36.元騎士は死ぬ事を厭わず、魔女を守る
「……最悪の展開だな、こいつは」
俺はラスティの背中をさすりながら、倉庫の壁を溶かして侵入した存在に目を奪われた。
溶岩のような赤い鱗に覆われた肢体。尾は槍のように鋭利で、頭部には二本の角。四足歩行でありながら、その体躯は巨大で、頭は天井ギリギリの高さを誇る竜。
四大精霊の名を冠す、
自然の化身とも呼ばれる存在である。
イドヒが連れてきた竜らしいが、あの笛で操っていたということだろう。奴は笛を奪われそうになった時、そんな風な言葉を吐いていた。
「総長様が、連れてきたサラマンダーだ!!」「おい早く逃げろ!!」「皆殺しと命令されていなかったか!?」「なんで俺たちがこんな目に……!!」
キャットウォークで観戦していた騎士たちも、いち早くカイデンが撤退命令を出したことで、多くが外へと逃げ出すことに成功した。しかし、取り残されたもう半分は、まさに阿鼻叫喚の嵐である。いきなりサラマンダーが壁を溶かして入ってきたのだから、無理もないことだ。
鎖の繋がれていない獣……いや、精霊相手なら制御不能の自然災害といった方が適切か。それが目前まで迫ってきて、冷静でいられる方が正気の沙汰じゃない。
「……で、これも想定の範囲内か、カイデン?」
「まさか。総長様が自爆攻撃を隠し持ってるなんざ、誰も思わねーだろ、普通」
呑気に俺の傍まで寄ってきていたカイデンが、戦斧を担ぎながら不適に笑う。
この騒動を起こした張本人と言っても差し支えのない男だ。イドヒが言うには、こいつは初めから、あの笛の聖遺物を狙っていたらしいが、一体なにを企んでいるのやら。
「ここはひとつ、協力関係といかねーかい、偽騎士。あのサラマンダーから逃げるためにも、今は敵味方関係ないと思うんだがね」
「敵味方関係ないってとこまでは同意してやるよ。けど、阿呆ぬかせ。わざわざ俺が、あんたらの尻を拭いてやる意味が分からん」
「連れねーな。じゃあ、お前はこっからどうする気だ? このままアレを放置して、逃げるってのか?」
「……当たり前だろ。この娘とネズミを連れて山を下りさせてもらうつもりだ」
とは強がってみるものの、その実、痛いところをつかれた。
あんな化け物の相手なんて、コイツらにさっさと押し付けてしまいたい。そこに関しては本心だし、手伝いたくないというのも本音だ。
けれど、サラマンダーを野放しにすれば、最悪ラスティの住むバーモット村にまで危害が及びかねない。もしかしたら、他の村落まで焼き野原にされる可能性もある。
サラマンダーは魔物じゃないため、脅威指定などはされていないが、それでも指定するとすれば上から数えたほうが早いはずだ。ヴノオロスなんかとは比べるまでもない。
そんな相手を、コイツらが確実に討伐してくれるという保証はない以上、どういう動きをするかだけでも把握してから下山しなければ、もっと状況が悪化する可能性も捨てきれなかった。
(それに、ラスティの状態もマズいんだよな)
ちらっと鉄檻の中を見れば、ラスティは何故か魔力酔いを起こして、未だグロッキーなままだ。サラマンダーにも気づかないくらい、目をぐるぐると回し、まるで遠くを見つめるように青白い表情をしている。
「GAOOOOO、あえ、みんなさからちしてるぅ?」などと、訳が分からんことすら呟いているくらいだ。
こんな状態では、一緒に逃げようにも、倉庫から出ることすらままならないだろう。
(ラスティの体調が戻るのを待ちながら、できればコイツらがどう出るのかを探る……それしかないか)
俺が頭の中でそのように考えていると、いきなり背中から、ぼうと何かが燃え上がるような音が耳に入った。
……ん? 燃えるような音?
