42.火竜 耐久戦
『しゃーない。俺が時間稼いできますか。その間に、お嬢らは、あのクソ蜥蜴を倒す方法考えてくださいね』
そう言い残したカイデンは、エリザとシルヴェスタ、ついでにシエンを残してサラマンダーへと一人立ち向かいに行った。
少し離れたところから響く轟音。それは、サラマンダーが山城の上空を旋回しながら、目障りなカイデンめがけて、火炎玉を容赦なく落としている音である。まるで爆撃機のような苛烈な攻撃を、カイデンは地上で走りながら避け、時には弾き、時には爆炎と暴風に煽られていた。
そんな光景を見ながら、頭を抱えているエリザは吐露する。
「倒す方法って言ったって、私は魔剣を奪われてるし、ウォーカーは魔力を練る制限があるじゃない……完全に詰みだわ」
「我もそう思う」
土壁の裏にいたシエンがエリザの言葉に食いつくよう肯定した。
第一等騎士が数人がかりでも、御しきれなかったのだ。サラマンダーの強さは推して知るべしだろう。エリザとシエンが諦めかけているのも無理はない。
だが、シルヴェスタだけは思考を放棄することはせず、考えていく。
「なんとか、レーヴァティンを引き抜くことはできないか?」
「はぁ……どうやって近づくのよ、あれに。それにどちらにせよ無理な話ね。レーヴァティンは握れないくらい熱くなってたわ。担い手である私ですら手を放してしまうくらいにね」
「なるほど。心臓の負担を軽減するため、放熱器官として奪われたのか……」
「いやに冷静ね、あなた」とエリザは隣で座るシルヴェスタに辟易した様子で語る。
「こんな状況にあっても冷静沈着。どんな時でも勝ちは捨てませんって……本当に何者なわけ? あの兄とも、深い因縁がありそうだし」
「それは余裕ができたら話す」
シルヴェスタがそう流すと、持っていた両手剣を支えにしながら立ち上がった。そして、エリザに手を差し出し、彼女も立ち上がらせる。
「カイデンが時間を稼いでると言っても、あの様子じゃそう長くは持たないな。できるだけ、早急に作戦を考えよう」
「だーかーらー、その作戦が一つも思い浮かばないって言ってんでしょ。もうコークシーン騎士団本隊の応援を呼んで、それまで場を持たせるしか――」
と、そこでシエンが待ったを掛ける。
「待て。偽騎士の推測が全て正しければ、持久戦こそ悪手になる。カイデンすら持ちこたえるだけでも怪しい状態だ。魔剣を手に入れ、魔力切れも、スタミナ切れもなくなった以上、より長く戦えるのはあちらの方だ。やるべきじゃない」
「んぐ」
エリザはごもっともな意見に、言葉を詰まらせた。
そいつの言う通りだが、とシルヴェスタも続ける。
「一番最悪なのは、あれが公国側にでも行ったら手が付けられんってところだろ。王国と公国の関係は一気に冷え込み、戦争になる」
「っ――――、分かってるわよ、それくらい! 本当に、あの兄は面倒なことを……!」
「イドヒは愚かだが、馬鹿じゃない。多分、公国をつぶせるきっかけにもなって、ラッキーと考えてそうだ」
シルヴェスタの憶測に、エリザも「ああ、考えてそう」と納得してしまった。
帝国との戦争で、王国は失った領土もあるし、昨今では生産力が低迷しつつある。公国から領土を奪えれば美味しいし、技術や人員も補充できれば、一石二鳥とか考えているだろう。
イドヒからすれば、コークシーン騎士団が裏切りまがいなことをしてくれたおかげで、国内では責任のなすりつけも行いやすいのだ。
公国との戦争のきっかけは、コークシーン騎士団。それの尻ぬぐいとして、自分が動いてやる。そんな風に、我が身に降りかかる火の粉を振り払うがごとく、彼は嬉々として戦争を始めるだろう、と。
「……これは絶対に審問会行きね、私」
「なにを言っている? それはとっくに確定していたと思うが」
「もうあなたは黙ってて、頭痛が痛いって感じよ」
エリザがシエンの口を塞ぎながら、天を仰いだ。
「結局、すべてを丸く収めるためには、あの火竜をなんとかしないといけないわけね。審問会に呼ばれるとしても、最低、言い訳ができる状況にしなくちゃ……」
「具体案はあるのか?」
「……ないわよ」
「だろうな」
シルヴェスタとエリザが、お互いを見ながら肩を落とす。
どう見ても、あのサラマンダーは難敵だ。さっき戦った時が、本当に倒せる千載一遇のチャンスだったと認識せざるを得ない。
「魔力で出来た体に……常に飛空状態……か」
なにか思いつきそうなのか、シルヴェスタは顎に手を当てながら考える。エリザはそれを見ながら、半ばやけくそな声音で聞いた。
「なにか思いつきそ?」
「……ああ、ある地点に誘き寄せれば、もしかしたら」
シルヴェスタはそう言って、エリザを見る。
「エリザ、長弓は使えるか?」
■
(あー、体がだりぃ)
上空で旋回を続けるサラマンダーを眺めながら、カイデンはぼやく。
絶え間なく降り注ぐ火炎。
