47.??との邂逅




【Side シルヴェスタ】


 突然ですが、問題です。


「……」


 サラマンダーを倒したと思ったら、何もない真っ白な空間。

 さて、これの理由はなんでしょーか?


「……ふむ」


 脳内で悪ふざけをしながら、俺はひとまず状況を整理する。

 さっきまでサラマンダーと対峙していた俺は、吹き飛ばされた山の中心に立っていたはずだ。それなのに気が付けば、ここに立っていた。試しに声を出しながら俺は腕を組む。どうやら自由に体も動かせられるらしい。


 ……いや、おかしいだろ。

 俺はきちんと、サラマンダーを討伐できていたはずだ。攻撃直後のサラマンダーへ攻撃するため、半身は魔力で守ることを放棄したが、それでも命に別状はなかったはず。

 それに、最後の一撃をサラマンダーに叩き込む寸前だったのすら(なぜか知らないが、トドメをさす前に、サラマンダーの体は崩壊したけど)記憶にあるぞ。なんなら、防御魔法内でラスティが俺に手を振ってたのも見えたな。


 でも、気がつけば知らない空間……。


「いや、なんでだよ」


 俺は頭を抱え、その場で蹲ってしまう。

 もはや考えられることは、あれだ。トドメをさした直後は平気だったけど、気が抜けたと同時にぽっくり逝ってしまいました、みたいな感じのあれだ。

 

「うわー、まじか……まじなのか、シルヴェスタ」


 全く死ぬつもりがなかったんだけど、想定が甘かったか? あのくらいじゃ、自分は死なないだろと思ってたけど、俺が思ってたよりも俺って貧弱だったのか? 実は結構、無理をして体を動かしていた感じか?

 というか、もう、恥ずかしい!

 あれだけ、感動的にラスティに大丈夫って言い聞かせたのに、死んだとかめっちゃ恥ずかしい! 顔面から火ぃ出るわ! 絶対俺の死体を見たラスティ、死んだ鳥の目で俺を見下ろしてるだろ!


「……くそぅ、死んだ後に精神ダメージとか、どんなオーバーキルの仕方だよ」


 俺は、はぁ、とため息を吐きながら立ち上がる。

 仮に死んでしまったとしたら、この白い空間は俗に言う死後の世界とやらなのだろうか。王国教では、死者は初代国王がつくった理想郷招かれると言われているが、もしかしたらこの真っ白の空間こそ、理想郷の入り口だったりするのか?

 それにしては随分と味気ない……というより、何も無さすぎだろ。

 俺の普段帰らない屋敷の方が、まだ物があるぞ。


「……とにかく、ここがどこだろうとやることは変わらん。どっかに現世へ繋がる穴とかないかな。それがあれば、イドヒを祟り殺してやれるんだが」


 このままじっとしていても、どうせ何も現状は変わらない。

 だったら、俺はさっさと歩き出してしまうことにする。

 もしかしたら、口にした通り現世に化けて出られるかもしれないし、そうでなくても、イドヒだけは俺がこの手で道連れにしてやろうと思った。


 まだまだ、やることがいっぱいだと気合を入れ直して、さあ一歩。

 地面か大気かガラスかも分からない足場を踏み出そうとすれば。


「汝はじっとできん男じゃな」


 唐突に、そう声をかけられた。


 俺は声のした左側へと顎を逸らす。

 そこには、羊の角を持ち、白い毛皮を被った四足歩行の獣が、実に呆れたような面持ちをしながら、その場で座っているのが見えた。


「魔狼……?」


 思わず、俺がそう呟きを漏らす。

 魔狼――と言ったように、目の前で座っている獣は、羊角を生やした白狼にしか見えない形をしていた。尻尾は二又に分かれており、瞳は紅い。体長もかなりでかいのか、すらりと伸びる背筋だけでも、ラスティと同じくらいの大きさがあった。


 ……よく分からんが、襲ってくるわけじゃないのか?

 

 人語を介す魔物はかなり知能も高いと聞く。しかも完璧に意思疎通ができるレベルとなれば、かなり高指定の魔物だ。発声がスムーズというだけで、魔法詠唱をしてくる可能性があるのも、指定を跳ね上げさせる要因の一つである。今、襲い掛かられたら普通にヤバい存在なのは間違いなかった。特に魔力が欠片も残っていないこの状態の俺では、どこまでやれるか未知数だ。


 となれば、残された手は一つ……。


「なぁ、あんた。ここがどこか知っているか?」


 敵対するのではなく、友好的な会話を試みる。

 相手が何でもかんでも「人間? ああ、皆殺しね」みたいな、頭イドヒじゃなければ、話くらい通じるだろう。というか、通じないと困るので、なんとか通じて欲しいと切に願う。


「……」

「……あの、聞いてる?」

「……」

「おーい、聞こえてるのか?」

「……」

「返事くらいはしようぜ……!」

「……」

「あーそうですかッ! 答える気がないんですね! そっちから話しかけておいてよ!」


 願いとはなんと無情であろうか。どうやら俺の魂胆は丸見えらしく、魔狼は微動だにしてくれないらしい。それどころか、完全に視界から外されているような気さえする。こっちを見てるのに、こっちを見ていないと言えばいいだろうか。