「うおぉ、
反射的に背負っていたエリザを落とす。
振り返ってみれば、どうやら彼女の持っていた魔剣から、炎が勝手に放出されたらしい。
多分、サラマンダーが発する熱を危険に感じた魔剣が、意識のない主を叩き起こすべく、勝手に発火したのだろう。高レアリティの魔剣は、時たま意識を持っているような動きをすると聞いたことがある。
レーヴァティンの気持ちが届いたのか。
はたまた俺が地面へと落としたせいなのか。
ラスティによって失神させられていたエリザが、うなされるように顔を歪めた。
「ん"ん……あー、もう!! くっそ
「偽騎士と同じ反応だな、お嬢」
「待て、俺はもうちょっとマシだったろ」
「え……なに? どういう状況!? なんで、あんたたちが仲良く顔並べんてんの!? っ、ていうか、お兄様は!?」
目覚めて早々、状況が掴めなかったエリザは、パニックに陥りながらも、イドヒが立っていた場所へと目線をやった。
イドヒの命令に従ったときに意識を落としたからな。エリザは、シエンがイドヒに襲い掛かったシーンなどは見ていない。
「……あれ、いない?」
「イドヒなら、さっき長距離転送魔法で、どっか飛んでいったよ。……最大級の嫌がらせを置いてな」
俺はそう言って、後ろのサラマンダーを指差してやる。
エリザは、サラマンダーを見つめてポカンと口を開け固まること数秒、うまく状況の整理がつき始めたのか、内股座りへと体勢を変えながら頭を抱え始めた。
「待って待って、状況が掴めないんですけど……目が覚めたらお兄様はいないし倉庫内にサラマンダーが立ってるし魔剣には燃やされるし部下たちは逃げ回ってるしなんならこんな状況なのにちょっと小腹空いてきた私がいるし後ろにいるラスティに関しては女の子がやっちゃいけないグロッキーな寝方してるんだけど……!?」
「おー、すごいな。よく一息で言えたわ」
俺が妙なところで感心し、手錠の付いた手で拍手をする。
そんな中、カイデンが無精髭を触りんがら白々しい態度で会話に混ざってきた。
「お嬢が色々と言いたいことは分かりますぜ。ま、一から十まで説明する暇はないで、簡潔に状況をまとめますが……とにかくアレをなんとかしないと、俺たちみんな死んじまう! そういう状況ですわ」
「っ――、何が『そういう状況ですわ』よ! 思い出したわ! あんた、お兄様に従う私を殺そうとしてたでしょ、カイデン!!」
「ははは! 落ち着いてくださいって。そんなんいつもの事じゃないですかい。俺はゴーシューさん派閥の筆頭ですし? お嬢の首狙ってるのは分かりきってるでしょ、ははは!」
今、乾いた笑みに混ざりながら、さらっととんでもないカミングアウトを聞いた気がする。和やかに話しているように見えるが、かなり会話の内容が重いように思えたのは、俺だけであろうか。
え、コークシーン騎士団って、こんなに闇が深いの? 普通に怖いだけど。
……いや、王都もわりと似たようなもんか。
「はぁぁぁぁ……もういい。あなたに詰め寄るだけ、私が馬鹿だったわ」
「そうそう、今はそれどころじゃないですからね。それよりも、あのサラマンダーについてだ。目覚めてばっかりということで意識がはっきりとしてない所を、ダメ押しでシエンに幻影魔法を掛けさせてあります。暫くはぼけーっとしてるでしょうが、この隙に、山城内にいる来賓どもを避難させてしまいましょうや」
「気に食わないし、聞きたいこともいっぱいあるけど、今はそれに賛成よ。どうせ私が負けたのを怒って、お兄様がやったんでしょ、あれ……」
「…………おう、流石は、うちの大隊長。飲み込みが早くて助かります」
白々しいを通り越して、もはや清々しいまでに嘘をつくカイデン。
これはツッコむべきだろうか。
本当はその目の前にいる男が、明らかな謀反を起こしたせいだって。
