41.火竜 共闘戦




 火竜サラマンダーの体が再生していく。


 失っていた頭部は再び炎で形成され、腹に空いていた風穴も、やがて向こうの景色が見えなくなるように埋められる。切り落とされた脚は別の形へと変形し、切り裂かれた肩口から胸にかけては、再び繋がれた。


 カイデンがそんなサラマンダーの動きを見ながら、あからさまに顔を顰める。


「姿形も自由自在ってかい。気色悪ぃ体してんぜ、ほんと」

「炎自体が魔力でできているんだから、なんでもありなんでしょ。いちいち、驚いてたらキリがないわよ」


 おっしゃる通り、とカイデンが肩をすくめた頃には、サラマンダーの体は完全に再生していた。


 だが、それだけではない。


 元の二足歩行の竜だった姿から、いつのまにか腕と翼が合体したような翼竜の姿へと形状変化している。

 全体的にシュッとしたフォルムだ。体を構成する炎も、かなり薄くなっている。炎を出せなくなったのか、はたまた防御力をかなぐり捨てたのか、もしくは機動力に特化せざるを得ない理由ができたのか。

どんな理由にせよ、サラマンダーが再び変態したことには変わりなかった。


「残り、2回か」


 そんなサラマンダーを見上げて、シルヴェスタがぼそりと呟いた。

 え? と隣で聞いていたエリザが怪訝な表情を浮かべる。


「何の回数よ、それ」

「……俺が魔力を十分に練れる回数だ」

 

 合計3回。


 それが、シルヴェスタに与えられた、魔力を伴う行動の制限回数だった。正確には、サラマンダーの攻撃を防ぐための防御力と、炎の魔力体を破る攻撃力に必要な魔力量が、合計3回分しかないということである。


 そこを超えてしまった場合、ラスティが注いでくれた魔力はなくなり、シルヴェスタは再び、魔力の生成できない木偶の坊と化す。つまり、さっきサラマンダーに与えた両手剣グレートソードでの攻撃のようなことは、残り2回しかできないということだ。


 順当に考えれば、防御に1回、攻撃に1回と割り振りるべきだろう。確実性をとるのであれば、それが正しいのは間違いない。


 けれど、それは弱腰の平凡騎士の考えだ、とシルヴェスタは切り捨てていた。


(当たらなきゃ、どれだけ魔力を込められようと関係ねぇ……全魔力、攻撃にぶち込んでやる)


 それに、とシルヴェスタは思う。

 目の前にいるサラマンダーは、どことなくイドヒに似ていると感じていた。顔の造形といい、人を見下したような態度といい。あの悪辣なイドヒにそっくりだ、と。 

 となれば、彼が防御なんて度外視して、ぶん殴りたくなるのも無理もない事である。


「おい、偽騎士。ひよんじゃねーぞ?」

「それはこっちのセリフだ。というか、そこのロン毛頭の方は大丈夫なのか?」

「我はもう寝たいと思っている」

「ダメよ、ちゃんと働いて。給金減らすわよ?」


 そんな軽口をたたきあいながら、三者三様、それぞれが気合を入れる。


 カイデンが斧を頭上に掲げるように振りかぶり、エリザは炎をため込むように、そっと魔剣を後ろに突き出す。シルヴェスタは、観察するようにサラマンダーを油断なく睨んでいるが、シエンだけは面倒くさそうに棒立ちしていた。


 なんの話し合いもなければ、なんの作戦もなく。

 ただ、各々が必要だと思うことを自発的に考えて行動しようとする。


 そこに信頼なんてものは存在しない。元より、彼らには預けたい背中もなければ、信用すらありはしないのだから。


 しかし、眼前で浮遊するサラマンダーを倒すのであれば、これ以上最適なメンバーもいないだろうことは、全員が理解していた。実力という点だけを見れば、最高峰といっても差支えない4人だ。このレベルの騎士が集まれば、最早、即興で合わせるだけで十分の脅威であろう。


