39.再問「呪いって何だと思う?」
――目が覚めた。
「はぁ……はぁ……ごほっ……」
と同時に、咳が出る。
肺が損傷しているのか、やけに呼吸をするだけで痛い。
どうやら、夢から無事戻ってこれたらしい。
視界に広がるのは、暗く赤い空。黒煙に包まれた炎の明かりが、美しいグラデーションを描いて漂っている。視線を逸らせば、打ち捨てられた瓦礫の山が目に映った。そのほかにも、山城の石壁は炎に包まれ、合計9つはあったはずの建物群は、工業棟が1棟と監視塔を除き、すべて倒壊しているようだった。
「――――██████ ███■■■■■!!!
突然、
地に這いずり回って戦っているのか、四足歩行だった化け物は、いつの間にか、二足歩行へと切り替わっていた。
肉を捨てた竜は、炎の体を揺らしながら、目の前に群がる騎士たちを、蹂躙とも言える無慈悲さで、圧倒している。
だが、そんな状況下でも、決して諦めず、指揮をとり続ける英傑たちがいた。
「おい、しっかりしろ、テメーら! コークシーン騎士団の底力を見せる時だろうがァ!! 腰抜かした奴は、後ろから俺が叩き殺してやる!! 安心して、逝きやがれ!!」
「「「サー、イェッサー!!」」」
「右翼隊、少しですぎよ! それじゃあ、カバーしきれないわ! そのまま外へ逸れるように距離を取って! 長弓隊は矢が尽きた者から、投石隊に加わり、巨岩に魔力をありったけ込めて!!」
「「「フラーッ、フラーッ!!」」」
カイデンが率いる中央隊は、近距離攻撃を用いてサラマンダーが逃げないように戦っているようだ。その隙に、炎の遠距離攻撃を浴びせるエリザが、全体の動きを把握しながら、適切に局面を操作しているようだった。
「はは、やるじゃん……」
そう、俺が呟いた時だ。
――ぽつり。
不意に、水滴が頬に落ちてくるのを感じた。
(雨……?)
俺は、そう思い空を見上げる。
空は黒煙で覆われていたはずだが、降り出したのだろうか。
であれば、この山城内を消火するという意味では、都合いい。まだまだ、天に裏切られていないな。そんな風に思ったた時である。
見上げた先にあったのは、雨が降り出した空でもなければ、黒煙の空でもない。俺の顔に影を落とし、わんわんんと泣きながら、必死に目を擦って涙を止めようとするラスティの顔があった。
「ラスティ……」
「ッ、ぅぉー、かー!!!」
俺が呼びかけると、ラスティは寝ている俺の頭を覆うように、抱きついた。堪えきれなかったのだろうと思う。この娘には悪いことをした。それを実感させられるように、彼女の抱きつく力が、ぎゅーっと強くなる。胸の位置にちょうど俺の耳が当たっているせいか、ラスティのやけに早い心臓の鼓動すら、聞こえてくるようだった。
「ほんとうに、本当に本当に心配したんだからぁ! 魔力探知で、ウォーカーの熱源を発見できるまで、ずっと絶望してて! 発見したらしたで、サラマンダーの足元に転がってるし! エリザちゃんとあの髭の協力もあって、ここまで何とか運び出すことはできたけど、それでも、それで……!! GAO、もう! 自分でもなにが言いたいか、全ッ然わかんないくらい、とにかく心配しました!!」
「……すまん」
「そう、いうときは、ありがとう、だろ、馬鹿ウォーカー……! もう、もうもうもう! 生きててくれて、戻ってきてくれて、ありがとぉ!!」
顔を包まれた俺は、彼女の抱擁に暖かみを感じながら、慟哭を聞き届ける。そして、ぽんぽん、と左手でこの娘の背中を軽く叩いてやった。
(ここにも居たんだな、俺みたいなのを、助けたいって思ってくれる奴……)
ラスティと出会って、まだ数日。
お互いにまだまだ話せていないことは多い間柄だと思う。
魔女のことだって、俺は何にも聞いていないし。ラスティだって、俺のことについては、ほとんど何も知らないはずだ。
なんで呪いにかけられたのか。そもそも騎士でありながら、実は平民の出であったとか。俺がイドヒに、どんな冤罪をかけられているのか。
これが終わったら、少しずつ話してみるのも、いいのかもしれない。
例え、王城に行くまでの付き合いだったとしても、俺はそれだけこの娘に恩義を感じ始めている。
優しくて、暖かくて、でもちょっぴり不器用で、そして変な女の子。
俺は彼女を、心から信用したいと思えている。
「もう、馬鹿ウォーカー! アホ、おたんこなす、クラーケン踊り!! すっごく心配させやがってーーーー!!」
「ふぁふぉ、ふぁふひ。ほろほろ、くうしいんふぁへど(あの、ラスティ。そろそろ、苦しんだけど)」
「もう、話さないんだから!! 絶対、絶ーー対に離さないんだから!!」
「ぢょ、いぎが、ぢっぞぐじ、ずる……!!」
どんどん強まるラスティの抱擁を受けながら、俺はあやすような背中へのタップから、ギブアップを意味する激しいタップへと変わっていく。
しゃ、洒落にならん……!!