「とりあえずは、人命最優先ね! 特にこの山城内にいる騎士は、誰かさんの嫌がらせで第五等騎士が多いし、なるべく戦闘は避けて、撤退に集中しましょ!」
内股座りをしていたエリザは、立ち上がりながらそう言う。
なにやら、いい感じに話をまとまりそうになっているが、俺はその言葉に待ったをかけた。
「ちょっと待て、エリザ。撤退って言っても、どこに逃げる気なんだ? あのサラマンダーの図体のデカさからして、かなり強い個体だろ。山城を出たとしても、追ってきて殺される危険性の方が高いぞ」
「それは……」
「――我も、そこの男の懸念には同意だ」
エリザがそう言い淀むと同時、俺の背後から音もなく何者かが着地した気配がする。
俺が振り返るよりも早く、俺の横を通ってシエンが歩み寄って出てきたのが見えた。
「今すぐ山ひとつを越えられるのなら、賛成する。が、無策にこの山城を出る方が危険だろう。古い術式だが、防御魔法がかけられた地下壕があった。そこに、あのイドヒを守るため、山城内全体を囲っていた防御魔法を縮めれば、かなり強固な砦として機能するはずだ。そこに籠城し、本部からの応援を待った方が堅実的ではないか」
シエンがそう言うと、まるで裸踊りするオーガを見たという感じで、カイデンが口をあんぐりと開けていた。
「……お前が饒舌なのって、なんか気持ち悪いな。大丈夫か? 変なもんでも食ったか?」
「失礼な奴だな。我も真面目に働く時は働く。故に、我がまずその地下壕が使えるが、先に調べて来てやろう」
「あー、オーケー。いつも通りのテメーで安心したわ。誰よりも早く避難したいだけじゃねーか」
チッ、と軽く舌打ちするシエン。
こいつがここまで喋っているのを始めてみたが、少し誰かに雰囲気が似ているような気がする。気のせいか?
「……よし、なんとか状況は整理できてきたわ。ひとまず、シエンの案を採用しましょう。まず、外に逃げた第五等騎士が来賓客を地下壕へと誘導する。その間、私たち第一等騎士を含め、第二等、第四等騎士はサラマンダーを抑えつつ順次避難を開始。残る第三等騎士は少し危険だけど、宿舎にある伝達魔法道具で本部へ応援要請をするのと、この山城内の防御魔法を調節させて。あの腹黒狐も、今回ばかりは変な嫌がらせもしないでしょ……早ければ、日の出前には応援が飛んでくるはず。その間は、第二等騎士以上で、サラマンダーがどこかに逃げないよう見張りと、必要であれば攻撃をしかけるようにしましょう。あなたたちも、これでいい?」
「「異議なーし」」
「間延びして返事するんじゃないわよ、締まらないわね……はぁ、それじゃ、私が外に逃げた騎士に連絡飛ばすから、ちょっと待ってて」
最高権力者のくせに完全になめられてるエリザは、二人のことを信用できないのか、自分で念話を飛ばしに、少し俺たちから離れた。
見れば見るほど、歪な関係なように思える。
カイデンがゴーシュー派閥とかいっていたし、コークシーン騎士団は絶賛、派閥争い中なのだろうか?
それにしては、エリザが一方的にやられてるようにも見えるけど。
(まぁ、俺には関係ないが)
キャットウォークを見れば、そこにいた騎士たちも、あらかた倉庫内から逃げ終わったのか、俺たち以外、誰もいない状況である。
あらかたエリザたちの動きも分かったことだし、ここに残る意味もほとんど無くなった。ラスティには悪いけど、無理やり鉄檻壊して、運んでいくしかないな。
「(宿舎でラックを見つけて山城から出るか……ついでに魔物避けがある監視塔もぶっ壊しとこ)……よし、じゃあ俺たちも、さっさと逃げるぞ、ラス、ティ……?」
そう言って後ろに振り返ると、あら不思議。
なぜかさっきまであった、ラスティの入った鉄檻がきれいさっぱり無くなっているではありませんか。
……いや、なんで!?
