44.炎星、堕ちる 前編
【Side エリザ】
ウォーカーの一撃により、サラマンダーの体が消え去った。
あの竜の最期は、本当にあっけなかったと思う。地面に倒れ込んでいた私も、その隣で見ていたカイデンも、言葉がないくらいだった。
ウォーカーが異常だったのか、それとも瓦礫から這い出てきたサラマンダーがあまりに弱かったのか。それは、側から見ていた私には分からない。けれども、あの竜があっさり死んだことに、心底ホッとしたのは間違いないことだった。
そんな私の気持ちを代弁するかの如く、サラマンダーとの激闘を見ていた生き残りの部下たちが、おもむろに声を漏らす。
「おい……これって、サラマンダーを倒せたって事でいいのか……?」
「わ、わかんねーよ。でも、何も飛び出してこないってことは、つまり……」
「まじか、まじかまじかまじか……! じゃあ、俺たちは生き残れたってことだよな!?」
そいつらの言葉を皮切りに、徐々に皆んなが実感を持ち始めたらしかった。
喜びのあまり叫ぶ者。事切れたように倒れる者。極度の緊張から解放されたせいで咽び泣く者。いろんな形相、いろんな様態で、それぞれが死地を乗り越えたことに安堵していく。
(あぁ、よかった……)
かくいう私も、どっと疲れが噴き出してきたようだ。
立ちあがろうと思ったけど、どうにも足に力が入りそうにない。かなり魔力も体力も消耗してしまったし、当然と言えば当然だけど。でも今は、こんな私でも、ここまでやれたんだという嬉しさの方が勝ってしまう。
(少しは、憧れの人に近づけたかしら……)
「大隊長!?」
「大丈夫ですか、大隊長!!」
(フフ、可笑しいわね……部下が、私のことを呼ぶ声まで聞こえてくるわ)
いつもコークシーン騎士団内で嘗められている私に、なんて耳触りの良い幻聴であろうか。こんな心配をしてくれるような呼びかけなんて、ついぞ聞いたことがない。
コークシーン騎士団では、私は腫れ物のように扱われていたもの。ただ兄が優れていただけで、私自身はとてもじゃないけど、大隊長に収まるポストにはいなかった。
(どうやら、サラマンダーとの戦闘で、聴覚もダメになったみたいね。……あの化け物め、私の耳まで破壊しやがって)
内心で、そう文句を垂れながら、私はもう一度立ちあがろうとする。
こんなところで情けない姿を見せたら、どんな風に言われるかわかったものじゃない。特に、ゴーシューの懐刀でもあるカイデンなんかには、弱気なところは見せたくなかった。
しかし、無理やり立ちあがろうとした反動で、私はその場でふらついてしまう。
あ、これはダメなやつだ。
私は瞬時にそう思った。手をつく暇もなく、たぶん顔から地面へと逆戻りしている。できれば、擦り傷くらいで済んでくれるといいなー、なんて他人事のように思いながら、私は疲れのあまり顔面に力を入れることもせず、そのまま身を任せるように倒れようとした。
しかし、そんな私を誰かが支えてくれたらしい。
ふと見ると、数人の部下の騎士が、私を心配そうな顔で眺めながら、体を支えてくれていた。
「は……? な、んで?」
「なんでって……大隊長は私達を命懸けで助けてくれたじゃないですか! そんな人に肩を貸せるなんて、自分光栄ですよ!」
「俺もです!」
「俺も」「僕だって肩を貸しますよ!」「いや、ここは私が!」「ええい、黙れ! 貴様らは元ゴーシュー派閥であろうが!」「お前こそ誰だよ、クソメガネ!」「なんだトゥ!!?」
いきなり、揉め始める部下たち。
誰が私に肩を貸すか、とか。誰が私を治療するか、とか……本当にくだらないことで争っていだしている。たかが、命をかけて助けてあげただけなのに、というより、私が死地に送り込んだに等しいのに……。
それなのに。
「――バカね」
「大隊長?」
「本当に、本当にバカね、あなたたちは。……私なんかのことで――――そんなくだらないことで争って、どうするのよ」
肩を借してくれた部下たちから私は離れると、すぅ、と軽く息を整える。
そして、頭を下げた。
「ごめんなさい、皆。私のせいでいっぱい傷つけたわ。死人も少なくない数を出してしまった」