 であれば――協力する意義なんて、それだけで十分だ。


「さて、なんで攻撃を仕掛けてこねーか分からねーが……こっちから、探ってくしかねぇよ、な!!」


 そんなカイデンのセリフが、始まりの銅鑼ゴングとなった。


 地面へと振り下ろされる戦斧。雷鳴のような轟きが打ち響き、叩かれた地面を伝うように発生した衝撃波が、空中にいるサラマンダーへと襲いかかる。


「――■■■!!」


 身の危険を感じ取ったサラマンダーが、衝撃波の届かない高度まで飛翔した。機動に特化したせいか、一回の羽ばたきで、地上からぐんっと距離を稼ぐ。


 されど、それよりも早く炎の申し子が空を舞った。


「遅いわね! やっぱあんたには、地で這いつくばってる姿がお似合いじゃない!?」

 

 噴射炎を使った推進力で、高速移動を可能にしたエリザ。彼女はたった数秒のタメしか作っていないにも関わらず、飛矢のように鋭い軌道を描き、サラマンダーのさらに上を取ったのだ。


炎星ソリス――――」


 すぐさま炎を逆噴射することで、その場に停空飛翔する。そして、劫火を纏った魔剣を下へと突き出し、サラマンダーが吐いていた火炎玉よりも一回り大きな、熱塊を作り上げてみせた。


カデーレ!!!」


 暗闇の空に、ひとつの炎星が堕とされた。

 サラマンダーの全身を飲み込むほどの、大きな、大きな炎星。


 気づいた時にはもう遅い。

 気づいていたとしても、やはり遅い。


 一連の動作が澱みなく繋がれたことで、サラマンダーが反応して逃げよりも疾く、彼女の早技は炸裂した。


「――――███ ██ ■■ ◼◼◼!!」


 つんざく火竜の叫び。


 魔力で象られた体に、魔力で作られた攻撃をしたのだ。当然、痛みは発生しているだろうし、サラマンダーへのダメージは確実に蓄積されている。


 けれど、サラマンダーを地に落とすには至らなかった。

 エリザの放った炎星は、すぐさま形状変化したサラマンダーの腕と尻尾によって弾き飛ばされ、遠くの山肌へと激突し、爆発する。


 チッ、とエリザの舌打ちが響く。

 と同時、嫌な汗をかきそうになる。彼女からしてみれば、かなり全力で放った技だ。それを巨躯とはいえ、ただの腕と尻尾で弾き返された事実は、精神的に大きかった。


 されど、そんな彼女の悔しさを踏み台にするかの如く、瞬時、彼女の背中にカイデンが現れた。


「――転送の術」

「ベストタイミングだぜぇ! シエン!!」


 上司を足場にしたカイデンは、振り抜き動作中に転移してきたことで、間髪入れずにサラマンダーへ追い打ちをかける。


「悪鬼剛腕!!!」


 斧刃を使った線の斬撃ではなく、側面を使った扇のような面での打撃。それも直接サラマンダーを狙ったものではなく、前方にある大気を殴りつけるように戦斧が振るわれる。

 見えない空気の塊が圧縮され、砲撃のようにサラマンダーへとぶつけられた。


 たまらず、サラマンダーの体が空気に押し潰されるようになる。

 エリザの攻撃により、その場で滞空するのも難しかったサラマンダーは、とうとう天から地面へと撃ち落とされ、強い衝撃で背中を打った。

 

 そこに――――シルヴェスタが奔る。


「――――!!!」


 まるで鞭のようにしなやかに動かされた脚は、彼を瞬時にサラマンダーの懐部分へと誘った。そのまま、長さ180cmにも及ぶ両手剣を、まるで弧を描くように振り上げる。


 未だ、背中に地面を付けているサラマンダー。


 シルヴェスタがの斬撃を防ぐには、まず上体を起こさなければならない。しかし当然、そのような隙を与えることはしない。


心臓そこが、弱いんだろ!)