俺がそう混乱していると、後ろからとんとんとカイデンに肩を叩かれる。
「あのガキンチョならあそこだぞ? ほら、サラマンダーの目の前」
「え――――? あ、本当だぁ。今にも食べられそうな場所にいるけど、無事でなにより……って、なるかぁあああああああああ!?」
「ああ、我が転移するために、鉄檻ごと位置を入れ替えたんだった」
「んはぁ!? テメー正気か!? 今、それを言うとか、正気か!!?」
爆弾発言したシエンへと怒鳴るも、奴は悪びれた様子もない。逆に「今ちゃんと教えたろ?」みたいな目で返されてしまった。
あー、これダメな奴だ。
騎士は高慢ちきで鼻につく奴が多いが、こいつはこいつで、とびっきりの変人だと認識させられる。
ちくしょうっ。シエンにこれ以上、文句を言っても埒が明かない。
今なお虚な目でじぃっと見つめられているラスティを助けるべく、俺はサラマンダーへと突撃しに行った。
「あー、くそ! 手錠邪魔!」
さらっと武器として使わせてもらっていた手錠を無理やり壊す。
って、やばい、サラマンダーが口で鉄檻を持ち上げようとしてやがる!? 持ち上げられようとされているラスティといえば、なんかサラマンダーを見ながら、虚ろな目で首を傾げているだけだ。
ぎりぎり間に合うか!?
そう考えているところで、しかし、俺の頭上を火炎の鞭が走った。
「あっぶないわね! 人が目を離した隙に、何してんのよ!? 流石に竜に無策でツッコむとか、飢えたオークでもやらないわよ!」
「―――っ、すまん、助かった!」
口は悪いが、しっかりと優しい力加減で、ラスティの入った鉄檻を手繰り寄せるエリザ。その正確な炎のコントロールにより、ゆっくりと地面に降ろされる。
突撃しようとしていた俺は急減速し、ラスティのほうへと近寄った。
「大丈夫か、ラスティ!?」
「GAOH、もうだめぇ……ぎもちわるい、私ぢぬがも……」
「サラマンダーより、魔力酔いに殺されそうだったか……」
でも、一応良かった。吐きそうになっていること意外、とくに問題なさそうだ。外傷とかも見当たらない。
しっかし、ここまで体調が優れないとなると、流石にラスティの協力は望めないな。できれば監視塔の破壊と、お願い事をしていたラックを見つけるのだけは手伝って欲しかったが、これでは難しいかもしれん。
(にしても……どうして、ここまで魔力酔いが酷いんだか……)
俺がそう思っていると、エリザが傍まで寄って来た。
「大丈夫だった? ――って、ラスティ、もしかして体調悪いの?」
「ん? ああ、実はあんたが倒れた後からな。本人は魔力酔いって言ってたが」
「……しょうがない。なら私が、酔い軽減の魔法をかけてあげるわ。少しでも魔力は温存したかったけど」
「使えるのか?」
俺の素朴な疑問に、エリザはぴくりと反応する。
そして、ぐいっと顔を近づけてくると、俺の胸に指を立ててきた。
「あなた、私を誰だと思ってんの。こう見えて、第一等騎士で、コークシーン騎士団の大隊長なのよ? 魔法くらい習得してるわよ」
「……あー、たしかに言われてみれば。さっき念話も飛ばしてたか」
「言われてみればって、あなたね……そうよ! まぁ、そう見えないのは自覚してるけどね!」
すまん。"魔法を使えるのか?"という意味ではなく、"失敗したりしない?"という意味で、「使えるのか?」って聞いたんだ、俺。
さらりと自虐を入れるエリザを見ながら、俺はひっそりと内心で謝罪をする。
部下からなめられすぎて、実力を疑ってしまってたなんて、本当のこと言うと焼かれそうだったから、つい誤魔化してしまった。
そんな俺を尻目に、エリザは早速、ラスティへと手を伸ばして詠唱している。少しだけ温かみのある光がラスティを包むと、エリザは「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「よし、できた。これでどう? 簡単な魔法だけど、ちょっとはマシになった?」