せっかく、一命を取り留められたと思った矢先、魔女の抱きつきで窒息死させられるなんて! 己の自画像を描かせ、それにブチギレ憤死した5代目国王より、洒落にならん!!
「GAO!? ご、ごめん、ウォーカー! 強く抱きつきすぎちゃった!」
「はぁ、はぁ、気がついてくれれば、いいんだ……でも――当分は接触禁止な」
「ご、ごめんね……?」
ラスティがそう言いながら離れてくれたため、俺もようやく上体を起こす。今も、離れた場所では、俺を助けるために力を貸してくれたらしいエリザやカイデンらが、サラマンダーを本気で討伐するように戦っていた。
「……正直、あの時、俺は確実に死を覚悟したよ」
いつの間にか燃え尽きた外套の切れ端を払いながら、俺はそう溢す。騎士服も完全にずたぼろだ。ほとんど、今の俺は上裸になっていると言っても、過言じゃない状態である。
特殊な繊維を編んで作られているこの騎士服が、これだけ原型を留めないほど破壊されるほどの力。
あの時、ラスティを投げ飛ばした後。
俺はすぐさま振り返り、自分が壊した魔力封じの手錠をサラマンダーの口へ蹴り飛ばした。されど、撃ち出された火炎玉には大した効果がなく、威力が予想以上に弱まわらなかったのを俺は確認している。
すぐにサラマンダーではなく壁に拳を打ちつけ、捲れた瓦礫を盾にしたはいいが、それでも、こんな体で済むような威力ではなかっただろう。
予想されるのは、全身の火傷による焼死。魔力の影響による中毒死。呼吸器官が焼かれたための窒息死。痛みに耐えきれずショック死。爆発によって臓器を損傷する圧死。
即死は免れていたとしても、俺は死に体だったはずだ。それこそ、数分もすれば死に絶えたはずだろう。
なのに、魔力も生成できない俺が、なぜ生きられているのか……。
「教えてくれ、ラスティ。あんたは俺に、何をしたんだ」
俺がそう問えば、ラスティは目を伏せ、少し考えたような素振りをする。
言いたくないのか、それとも言い辛いことでもあるのか。
光を宿した瞳をあちこちに動かしながら、口をしどろもどろさせ、そして、ようやく意を結したように俺を見据えた。
「ウォーカーは呪いってなんだと思う……?」
出会った時と同じ問いかけ。
けれど、それとはまた別の意味を孕んでいるであろうことくらい、俺も察することができた。
「……俺の呪いは魔力が生成できず、スキルも使えなくなると思っていた。けど、違うんだな」
こくり、とラスティは肯定を示すように小さく頷いた。
「GAO……本来、魔力の生成は擬似器官と呼ばれる場所で行われる。ウォーカーは呪いによって、その擬似器官が機能不全のようなものを起こしている状態なんだ。つまり、“魔力が生成ができないん“じゃない。その働きをする“擬似器官を自力で動かせない“んだ」
俺は「そうか……」と呟く。
きちんと考えれば、わかったことかもしれない。魔力が生成できないと一概にずっと考えていたが、どこで何ができないのかを細分化するべきだった。
もしかしたら、魔力の素である魔素が集められていないのかもしれないし、そもそも魔力の生成のやり方が変わってしまっただけなのかもしれない。根本的な問題は、俺が思っていたよりも、ずっと身近にあったのだ。
「私は、魔女の特性で他人の擬似器官と直結することができる。ウォーカーが動かせないなら、私が無理やり動かしてしまえばいい。死に体で君を見つけた時、回収した私がやったことは、まずウォーカーに魔力を生成させることだった」
ラスティはそう言って、俺の胸板に手を当てた。
彼女のやけに温かく小さな手が、こそばゆく感じる。