 狙うは、サラマンダーの心臓部分。

 炎の肉体を切り裂いたところで、新たに魔力を充填し回復されるだけならば、現世に留めている箱を壊すことに注力するばいい。

 そのような考えで振るわれた両手剣は、導かれるようにサラマンダーの心臓へと走り、空気の歪みによって、青い火花を散らせた。



「まじかっ――――」



 だが、インパクトの瞬間、シルヴェスタは咄嗟に、込めようとした魔力を内側へと引き戻した。


 当たれば勝ちの一撃。

 されど、あたらなければ、貴重な制限回数を減らすだけの空振りになってしまう。


 サラマンダーの体は、上体を起こすには向いていない翼竜の姿"だった"。体を起こすという動作をするだけでも、2秒は掛かるはず"だった"。


 なのに、サラマンダーは1秒にも満たない速度で、新たに蛇のような姿へ形状変化し、切り裂く両手剣の一閃を、するりと躱してみせたのだ。


「――――███◼◼◼!」


 蛇の姿へと変態したサラマンダーは、大きく頭を振り、地面を泳ぐような動きでシルヴェスタから距離を取る。振り抜いた両手剣は虚しく空気を裂き、掠めることすらしなかった。


 巨体のわりに速度が早い。すぐさま、シルヴェスタの両手剣でも届かない安全圏へと逃げられてしまう。


 しかし、収穫もあった。


「心臓が焦げていた……さっきから体の形を変えてばっかで、炎すら吐けてない……!」


 シルヴェスタは、じろりと逃げるサラマンダーを見て確信する。


「心臓の負荷だ! 魔力切れはないが、スタミナ切れのようなことを起こしている! 今のあいつは攻撃しないんじゃなく、できない状態だ!!」


 その情報伝達にが、いまだ落下を続けていたエリザとカイデンがはっとする。


「「シエン!!!」」


 なにを求められているのか。

 それが分からないほど、シエンは鈍くない。


 ため息をひとつ溢した男は、片目をグッと強張らせると、言われるがまま、杖を振るような滑らかさで指で空気を撫でた。


「土遁の術・地槍」


 紡がれた詠唱とともに、サラマンダーが進行していた方角の地面が隆起する。そして、それは2本の槍となり、サラマンダーを捕えるため螺旋状に突起してみせた。


 二本の地槍に挟まれる形で、身動きが取れなくなるサラマンダー。蛇の形状をぐねぐねと動かし、なんとか抜け出そうとするも、どうやら地槍には拘束するための強化魔法もかけられているのか、簡単に抜け出せなさそうである。


 が、それでも一時的な動きの妨害にしかならず、つづけて蜥蜴のような姿へと変態したサラマンダーによって、楽々と地槍は壊された。


「おい、手加減してんじゃねぇよ! ちゃんと捕まえやがれ!」

「していない。あれが強いだけだ」


 カイデンからの軽口を流すシエン。

 エリザとシルヴェスタも同様に、歯がゆい気持ちになる。


(サラマンダーが攻撃をできないと分かった以上、この好機を絶対に逃すわけにはいかねぇ!)


(今一番厄介なのは、あの形状変化する変態能力。あれのせいで、状況に適応した体へと変わるし、弱点である心臓もすぐに位置を変えられちゃう!)


(それを破るために、必要なのは――――!)


 シルヴェスタは上空から落ちてきているエリザを見上げた。


「エリザ、内側だ!!」

「っ!」


 そう叫んだシルヴェスタは、エリザの落下地点にすぐさま潜り込むと、両手を重ねて前へと突き出した状態で身構える。彼女も意図が理解できたのか、動揺したような表情を浮かべながらも、ニヤリと笑った。


「なるほど、最高にクレイジーな作戦ね、ウォーカー!!」

「あんまり褒めんな、よ!!!」


 エリザは瞬時に、シルヴェスタの突き出した両手へと着地する。


 瞬間。


 打ち出されるエリザの体。

 シルヴェスタが馬鹿力で投げ飛ばしたことと、彼女が途中で噴出した炎により、エリザは音速の域に達して飛んだ。


 瞬きのほどの間隙。サラマンダーですら予想できない速度。そんなバグ技めいた手段を用いた最速の接近は、サラマンダーの変態すらも許さない。

 炎の首元部分へとレーヴァティンを突き刺せば、遅れてパァン!! と空気の壁を突破した音が鳴り響いた。


「これで、終わりよ……!」


 シルヴェスタの言った『内側』。

 それを正しく理解したエリザが、勝利の笑みを浮かべる。


 これまでは、大火力によって焼き殺すか、斬り殺すことしか考えていなかった。

 しかし、今回の攻撃は違う。

 どれだけ攻撃しようと、心臓の位置を変えられるせいで、弱点まで攻撃が届かない。であるならば、炎の体に魔剣を突き刺し、身動きを封じたうえで、内側から全身を攻撃すればいい。


