のことで少しは自信を持てたから」


 とだけ締めくくった。


「エリザちゃん、本当に大丈夫?」

「ええ。大丈夫よ、ラスティ。自分のことは自分でどうにかしてみたいの。……だから、あなた達ももうこちらに関わる必要はないわ」


 エリザのその言葉に、ラスティはまだ何か言いたげだったのか、再び口を開こうとする。

 しかし、それは横やりによって吐かれることは無かった。


「あ、あのウォーカーさん?ですよね!」

「ん?」

「わ、私たち投石隊で助けてもらった者です! 覚えていませんか?」「僕もです!」「あの時に投げ飛ばされ者です!」「あ、あたしはウォーカーさんに砲丸を渡しました!」


 俺に話しかけてきたのは、計四人の男女の騎士である。たしかに最初の女騎士が言ったとおり、投石機のあたりで彼ら彼女らの顔を俺は見ていた。

 なんなら、投石機にセットして打ち上げたことすら覚えている。痛々しい怪我を負っているように見えるが、命に別状はないらしく、顔は元気いっぱいだった。


「あぁ、あんたらか。助かってよかったな」

「はい! 私たち、ウォーカーさんのおかげでこうして生きてられるんです!」

「いやいや、大袈裟だろ。生き残ったのは運と実力があんたらにあったからだ。俺のおかげじゃない」

「け、謙遜までできるなんて……!」「まずい、男なのに惚れそうだ」「いいじゃないか、新しい扉を開くのも悪いことじゃない」「誰だ、このメガネ!?」「し、知らない」


 なんか一人知らないやつが混じってきたが、それでもなんだか周りが騒がしくなりつつある。

 これじゃ、近くで話しているエリザとラスティの邪魔になりそうだ。

 そう俺が心配して、エリザの方を見てみれば、彼女は何とも言えない表情をしながら俺を見つめていた。


「……ずるい」

「は?」 


 訳が分からないが、それだけを漏らすとエリザは離れていく。ラスティもそんな彼女の背と俺の顔を行ったり来たりさせて、「GAO?」と小首を傾げていた。

  ずるいって、なんのことだ?


「ウォーカーさんって、どこに住んでますか!? 今度、お礼も兼ねてお邪魔させていただきたいのですが!」

「え? あぁ、え?」

「お酒は飲まれますか? 僕の家はブドウ畑を持つんですが、酒造も営んでいるんです! なので上質なワインを――」

「あーーー、え?」

「俺は街を案内しますよ! コークシーン一番の商業都市で服を仕立ててもらいましょう! 当然、代金は俺が持ちます!」

「ちょ、いや」

「あ、あたしは! ……特になにも思いつきませんが、なにか恩返しさせてください!」


 えぇーーー……なにこれぇ。

 久々にこのぐいぐい来る感じを味わった気がする。こんなの王都にいたときでも稀だったぞ。ある部下が、いつもこんな感じだったけど、それでも複数人同時はやはり混乱するな。


「えー、こほんこほん!」

「ピィ、ピィ!」


 俺がどうしたものかと四苦八苦していると、横からわざとらしい咳と、ネズミの鳴き声が響いた。

 全員がそちらを見る。

 するとそこには、フードの奥でイイ笑顔をしたラスティがいた。


「ウォーカー、随分と楽しそうだね?」

「…………いや、なんで怒ってんの」

「べっつにーーー、会話の邪魔されたーとか、なんか私より親しげだなーとか、ていうかなんで私はちやほやされないんだろーとか、そんなこと思ったないよ?」

「…………思ってるんですね」


 俺が嘆息しながら納得すると、ラスティのおかげで冷静になることもできた。

 とりあえず、彼ら彼女らには退散してもらうとしよう。


「あー、悪いが俺たちもう帰るんだ。色々と言いたいことはあるんだろうが、またどっかで会った時にしてくれ」

「え、行かれるのですか……? よければ、うちに食客として招いても」

「悪いが、あんまりゆっくりもできん。あんたらだって、これからしなくちゃならんことが多いだろ?」


 地形とか大きく変わってしまったし。

 なんなら、これの影響ででる生態系の乱れをなんとかするために尽力してほしいものである。


「わかりました。無理に引き止めることはできませんね」

「あぁ、そうしてくれると助かる」


 ずっと4人の中で率先して話していた女騎士が頭を下げる。

 それに倣い他の騎士たちも頭を下げると、そのまま彼ら彼女らは上司と思われる騎士の方へと歩いていった。


 俺はその背中たちを見送り終わると、ラスティへと向き直る。


「待たせた、ラスティ。それで、エリザとはどうなった?」

「どうもなにも、あれから特に話は進んでないよ。……大丈夫かなー、なんか元気なかったよね、エリザちゃん。どうしたんだろ?」

「そりゃーまぁ……あいつは確実に審問会に掛けられるしな、この先のことを思うと胃が痛くなるんだろ」


 それに、と俺は思う。


(部下が総長に謀反したとなれば、その牙がいつ自分に向くかも分からんわけだしな……クーデターが起きれば、真っ先に狙われるのは、間違いなくイドヒと血縁関係でもあるエリザだ)


 そんなことをラスティに馬鹿正直にいえば、彼女がどんな反応を示すかくらい、俺にもわかってきた。きっとエリザを助け出そうとすることだろう。

 だが、本人がそれを望んでいるとは、俺には思えない。

 というより、エリザもイドヒに虐げられていた側の人間であることは、彼女が口にしていないだけで分かりきっていることだ。もしかしたら、ゴーシューらと組んで、イドヒ打倒に邁進する方が幸せなのではないかとすら思う。カイデンもカイデンで、エリザをどことなく気に入っていたようだから、下手なことはされないだろう。


 となれば、やはり目下の問題は……。


「審問会かぁ……それは力になれそうにないなー。……仕方ない、エリザちゃんも気にするなって言ってたし、私たちも村に帰ろっか、ウォーカー」


 そう笑顔を向けてくるラスティを見ながら、俺は脳裏に焼けついた光景を忘れられずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る