「んぐ…………うぷ……んん……」
エリザがそう聞くと、ラスティの声から徐々に嘔吐きがなくなっていくのが分かった。
そして完全に体調が戻ったのだろう。
いきなりラスティは、取り乱した様子で上体を起こした。
「GAOH……? はっ――、ウォーカーにエリザちゃん!? た、大変だよ! さっき意識が飛びかけたときに、なんか爬虫類みたいな顔が目の前にあったんだ!!」
「それって、あれのことか、ラスティ?」
俺はそう言って、ゆっくりとサラマンダーを指さす。
ラスティは、サラマンダーを見つめてポカンと口を開け固まること数秒、うまく状況の整理がつき始めたのか、三角座りへと体勢を変えながら頭を抱えた。
「GAOH、待って待って、頭の整理が追い付かない……いきなり魔力酔いみたいな気持ち悪さが出たと思ったらぐるぐると視界が回り始めて終いにはいきなり違う場所に飛ばされたと思ったら次は空中に放り投げられたような浮遊感のせいで吐きそうになって、というかあのサラマンダーって何ぃ……!?」
「すっげー、デジャブ」
「私、こんな感じだったのね……」
ついさっき見た光景のような動きで、ラスティが自分に起こった状況を事細かに解説してくれているのを聞きながら、俺とエリザはまるで懐かしむような表情をした。
その間、後ろでカイデンがシエンを𠮟りつけているようで、俺の代わりにシエンへ拳骨をくわえているのが見える。
「よし、お嬢。外の騎士とも連絡が取れただろ?」
「ん? ああ、そうね。今、第五騎士には来賓を地下壕に連れて行ってもらってるわ」
カイデンがそう言って近づいてくると、エリザは念話を介した結果の状況を教えてくれた。
「第三等騎士も宿舎に向かわせてるところよ。あんたの直属の部下である第二等騎士は倉庫前で待機してもらってる。第四等騎士はサポートメインだから、少し後方で退路の確保と、ほか等級の補助をお願いしているわ」
「お、あの短期間でそこまで指示できてるとは、やるじゃねーですかい。総長の前でも、それくらい毅然としてくれていりゃーな……」
「フン。悪かったわね。私にもどうにもできないのよ」
そう言ってエリザが顎を逸らした時だ。
――ぐらり。
と、いきなり、地が揺れた。
俺たちは足先からその振動を感じ取ると、震源地であろう竜を見る。
すると、その竜も、じっとこちらを見つめていた。
まるで蛇のようだと思う。頭を低くしたサラマンダーが持つ黄金の双眸は、瞬きをするこもなくこちらを見据えていた。
「GAO、なんか怖いね……」
「あぁ……」
ラスティもサラマンダーの不思議な行動がに気がついたのか、そんな感想を漏らした。
俺たちがサラマンダーの瞳を見つめ返していると、どくんと竜の体が少し跳ねる。そして次に、四足歩行の巨体が、地面に振動を与えながら、徐々に歩みを再開させた。
さっきまで、白昼夢を彷徨っているように、おぼつかなかった足取りが、明確に、目覚めたような足音へと変わっている。
「ちょ、もしかして――――」
「まずい、もう意識が覚醒してやが――――」
「――――――――――██████ ███■■◼◼◼◼◼◼!!!!」
「くっ、うるせぇ……!」
「頭割れそうだぜ、クソ蜥蜴め……!」
俺たちがサラマンダーの異変に気づいた瞬間、空気が振動するほどの咆哮が響き渡った。
それは獄舎で聞いたときよりも遥かに大きな声。驚愕と痛みのあまり、思わずその場にいる全員が一斉に耳を塞いだ。
しかし、その咆哮以上に驚愕させられることが起きる――。
「は?」
――体が爆発したのだ。そんな疑問符を投げかける間もなく。
サラマンダーは、文字通り、自らの肉体を爆散させた。
肉片は四散し、竜の骨は内部からの熱に耐え切れず、部分的に溶け始めていた。俺たちの身体には、熱湯のように沸騰した肉片や体液が飛び散り、痛みと共に肌に突き刺さる。