初めて、部下と腹を割って話したような気がする。
いつも真面目にやらなくちゃと。不甲斐ないところは見せないようにしなくちゃと。自分を装って、偽って、無理をして。多分、本部にいた時の私の顔は、常に死んでいたことだろう。それか、気難しい顔をずっとしていたに違いない。
この謝罪には何の意味もない。
サラマンダーを倒そうと決め、命令したのは私だ。
部下の指揮を取ったのも私だ。
私が部下たちを死地へと誘い、そして危険に晒したのも全部私だ。
そんな状況下から助けたと言って、何の慰めになろうか。ひとり芝居もいいところだ。罵声を浴びせられる義務はあれど、尊敬される資格はない。
それなのに、部下たちは僅かばかりの沈黙を返すばかりか――。
「何言ってるんですか、誰も大隊長のせいだなんて思ってないですよ」
――あっけらかんとした態度で、そう返してきた。
私は咄嗟に顔を上げる。
一体、どんな顔でそれを吐けたのか、疑問に思わずにはいられなかったからだ。
しかし、そこに広がっているのは、誰も、本当に誰1人として、私を恨んでいないような顔ばかりが並んでいる。目の前に佇む女騎士も、その隣にいる男騎士も、その奥にいる奴も、そんな奴に体を支えてもらっている重症の騎士も。
みんな、みんな、みんな……。
なぜか満ち足りたような優しい笑みを、私に向けてくる。
「……そっか……うん、ありがと。少し気が楽になれた気がするわ」
だからだろうか。私がそう感謝を口にすれば、自然と微笑みも溢れた。
初めて、笑えたような気がした。
大隊長に就任されてから、初めて。部下たちの前で笑えたような気がした。
すると目の前にいた騎士たちは、なぜか皆んな固まってしまった。
……なんで?
何か変なこと言ったかしら。
私がそう悩むよりも早く、部下の1人が声を上げる。
「大隊長がデレたぁーーーーーーーーーーー!!?」
「明日は槍が降ってくるんじゃないかーーーーーーー!?」
「おい、みんな! 今すぐ地下壕に避難するんだ!!!」
「だめだ! おおよそ半数近くが、初めて見る大隊長の笑顔にノックアウトうされている!」
「まぁ、普段ツンケンな大隊長様が満点の笑顔を見せたんです。そりゃ、死人くらい出ますよ。え?お前は無事なのかって? むふふ、野暮なことを。かくいう私も、もう限界です。あとは任せましたよ。では、失礼して――――じぬ”」
「おい、クソメガネーーーーーー!!!」
「…………なんでよ」
なんか知らないけど、私の目の前は阿鼻叫喚になるのだった。
■
ちょっと意味不明になった部下たちを置いて、私はウォーカーを探した。サラマンダーを倒したとわかった途端、後ろの方で引っ込ませておいた騎士たちが、一斉に雪崩れ込んできたせいで、今じゃあ戦ってた場所はちょっとした人間氾濫を起こしている。
カイデンもいつの間にか、姿が見えなくなっていたし、シエンに関してはいつも通り、また姿を消したらしい。まぁ、別にあいつらと話したいことは無いからいいんだけど……ちょっとくらい、こう、なんというか、お疲れ様的なものを皆んなでやっても良いじゃない……? 流石に薄情すぎるっていうか、なんというか……。
いや、別に、私はやりたいとか思ってないんだけどね。
「あ」
そうして、話しかけてくる部下も捌きながら、私が適当に人垣を割って歩いていると、そいつを見つけることができた。
銀色の髪をした、上裸の男――ウォーカーだ。
どうやら何人かの女騎士や、若手の騎士に囲まれているらしい。
……ふーん。不法侵入者のくせに、いい
「何してるのよ、あなた。早く、ラスティのとこ行かなくていいの? あの子、また拗ねてもしらないわよ」
「……エリザか」
ひとまず、私は浮かれない顔をしているシルヴェスタにそう声をかけた。
彼も私の方に気がついたのか、こっちを見ると「あぁ。そうだな」と生返事で返してくる。
おかしい……ラスティの名前を出したら、血相を変えたりする男のくせに、今はなぜか心ここにあらずと言った様子だ。それも、別に目の前の騎士たちが原因というわけでもなさそうである。
どこか怪我をしたのかしら?