 どこの部位に心臓を逃げよとも関係ない。

 決して逃れることのできない攻撃を浴びせてしまえばいい。


「私のありったけ、全部持ってけえええええええ!」


 エリザの咆哮とともに、巨大な炎が天に登った。


 地面すらも溶かしてしまう大大大火力。急激に一か所が熱せられたことにより、嵐のような暴風が山城内へと逆巻く。


 当然、この場にいる全員が、それだけでサラマンダーが死ぬとは考えていない。相手は火をつかさどる大精霊だ。炎の耐性なんかは持っていることくらい、容易に想像できる。


 エリザを投げ飛ばした本当の狙いは、動きを止めることと、形状変化の妨害。

 そのすきにシルヴェスタと、地上に戻って来たカイデンが、トドメをさすため一気に走る。




 「――――██████ ███■■■■■!!!

  



 悲痛の叫びか。はたまた、恐怖からくる鳴き声か。サラマンダーは炎によって内側から燃やされながら、天に向かって吼えた。


 ――あと、2メートル。


 カイデンとシルヴェスタが武器を振り抜く動作に入りながら、そう考える。


 ――絶対に逃がさない!


 今もレーヴァティンで焼き続けるエリザが、さらに力を籠める。


 動きを封じたまま、心臓を破壊できれば、シルヴェスタたちの勝利は確定する。どれだけサラマンダーが強力であろうと、現世に移し身のない精霊なんぞ、ただの自然現象と同じである。


 ――これで!


 ――終いだ!!


 振りかぶった両手剣と戦斧。

 次の瞬間、山城内の闇を切り裂くがごとく、光が爆発した。













 





つ……」


 ずきり、と痛んだ腹を庇うように、シルヴェスタは手で押さえる。ラスティの尽力のおかげで、あらかたの傷は治っていると言っても、まだ完治していない部分はある。

 それが、さっきの光の爆発で、少し傷が開いてしまったようだった。


「生きてるか、カイデン」

「……おう。シエンに感謝だな」


 隣には、シルヴェスタと同じく土壁に逆さまになりながらも、張り付いているカイデンがいた。

 カイデンの方は、頭を強く打ったらしく、まるで血のバケツを被ったように真っ赤に濡れている。


 そんなカイデンは、冷めた瞳をしながら前方を見つめていた。


「ここまでの展開、予想できたかよ、偽騎士」


 シルヴェスタはそう言われ、彼もカイデンから目線を外すと、目の前に広がる光景を見る。


「できるわけねーだろ……第一、できてるなら、やらしてねぇ」

「はは、そりゃあ、そうだ」


 そう2人がくつくつと笑っていると、シルヴェスタが張り付いていた土壁の上に、まるで洗濯物を干されたようにぶら下がっていたエリザが、ずるりと落ちてきた。


 そして、体に力が入らないのか、半ば這いつくばるような態勢で、エリザはシルヴェスタにグッと身を寄せる。


「ど、どうしよう、ウォーカー……」

「おう、エリザ。無事だったか」

「なに呑気なこと言ってんのよ、あんた……! あんた、あんたのせいで……!」


 かっと目を見開いた彼女は、前方でやばい姿になりつつあるサラマンダーを指さして、こう言った。




私の魔剣レーヴァティン、取られたんですけど!!?」




 シルヴェスタとカイデンは、エリザの叫びを聞きながら、もう一度、やばい変態を遂げようとしているサラマンダーを見る。

 首元に刺さっていたレーヴァティンが、まるで一本角のように頭部へと移動し、さっきまでとは比べ物にならない火力で炎を激らせる竜の姿。


 間違いない。サラマンダーは魔剣により、パワーアップしてしまっている。


 シルヴェスタは、現実から目を背けるように、遠い目をした。

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