 とにかく、なんだか気味が悪い感じがした。


「はぁ……ま、魔物に助けを求める方が変か」

「知っているといえば知っているし、知らぬといえば知らぬ。ここはが作り出した物ではない故な」

「え?」


 と、俺がさっさと諦めて踵を返した時、いきなり魔狼が返事をしてきた。

 なんだ、もしかして俺と魔狼の間に時差でも存在するのか? そう訝しんでみるも、それだと俺に最初に話しかけてきた時のタイミングが納得いかないし、さっきまで呼びかけも今聞こえているはずである……こんにゃろう、もしかしなくても意図的に俺を無視してやがったな。


 けれど、魔狼は俺の怪訝な表情など気にした様子もなく、4本足で立ち上がると、こちらへと近づいてきた。


「汝の知りたいことは、ここが何処かではなく、今の状況について、じゃろう?」

「……その通りだが、なんだよ。教えてくれるのか?」

「汝が死んでいないのは確かじゃ。ここは理想郷などとは程遠い埒外の世界。水平線に至るまで何も無い『侘しいだけの世界』であるからの」


 魔狼はそう言って、俺の横に並ぶと鼻先で水平線と思われる彼方を指し示した。

 とは言っても、この真っ白な空間で、一体どこからどこまでが水平線なのか、そもそも果てはあるのかすら分かったものじゃない。ただなんとなく、そういった境界線でも引かれているのだろうかと、俺はそう思い目を細めてみた。

 結果は言うに及ばず、特に何もなし。

 ただの純白だけが広がっているだけだった。


「あんた。ここを埒外の世界って言ったが、つまり、ここは現実ではないってことか?」

「汝の元いた場所を現実と呼ぶなら、そうじゃな」

「……どうやったら戻れる?」

「どうもない。なにもせんでも、汝はじき戻される」


「ここでは、そういう決まりじゃ」と、つまらなさそうに魔狼は伸びをした。

 しかし、俺からしてみたら、これ以上ない朗報だ。流石にあのまま死んでましたというのは、カッコ悪すぎる以前に申し訳無さが勝ってしまう。特に俺を止めに来ていたラスティとエリザには、死んだあとも罵声を浴びせられるイメージが容易に想像できた。

 

「っ! そうか、よく分からんが戻れるならありがたい……!」

「戻ったところで、汝にとっては嬉しくはなかろうて。なんせ、半身が死んでおった。腐った人間の匂いがしていたのを、汝も気がついておったじゃろ。蜥蜴を殺すためとは言え、随分な無茶をしておったな」

「なんだ、あんたもどっからか見てたのか。まぁ、体の半分くらい安いもんだ。俺にはやらなくちゃならんことも、やりたいこともあるからな」

「……で、ありんか」


 俺の返しを聞いて、どこか納得した様子の魔狼は、そう呟くと少し前に出る。

 そして少しだけ遠いところを見るように視線を投げてから、再びこちらに振り返ると、ゆっくりと羊角の生えた頭を出してきた。


「……戻る前に、ひとつ汝に教えておきたいことがある」

「? なんだ、頭なんか出してきて」

「よいから、汝も頭を出せ」


 なんか時々変な言葉を使う魔狼の言葉に、俺は幾分か悩んだ後、渋々従うことにする。ここで変に癇癪を起こされて、戦う羽目になる方が嫌だしな。

 頭を前に出してみれば、「もっと下じゃ」と言われたので、中腰に屈んでから、俺はもう一度頭を突き出した。注文の多いやつめ。


「こうか?」

「うむ、良い」


 納得がいったのか、「では」と魔狼の言葉が吐かれると同時、こつんと俺の頭と魔狼の頭が合わさった。


 強い衝撃は加わっていないはずなのに、頭の中に音が反響するような感覚を覚える。波紋ひとつもない綺麗な水面に、一滴の滴を垂らしたかのような静けさと、騒がしさだ。徐々に小さな波は大きく拡がり、俺の脳内にナニカを伝えるような感覚が忍び込んできた。


「っ」

「まだじゃ」


 咄嗟に頭を引こうとした時、魔狼はそう告げる。

 これは、言う通りにしていいのか……!?

 分からない。魔狼から俺への敵意は感じ取れない。

 生命の危険も感じなければ、なにか嫌な予感がするわけでもない。ただただ、気色悪さはあるものの、それ以外を除けば特段おかしなことはなかった。


 だが、そんな俺を嘲笑うかのように、魔狼はゆったりとした口調で、俺にこう告げるのだ。


「汝、目的を成したければ、疾くあの光る瞳を遠ざけよ。さもなくば、悲惨な結末を汝は迎えることになるだろうて」


 言われた内容がしばらく理解できず、しかし、二の句を継がせない勢いで、”俺の頭の中に映像が傾れ込む”。その怒涛の勢いに押され、ようやく脳内で情報が整理した時、これはどういう意味かと問い詰めようと頭を上げてみれば…………。



「GAO!? ウォーカーが、いきなり動き出した!?」


 

 なぜか俺が、ラスティを押し倒すような態勢をしているのだった。

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