そう思って、ペタペタと体を触って確認してみるけど、怪我らしい怪我もないときた……。
「おい、あんた。急に人の体を触り出して何してんだ」
「え、いい腹筋してるなって――――じゃない! なんか、ぼーっとしてるみたいだったから、怪我でもしてるのか心配しただけよ! ほんとほんと」
「にしては、触り方がエロかったぞ」
「エロっ――――!?///」
ウォーカーに半目で睨まれたため、私は「おほほほー」と言いながら、誤魔化すことにする。確かに、少しいい筋肉しているなーと思いながら触らしてもらったけど、本当に怪我してないか心配だったんだし……うん、嘘はついてないわ!
「あ、それより、ウォーカー。私の魔剣知らない?」
と、危うく忘れるところだった本題を聞いてみた。
私がウォーカーを探していたのは、半分、自分の魔剣を探すためだ。最後にサラマンダーと対峙した彼なら、奪われていたレーヴァティンがどこに行ったのかも見ているかもしれない。
そう考えたから、聞きにきたのである。
「たしか監視塔が降ってくる時までは、刺さってたわよね? でも、瓦礫に埋もれて、あの蜥蜴が出てきた辺りから見失っちゃったのよ。本当どこいったんだか、反応も感じ取れないし……って、どうしたの?」
「…………まじか」
「まじかって……いきなり何よ、空なんか見上げちゃって」
私が魔剣のありかを聞いていると、シルヴェスタが血相を変えていることに気がついた。
もしかして、私の魔剣をパクろうとしていた、とか……? だから今、魔剣の所在を聞かれて焦ってるってことなんだろうか。
いやいや、あの兄ならともかく、ウォーカーやラスティがそんなことをするとは思えない。ラスティは魔女で良い子だし、ウォーカーはこうなんと言えばいいか分かんないけど、とにかく凄い人だ。
きっと何かの間違いだろう。例えば、そうね……間違えて魔剣を壊しちゃったとか、そんな感じ。
って、それはそれでやばいんだけど。
「ウォーカー、怒らないから、ちゃんと説明しなさい。私の魔剣、壊したでしょ? 今なら金貨5000枚で許してあげるから、正直に吐け」
「……はは、まだそのぼったくりの方が可愛く思える」
「? どういう意味よ、それ」
私を見たウォーカーは、一瞬だけ悩んだような素振りを見せると、すぐさま虚空に向かって叫んだ。
「おい、シエン!! どっかにいるんだろ! 今すぐ、イドヒにした長距離転送魔法で、ここにいる全員を飛ばせ!!!」
その言葉に、私の影からぬるりとシエンが頭を出す。
うわっ! と思わず私は声を漏らして、後ずさってしまう。お願いだから、いきなり人の足元から出てこないでほしい。すっごく心臓に悪いんだから……これ。
「いきなり何だ、偽騎士。我はもう眠い」
「いいから! 時間がない!っg」
「おいおい、一体こいつは何の騒ぎだ? 折角の祝勝ムードだってのによ」
さらに奥から、姿を消していたカイデンが部下を連れて現れる。頭に包帯が巻かれていたり、足にも治療魔法の跡があることから、多分、部下に連れられ、治療させられていたのだろう。
痛々しいとも思える姿に、一瞬、他の騎士たちが顔を歪めるが、カイデンは慣れたものなのか、気にした様子もなくウォーカーへ歩み寄る。
「なに焦ってんだ、偽騎士? もう、あのクソ蜥蜴は殺したじゃねーか。今更、そんな焦ることも」
「……ずっと、手応えがおかしいと感じていた」
「あ?」
ウォーカーはサラマンダーの心臓を潰した右手を開閉し、最後にグッと力を込める。
「手応えが、あまりにも”軽すぎた”。あれだけ強力な奴が、こんな簡単に潰れるのかと、何の抵抗もなく倒されてくれるものなのかと……でも、今エリザの話を聞いて確信した」