そうして、爆散したサラマンダーの残骸の中で、心臓だけが地面から数センチの高さで浮かんでいた。
「GAO、まずいかも」
ラスティの嫌な予感は、次の瞬間――その心臓から炎が噴出し、徐々に形を成していくことで的中した。
まるで肉体が朽ちていく過程を、巻き戻しで見させられているような感覚。臓器と思わしきものを炎で型取り、その上から骨や筋肉といったものを被せるように、また炎が重ねられる。
魔力を燃料として作り出される体。それは生体と呼ぶには、あまりに実体を伴っておらず、かと言って無形と呼ぶには、あまりに具体すぎる。
ただ燃焼という現象だけで構成された体は、まさしく炎そのもののようで。
「……なんか、やばくないか?」
「やばいわね」
「我もそう思う」
「おー、こりゃ詰んだかもしんねーな」
「GAO……絶対的ピンチ」
俺、エリザ、シエン、カイデン、ラスティと、その場にいた5人全員でそう呟く。
そして言葉を交わした後、互いの顔を見合わせ、再び炎の体と化したサラマンダーへと目を向けた。
「「「「「………………」」」」」」
一様に沈黙を保ちながら、見るからにヤバめな変体を遂げたサラマンダーを凝視する俺たち。
すると、新生サラマンダーの目と思わしき炎が、ギョロリと俺たちに向き、口に超巨大な火炎玉を装填し始めた。
「っ、逃げろぉおおおおおおおおおお!!!」
「―――――――――██████ ███■■◼◼◼◼◼◼!!!!!」
誰かが発したその言葉を合図に、一斉に俺たちは踵を返す。ラスティだけは鉄檻に収容されているので、俺は鉄檻ごと彼女を担ぎ上げた。
とにかく逃げるためには、全力で足を動かすしかない。
サラマンダーを背に走り出したせいで、後ろからは嫌というほど、熱気を感じるが、振り向くのは自殺行為だ。後ろに気を取られてしまっては、確実に速度が落ちてしまう。
走り出してもなお、炎が圧縮されるような、普段の日常ではまず聞くことはない音が聞こえてくる。絶対にサラマンダーが、口内に装填していた火炎玉の殺傷力をあげている音だ。
当たれば良くて即死。
悪ければ、じわじわと窒息死させられるか、ショック死するかだろう。
サラマンダーが狙うのは俺たちの中の誰か一人だけ。確率で言うなら、四分の一。カイデンやシエンが狙われれば、文句なしの結果なのだが――。
「――――――んな、うまくいかねーか」
俺は感じてしまう。
誰よりも早く駆け出し、誰よりも一足で遠くの距離を稼いだ自負があるというのに。
――"死"。
そんな恐怖が、明瞭に足音を立てながら俺に近づいてきていた。
「クソッ―――!!」
俺は走る行動をキャンセルし、すぐさまラスティが入った鉄檻を倉庫の外へ目掛けて投げる。魔女の耐久力がどんなものかは分からないが、どうなろうと、このまま”死んでしまうよりマシ”であることに間違いはない。
俺によって投げられたラスティが、こちらを信じられないものを見るような目で見てきた。
「――――――!?」
「(意外と衰えてないもんだな)」
俺は投げ飛ばしたラスティを見ながら、そう思う。
戦場でも何回か嗅ぎ取ったことがある死の匂いだ。魔力探知には引っかからないのに、大きすぎる殺意のせいで、嫌でも自分が狙われていることを認識してしまう瞬間があった。
(そんな時、いつもならどうしていたっけか)
俺はサラマンダーへと振り返り、もう一度走り始める。
もう遠い記憶のようだ。戦場にいた頃を、あまり思い出せなくなっている。
振り上げる拳。
地面をける脚。
きっと、どれをとっても目の前の竜には敵わない。
魔力の生成できない俺では、この魔力によって作られた生命を殺すことはできないのだから。
「じゃあな、ラスティ。すみません、ルリス王女……」
その言葉を最後に、俺の体は、炎の嵐に包まれた。
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