34.タイマンも張れないんですか?




【Side シルヴェスタ】


「もうやめだ、こんなクズと決闘なんぞ馬鹿らしいッ。地方のサルども! 拘束魔法だ、拘束魔法を掛けろ!!!」


 闇夜の中、古びた倉庫内で、イドヒの冷酷な声がこだまする。

 キャットウォークで観戦していた騎士たちは、戸惑いながらもお互いに顔を見合わせたりした。


(まぁ、最終的にはこうなるか)


 イドヒが俺と最後まで一対一サシにこだわる訳がない。どのような手を使っても勝者として君臨する。そんな信念を掲げている男だ。清廉潔白にこだわる必要もなく、時には卑劣な手を使うことに躊躇いがない。

 質で敵わないのなら、数の暴力でねじ伏せる。実に合理的だ。


 俺は身構える。

 呪いが解けていない現状、いまだ魔法に捕まったら終わりだ。

 真っ向勝負なら負けない自信もあるが、入り乱れた戦場で、しかも魔法が容赦なく乱発されるとなると、流石に気を引き締めないと生き残れない。


 しかも、イドヒの味方には、俺を二度も行動不能にしたシエンという男がいる。最低限、奴だけでも乱闘が始まる前に補足しておかないと、いつ後ろから魔法で射抜かれるかわかったものじゃない。

 

 しかし、俺が身構えてから数秒。

 予想外なことに、倉庫内で静けさがだけ場を支配した。


「……襲って、来ないのか?」


 俺がそう呟いて、イドヒへと振り返る。

 何か企んでいるのかと思い訝しんでいたが、当の本人であるイドヒも、唖然とした表情で未だ棒立ちする騎士たちを見上げていた。


「おい、何をしているサルども……魔法を使えと言っているんだ!!」

「無駄ですぜ、総長様」

 

 イドヒの叫びに答えたのは、意外にも、樽ジョッキを持ったカイデンだった。奴がギロリと睨めば、何人かの精兵らしき騎士たちが(よく見ると俺を連行してきた連中だな)、他の部下たちの後ろに立つ。

 まるで、ここで総長の味方をすれば、どうなるか分かっているだろうな、と言わんばかりの圧だ。


「田舎のサルは力関係には煩いんですよ。たかが賊一匹も倒せないようじゃ、誰もあんたには従えない」

「貴様……自分が何をしているのか、分かっているのか?」

「総長様こそ、分かってんですかい? ここで俺らが手を出したら、ますますあんたの株はだだ下がりだ。自分一人では倒せなかったので、どうか助けてください、って情けなく懇願しているのと何も変わらんじゃねーですか。自分は、そんな品位を下げる行為から、総長様を守ってやろうと思ってるだけですぜ」


 額に青筋を浮かべるイドヒとは反対に、カイデンは涼しい笑みでそう告げる。


 ――「たしかに、総長様が逃げたってことになるのか?」

 ――「いやいや、まさか……」

 ――「でも完全に負けてたよな」

 ――「カイデン卿は総長様のことを思って」


 キャットウォークで見ていた騎士たちも、カイデンの言葉を聞いて疑問が生じ始めたのか、小さくそのような会話を始めだした。

 そもそも、イドヒを一撃で沈めた俺へと突っかかる命知らずはいないらしい。良くも悪くも、この場にいる大半の騎士は戦争を知らなさそうな、第五等騎士で固められている。

 従わなくていい大義名分を与えられ、疑問はやがて不満へと昇華し、誰一人としてイドヒの命令に従おうとする者はいなくなった。


「……もういい、貴様らの言い分はよく理解した」


 俺がカイデンらの行動を注意深く見ていると、ついにイドヒは炎が燃えるような赤髪を、くしゃりとひと混ぜした。


「愚妹……なんたる失態だ、これは。なんのために貴様を大隊長に押し上げてやったと思っている? こんなクズどもを育てるためか? 私達の手から離れ、手綱も握っておけんようなクズどもを野放しにするためか? 違うだろ――――私に役立つ駒を育てるため、私はお前を大隊長に就かせてやったんだろうが!!」


 イドヒに怒鳴られた瞬間、エリザは肩を強張らせて身体が固まってしまった。


 まぁ、うすうす感じてはいた。

 エリザはコークシーン騎士団の最高権力者でありながら、その実、中身が伴っていないことに。


 俺が捕まっているときも、自分の決定だけでは保釈できないと言ったり。大隊長のくせに、なぜか供もつけずマトークシ―の森を歩かせられていたり。

 そもそも、彼女は単独行動を虐げられていることがあまりにも多いように見えた。


 誰も、彼女を大隊長として認めていない。

 表面上は、彼女を立てるようにしていても、内面では別のものがコークシーン騎士団のトップだと思われている。


 その証拠に、エリザが叱責を飛ばされているというのに、カイデンを含め誰も擁護しようとしなかった。それどころか、まったく自分のこととは関係ないように、振舞っている素振りさえ見受けられる。

 彼女がどんな目にあおうが他人事。

 それどころか、それを望むようにすら思う悪意の渦。


「(あー、まったく……)」

「フン。やはり貴様には、私の言う事を聞くだけの役割がちょうどよかったわけだ。仕方ない、挽回のチャンスをやる」


 イドヒがエリザに歩み寄っていく。

 ラスティが止まるよう叫ぶが、それでもイドヒは歩みを止めようとしない。俺が間に入ろうとしても、万が一のことがある……。


 誰の阻みもなく、無事エリザのもとまで歩み寄ったイドヒは、そっと彼女の耳に口を近づけた。甘く、やわらかく、されど冷徹な響きで、僅かな吐息を含めながらイドヒは命令を下す。


「――皆殺しにしろ」

「ぁ……」


 俺の耳がそれを拾ったのと同時、エリザの握る魔剣から劫火の炎が放出される。エリザ自身を包み込むように燃え盛る赫灼かくしゃくの熱は、この場にいる全員を無言にさせるほどの威力を持っていた。

 ぬらりぬらり、とおぼつかない足取りで俺の立つ中央まで出てくれば、エリザはゆっくりと剣を構える。


 完全に吞まれている。


 体は小刻みに震え、こちらを見る瞳孔は開いている。荒い息遣いはそれだけで彼女の緊張を表し、体の重心もどこか不安定だ。


 自分で自分が何をしているのか、今の彼女はどれだけ理解できているのだろう。


 理性が蒸発し、ただイドヒから下された「皆殺し」という命令のためだけに体が動いている。

 そんな彼女は、倉庫内すべてを燃やすように炎を広げた。


「やっぱ、そっちに付きますか、お嬢……」


 この倉庫内すべてを燃やし尽くそうとするエリザを見て、カイデンはどこか諦めたように呟く。


「これは自己防衛ですからね、うらまんでくださいよ」


 そして手に持っていた樽ジョッキを遠くに放れば、それを合図に、彼に従順についていた一部の精兵たちも剣や矛を構え始めた。


 そんな状況にあっても、イドヒは卑しい笑みを浮かべたままだった。下卑た瞳でエリザを見つめ、今から起こる惨劇に胸を躍らせ柄いるようにすら思える。


「さあ、とことん踊れ、愚妹。私のために命を燃やせ」


 あー、まったく……全く以て、腹立たしい。

 イドヒ、お前は人を不快にさせる天才だよ。

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