「私の話? ……それって、魔剣がどこにあるかって?」
「ああ。ずっとおかしいと思っていたんだ。サラマンダーが後半、レーヴァティンの妨害を跳ね除けているようにも見えた。あれは、多分、乗っ取りに成功しかけていたということだ」
話が見えてこねぇ、とカイデンが不機嫌そうに言う。
しかし、シエンは何やら察し始めたらしく、軽く舌打ちをしていた。
「つまり、何が言いたいんだ、偽騎士。お嬢の魔剣が見つからないってだけの話だろ?」
「違う。ラスティから少し聞いた、四大精霊の本来の生態。あれは強大すぎる自身を世界に留まるため、その世界にある箱を依代として利用しているらしい。その箱は、大抵は生物の心臓らしいが、その心臓さえ壊してしまえば、サラマンダーは死に近い状態に陥らせることができる。竜の姿であろうと、蜥蜴の姿であろうと、例外はない」
「だから、それがどうしたってんだ」
「入れ替えんだよ。俺の潰した心臓から、次世代の心臓へと入れ替えやがった。そんなことができるなんて、誰も知らない。俺だって確証はなかった」
ウォーカーはそう言って、鬼気迫る面持ちで上空を見上げる。
「誰が予想できる? 魔剣が、精霊の心臓になるなんて……俺には無理だ、そんなバカみたいな発想でてきやしねぇ。でも、あの竜はやりやがった。それが、あれだ。さっき、まさかと思って見てみたら、あれがあった」
その言葉に、一体何があるのか気になった者は、皆揃って空を見上げ始める。
しかし、特に何か変なものは見当たらない。他の騎士たちも首を傾げて「何か見えたか?」「さあ?」なんて言い合いをしている。
けれど、ウォーカーがそんな無駄な嘘をつくとは思えない。無意味に人を混乱させるような真似、するとは信じ難い。
だから、私は回復してきた魔力を使って、視力を強化してみる。ずっと、奥。薄く広がる雲よりもさらに上。満点の星空が広がる一角に、そいつは居た。
「は?」
思わず、そんな言葉が出た。
ありえない。ありえてほしくはない。
けれど、そこにはそいつがいる。
はるか上空に滞空している炎の玉星。囂々と燃えるその死の球体は、赤く、黄色く、白く、尽くを焼き尽くすように燃え盛っている。玉の中心には、見覚えのあるモノが空中に突き刺さっているように浮かんでいた。
劫火の魔剣――レーヴァテイン。
私が担う魔剣であり、少し前まで、あのサラマンダーに突き刺さっていたはずのもの。 それを中心とした火球は、さらに一回り大きくなる。
「……クソ、まじかよ……シエン。長距離転送は本当にねぇのか?」
見上げていたカイデンも、顔色を悪くしながらシエンに聞く。あんなものを見てしまったら、誰だって血の気が引くだろう。
カイデンに聞かれたシエンも、忌々しいと言った沈痛の面持ちで「ない」と断言した。
「そもそも、イドヒを送った時点で、我の手持ちはほぼ底を尽きた。残っているのは、逃走用として取っておいた1人分だ……カイデン、これはお前が使え。本部に戻れるよう設定してある」
「はぁ? 何言ってんだ、テメー。いつもの不真面目さはどこ行きやがったよ。俺にはトッテオキがあんだっ、テメーが使え! ゴーシューさんにはテメーが必要だろうが!」
「お前こそ、強がりはよせ。あれは目測だけでも、この山岳地帯ほぼ全てを吹き飛ばす。そのトッテオキごと燃やされて終わりだ」
「っ、じゃあ、テメーなら残ってなんとかできるって言いてぇのか、あ”ん!? あんなもん、どこに逃げようと、誰が残ろうと、死亡確定だろうがぁ!!」
聞いていて、耳が痛くなるような叫びだった。
カイデンの怒りはまだおさまらないのか、それに、とシエンの胸ぐらを掴んで続ける。