エリザの攻撃には及ばないものの、それでも、適格に狙い定めてくる精度と、その間隙の少なさには舌を巻く。一瞬でも気を脚を止めてしまえば、その瞬間、消し炭になるだろう。
(チッ、頭がぼーっとしやがる……かなり強く打ったか。攻撃することしか考えてなかったから、あの反撃はかなり痛手だったな……)
思い出すのは、シルヴェスタとともにトドメをさしにいったときのこと。
あの時、サラマンダーの爆発は、シエンが魔法で後ろに引いてくれたおかげで助かったが、その後の爆風で飛んできた瓦礫が、カイデンはもろに受けてしまった。
普段であれば、その程度、なんてことはない。頭に瓦礫が降ってこようが、なんなく魔力膜を固めて事なき終える自信もカイデンにはある。
しかし、今回は運が悪かった。
(お嬢を庇っちまうなんざ、俺も焼きが回ったかね……バレたら、ゴーシューさんにどやされそうだ)
あの爆発の瞬間。
シエンが助け出そうとしたのは、カイデンとシルヴェスタだけであった。
魔法が届かなかった、というのもあるかもしれない。
だがそんな条件がなかったとしても、多分、あの男は彼女を助けなかっただろうと、カイデンは確信している。シエンとカイデンが、リーダーと認めているのはゴーシューだけであり、さらにその上に立つ人間は、目障りでしかない。
コークシーン騎士団の大隊長も、ゴーシューこそがふさわしいと常々思っているほどだ。たとえ、騎士団総長が相手であろうと、その認識が一切ぶれることはない。
だというのに、カイデンはあの時のエリザに心を揺さぶられてしまった。
(いつもは、口だけで強がっている小娘のくせに……あの時はまじで俺を殺す気が伝わって来たぜ……はは、蛮勇な女ってのは嫌いじゃない)
カイデンはにやりと笑って、戦斧を握る力を強くした。
今なお、降り止まぬ火炎玉。
脳裏に焼き付くのは、己を本気で殺そうとしたエリザの眼。
思い出す。思い出す。思い出す。
戦場にいたときのことを、思い出す。
感覚がやけに研ぎ澄まされるように、ひりつく肌が恋しいと思ってしまう。少しだけ考えてしまった。己と同じ戦場を駆ける、エリザの姿を。
戦争も体験していないはずの小娘に、少しばかり、カイデンは夢を見てしまった。
(できれば、最後に女を抱きたかったぜ……とびっきり胸がでかくて、とびっきり
溶けた鎧が地面へと落ちながら、どうしようもないことを考える。
数分もたせたが、ここがカイデンの限界。このまま緩やかに脚は止まり、最後には火炎玉に飲まれる未来が、彼には容易に想像できている。
ここから助かる方法もあるが、それでもその次に繋がらないのであれば、どちらにせよ無意味だとカイデンは笑う。
(お嬢も、もうちっと顔面が崩れてくれてりゃーな……)
ボロボロになった体を引きずりながら、カイデンは思う。
己が死ぬとき、一体どんなことを考えるのだろうと夢想していた彼は、自身のしょーもない思考に思わず、笑い声が漏れてしまった。
迫りくる3つの火炎玉。
腕の力ももう入りそうにない。弾き飛ばせたとしても、せいぜい2つ。残り1つは確実に避けられないし、防御もできない。
だが、そんなことが分かっていても。
「すぅぅぅ……こいやああああああ、サラマンダああああああああああ!」
諦める理由はないと分かっていた。
「――転移の術」
瞬間、カイデンの景色が移り変わる。
さっきまで眼前にあった火炎玉は消え去り、満天の星空と、そして遠くにサラマンダーが別の場所を向いて旋回しているのが見えた。
(何が起こった――?)
混乱しそうになった頭を、カイデンは必死に回す。
頭がぼーっとしているせいで、すぐにはその答えにたどり着けたなかったものの、状況を飲み込めたカイデンは察することができた。
「――シエン!!!」
火炎玉は消えたわけではない。
また、己がなにかをしたわけでもない。
自身と相手の位置を入れ替えることができる「転移の術」。シエンが使う、その魔法の一種で、カイデンは助けられた事実を察した。
「やはり、サラマンダーとは位置替えができないか。おい、偽騎士。我を運べ」
「言われなくてもっ!!」
カイデンの代わりに、3つの火炎玉の前へと躍り出た、シエン。そしてその肩にひっついて、ともに飛び出していたシルヴェスタが、瞬時に行動へ移る。
シエンを肩に担ぎ、全速力で走るシルヴェスタ。彼の速さは、王都からマトークシをたった数日で走破できるほど素で早い。
ともすれば、この程度の火炎玉の絨毯爆撃を避けられない道理などあるはずもなく。
「戦線離脱! エリザ!!」
「りょーかい!!」
呼びかけられたエリザが返事をする。
カイデンがどこにいるのかと振り返れば、瓦礫の上にたつ彼女が、長弓を番えた状態で、サラマンダーに狙いを定めていた。
「さあ、決戦といくわよ、サラマンダー!」
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