「魔力を生成した後のウォーカーは、目覚ましい回復力を見せた。私が回復魔法で補助をしたと言っても、あれだけの回復力は常人じゃ見せれないと思う……途中、魔力が足りなくなって、強引な方法で注入したけど。助かったのは、私なんかの努力じゃなく、ウォーカーが最後まで生きようと抗ったからだよ……無意識でも、無自覚でも、ただ生きたいって努力した結果であり、それが引き起こした奇跡なんだって、私は思う」
ラスティはそれだけを告げると、倒れるように俺の体に寄りかかってきた。
「ラスティ?」
「あ、はは、ごめん。気が抜けて、体の力が入んなくなったや……私も、ちょっと頑張りすぎっちゃったみたい」
くすぐったい彼女の息遣いを胸で受けながら、俺はされるがまま動かなかった。
「ごめんね……もう気が付いていると思うけど、私、あの時、嘘を吐いちゃった……裏技なんてないって、誤魔化しちゃった。だって、怖かったんだ。ヴノオロスと戦う時のウォーカーを見て、『ああ、いつか君は自死を恐れない無茶をするな』って」
「教えなくても、無茶をしたけどね」とラスティは、笑う。
疲れているのか、言葉に力は入っていない。
「俺のための嘘だったんだろ。怒ってないし、怒れるわけがないだろ? それに、自分の命を天秤に掛けてたのは事実だし……言い返す気も起きない」
「その言い方だと、もう天秤にかけるようなことはしないのかな?」
「ああ。死んだら、どうにもならんしな」
「そっか、それなら安心だ」とラスティは笑う。
「ベアービートルの毒蜜巣を、持ってくれてて良かった。途中、魔力が足りないようになってきたから、無理やり飲ませたんだ。熱を入れたら、毒は消えるけど、あれは天然ものの魔力補給材に使えるからね……」
「もしかして……この口内に広がる、味って」
「GAO、初めてだったからね? ちゃんと責任とって、勝つんだよ。ちょっとだけだけど、ウォーカーの魔力として変換させてあげたんだから」
俺は、まさか、と思い、自分の体に流れる魔力を久しぶりに感じとる。
微々たるものであるが、それでもしっかりと流れていた。呪いを受けてから、ずっと感じることなかった熱量が。全身をうっすらと循環するように流れている感覚がする。
「久しぶりだ……確かに、魔力を俺の体に感じる」
「GAO。じゃあ、もう大丈夫そうだね」
ラスティがそう言って俺の胸から離れた。
「ウォーカー……あのトカゲを代わりに、ぶっ飛ばしてくれる? 私は悪いけど、見ての通り力は貸せそうにないからさ」
「……ああ、任せろ」
俺はそう言って、ラスティの体から目を背ける。
ずっと見えていた。この娘の体に刻まれた凄惨な傷を。
内股座りをしていたせいで見づらいが、右の太ももが噛みちぎられたように損傷している。フード付きの外套下に隠された左脇腹部分もひどく、赤い血で染まっていた。
俺を助けるために、俺を生き永らえさせるために、ラスティはサラマンダーに死のもの狂いで挑んだに違いない。当然、無傷で済むはずもなく、かといって己の体を治癒するほどの余裕もない。
全神経、全魔力を俺に注ぎ、彼女は今、ここに座っている。
さっきまで、元気に喋っていたのも、本当に心の底から、俺が助かったのを喜んで、そうせずにはいられなかったのだろう。
なんで、などと聞くのは無粋だとわかっている。
俺ではなく、自分を治せ、と言うのはこの娘への侮辱だ。
だから、今の俺が伝えられることは、これしかない。
「全部、終わらせて、一緒に村へ帰ろう」
「GAO、約束だね」
俺とラスティは、そう言って握手を交わす。
最初に出会った時と変わらない。そんな、硬い握手を。
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