「ここの地下壕には避難させた来賓がいる! ここでそいつらを殺される方が、これからのゴーシューさんに取っては痛手だって、テメーも知ってんだろ!? 俺が命はってでも、あれらを守らねーといけねぇだろうが!」
「お前が残って何になる。肉壁なんぞ、あれの前では薄皮一枚と変わらんぞ」
「うっせぇ! 薄皮の力舐めんじゃねーぞ、青二才が……! 死んでも、一命を取り留めさせるくらいは、してやんよ!」
それだけを言うと、カイデンは掴んでいたシエンを放り投げるように手放した。
(こいつら……私が上司ってこと完全に忘れてるわね)
男たちの泥臭いやり取り見ながら、私は内心で吐露する。
まぁ、別に今に始まったことじゃないから良いけど。でもいくつかは聞き逃せない会話があったような気もした。
全く嫌な雰囲気ね……。
さっきまで、勝ったと浮かれていたのが、まるで嘘みたい。今はただ、静まり返った重苦しい空気だけが山城内を蔓延っている。誰もが、生きることを諦めてしまっている。そんな感じだ。
(なのに、やっぱあんただけは、まだ諦めないのね……)
予断なく空を睨み続けるウォーカーを見ながら、私はぎゅっと胸の位置で手を握る。
そんなことありえないって、自分が一番よく分かっているのに。
似ている、なんて思うのは烏滸がましいかもしれいないのに。
それでも、か弱い私がずっと囁き続けるのだ。
絶対に無理だと思っていた。誰も成し遂げられないだろうと思っていた、悪辣な兄イドヒの打倒。それをいとも簡単にやってのけるのは、自分の憧れの騎士以外にはありえないと、諦めていたのに。
(……ねぇ、ウォーカー。やっぱり、あなたがそうなの?)
だからこそ、彼こそが、と願ってしまう。
どんな逆境をも跳ね返す不屈の精神。どれだけ絶望的であろうと、冷静に、力強く、その背中を見るだけで安心してしまうような存在。
王国最強と謳われた、姿なき英雄。
その憧れの存在こそが、ウォーカーであってほしいと私は願わずにはいられなかった。
しかし、それと同時――。
「GAO、私にいい案があるよ」
――そんな彼に大切にされる
「あ? ガキンチョは引っ込んで、ヤギの乳でも吸ってろ。邪魔だ」
「ひどっ!? ひ、久々の登場だってのに……私だってなー、やる時はやるんだかんなー!」
「ああ、はいはい。偽騎士、これを早く黙らせろ。聞いてるだけで、イライラしてきた」
「GAOH、人を音が出るゴミみたいに……! この髭! 悪人ヅラ! いーだ、お前だけサラマンダーに焼かれて死んじゃえ!」
「テメーも口の悪さは人のこと言えねーだろ、誰が髭だ。ブッコロっそ」
いきなり、後ろから現れた幼い子供の声の正体――ラスティは、カイデンのそっけない一言に傷ついたのか、捲し立てるように抗弁を発射していた。
足はまだ治療しきれていないのか、短杖を大きくして体を支えている状態なのがわかる。なぜかフードを被った頭には、ウォーカーと一緒に独房にいたウサギサイズくらいのネズミが乗っけられていた。
「誰だ、あの子供?」「知らねーよ、たしか鉄檻に入れられてた子だろ」「あんな見窄らしいガキを信用して良いのか?」「身なりも貧そうだし、信用はできねーよな」
しかし、そんなラスティには他の騎士たちも否定的なのか、皆伝以外にも、ほとんど全員の騎士が排他的な視線を投げかけている。
死に体のウォーカーを助け出した時は、私とカイデンと、一部の彼直属の部下しかいなかったんだし、まさかこんな小さい子もサラマンダーと戦っていたなんて思わないか……。
今ここでそれを説明したところで、信じてくれる者はどれだけいることか。ラスティも周りの反応はどうでも良いのか(強がっているだけかもしれないけど)、ウォーカーのところへ逃げるように近づいていってしまった。
近づかれたウォーカーは、ラスティを見るなり、少しだけ表情を緩める。
私はそれを見て、きゅうっと胸が締め付ける感覚を覚えた。
「ラスティ、本当に方法があるのか?」
「GAO、勝算は五分五分だけどね」
よいしょ、と言ってラスティは体を支えたまま杖の石突で地面に絵を描き始める。
かなり分かり易い絵ね……。
火球になっている私の魔剣と、いま地上に立っている私たち。それと地下壕と思わしき場所を描いている。
それを見たウォーカーとカイデン、それにシエンは、何故か絶句したように固まっていた。
「見たところ、多分、あのサラマンダーが降ってくるのに5分ってところかな? その間に、私たちはさっさと地下壕に入って、防御結界を張ればいいんだよ」
「…………はっ!? すまん、ラスティ。一瞬、
「もー、ちゃんと人の話は聞かなきゃ、めっだよ、ウォーカー。いい? サラマンダーが降ってくるのは、魔力の充填速度や、あの魔剣が展開している魔法式からして、5分くらい。私たちはその間に地下壕に籠りながら、防御結界を張るの! 分かった?」
ウォーカーにそう説明し終えると、次はカイデンが現実に戻って来れたらしく、追撃で質問を飛ばす。
「待て待て、ガキンチョ。そもそも、その猶予が本当だとしても、5分以内にあれを防げる防御結界を張れる訳ねーだろ?」
「GAOH……そこは問題ないんじゃないかなーって。この山城内にあった元々の防御魔法は、すっごく強いみたいだったし、それを地下壕を覆うサイズに今は縮めてるんだよね? なら、それを第一の壁にして、地下壕に元々施された古い防御魔法を第二の壁。そこからさらに、今から第三の壁として、古い防御魔法の内側に障壁魔法を張る。そうすれば、大幅な時間短縮ができると思うんだよね」
「……っつー、テメーの言いたいことは分かった。だが、本当に防げる確証はあんのか?」
「ないよ。言ったじゃん、五分五分だって。今のサラマンダーは天災指定の魔物と遜色ない一撃を放とうとしてる。それを防ぐなら、正直心許ないくらいだよ。でも、これ以上の策はないと思ってる」
フードの奥から覗く瞳。
それと視線をかち合わせたカイデンは、少しの間、無言で返した。
「……チッ、分かった。テメーの策に乗ってやる。指示を出せ」
「いいのですか、カイデン卿?」
「ああ。おい、他の騎士らも、このガキンチョの言うことを聞け! 死にたくねーなら、必死になって働け!」
ちょ、またこいつは……! 私を差し置いて、どんどん決めていく!
でも、ここで口出しできる空気感でもないし……あー、もう! 折角、いい感じに部下に慕われてきたかもって思い始めたのに!
「GAO、じゃあ、早速なんだけど、私と魔法式を書いてくれる人が欲しいかなーって」
「…………気に食わないが、背に腹は変えられん。我も手伝おう。貴様の言うことは、理にかなっている」
「えー、なんかすっごく嫌そう……私なんかしっけなー……」
私が頭を抱えていると、最後にようやく現実に戻ってきたらしいシエンが名乗りをあげた。ラスティの言葉を真似する訳じゃないけど、すっごく嫌そうな顔をしながら。
……まぁ、シエンは誰かと共同作業なんてできそうな奴じゃないしね。
そうやって、テキパキと大人顔負けの指示を出していく中、ラスティにウォーカーが尋ねた。
「ラスティ、俺は何をしたらいい?」
「GAO、ウォーカーはそこら辺で踊っててくれる? あ、クラーケン踊りはなしね」
……もしかして、これふざけられてる?
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