28.久しぶりだな、クズヴェスタ
『ここで、大人しくしてなさい……できるだけ、悪いようにはしないから。何か理由があるんでしょ』
昨日の晩、俺はエリザの炎により、捕まってしまった。
魔力も生成できない俺では、あれだけ超火力を放つ魔法に太刀打ちはできない。神殿迷宮に入る前に遭遇した、ヴノオロスなんて目じゃない炎だった。灼かれてしまえば、一瞬で消し炭になってしまうかもしれん。
手に嵌められた魔力封じの錠前を見ながら、こんなことしても無駄なのにな、と思う。もうすでに使われていない工業棟の一室に監禁されているが、ラスティは別の部屋に連れて行かれた。
あんな騒動があったのに、最後まで寝ていたからな……。
エリザは「妹はあんたより良いところに連れて行くわ」と言っていたが、果たしてどこまで信じて良いものか……。
「ピィ?」
「……なんでお前とは同室なんだろうな」
俺たちが捕まった時、こっそり自分だけ逃げようとしたラックも、この通り捕まっている。
しかも、俺と同じ部屋。
これ何? みたいな顔を騎士たちがしていたが、俺もこいつが何なのか小一時間くらい問い詰めたいところである。
「はぁあ……ラックに怒っても仕方ない」
「ピーピー」
「食べ物は持ってないぞ。全部取られたからな」
俺が地べたに横になると、近寄ってきたラックに向かって言う。ラスティの背嚢も全部取られた。元々、ほとんど荷物を持っていなかった俺は、特にボディチェックをされることもなく、そのままこのブタ箱へと送られているわけだが、それでもラックに与えられる物は何一つとしてない。
あるのは、腰ベルトにぶら下げた革水筒と、懐にしまってある毒蜜巣くらいのもんである。でも、あれは食いもんじゃないしな。
ほんと、ろくに身体を調べられなくてよかった。
未だ外套の下は騎士服のまんまだし、捲られてしまえば、余計に事態がややこしくなってたことだろう。今のうちに脱いでおきたいが……錠前を壊すほうがなんか言われそうで怖いし、どうしたもんかね……。
「にしても、女騎士……か。弱くはないと思っていたが、最後に見えたあの肩章……まさか、コークシーン騎士団の第一等騎士だったとは」
俺は天井のしみを数えながら、そう独り言を呟く。
第一等騎士は、実質騎士の最高等級と言われているものだ。弛まぬ研鑽。偉大なる武功。何より、血の尊さが必要不可欠であり、騎士団全体でもその割合は1割を余裕で切っている。
しかも女性でそこまで辿り着くのは、かなり至難の業だ。
さぞ、血の滲むような努力をしたのだろう。
そんなすごい奴が、この山城にいたことが俺達の不運でしかない。
「……腹、減ったな」
ラックではないが、ぐぅとなる腹の音を聞きながら、今後について考える。
脱走自体は、たぶん出来る。
俺だけなら、今すぐこの錠前を壊し、壁を蹴り壊して、もう一度城壁に向かって走れば良いだけだ。今度は、エリザという強敵がいることを念頭に、ルートも最短距離ではなく、裏をかくように逃亡する。そうすれば、易易とこの山城内からは出られるだろう。
しかし、どこにいるかも分からないラスティを探して、かつ無事に連れての脱出となれば、不可能と言わざるを得ない。
いまだに俺たちを兄妹だと思い込んでいるエリザは、俺が脱走した途端、確実にラスティの元へと向かうはずだ。彼女を相手に俺が真正面から戦うのは、流石に分が悪すぎた。
エリザの繰り出した炎の壁――それは広域殲滅を得意とするような超高火力の魔法攻撃を意味している。中・遠距離をそつなくこなす
その気になれば、街一つは炎の壁で包めると謳われた劫火の魔剣――レーヴァーティン。
あれは、魔力膜を張れない俺にとって、致命的なまでに相性が悪かった。
「はあぁ……」
「ため息ばっかだと、幸せが逃げるわよ。昔、祖母から聞いたことがあるわ」
「へぇ、そうですか。なら、俺の幸運がすっからかんになる前に、ここを出してくれませんかね?」
檻の前で立つエリザに、俺は目だけを向けてそう言った。
気配で分かっていたが、こいつ暇人なのか? わざわざ、俺なんかに会いにきて。
「……今、暇人と思ったでしょ」
「思ッテナイデス」
「目が言ってんのよ。ったく……叩っ斬るわよ?」
「すみませんでした!」
俺は一瞬で立ち上がり、背筋を伸ばす。
ふぅ、危ない危ない。この女に逆らったら、俺の命は簡単に消し炭にされてしまうのだ。なるべく、反感を買わないようにしよう。
「思ったより元気そうね、あなた。さっきも、横になって寛いでたみたいだし」
「することがないですよ。……それより、第一等騎士様がこんな汚いところに何の用で? まさか、釈放してくれるとか言いませんよね」
「ええ、釈放なんてしないわ。できないとも言えるけど……ほら、食事を持ってきたの。少し一緒に食べましょ? あと丁寧な口調やめろや」
そう強迫を受けながら、俺はエリザに渡された硬いパンを受け取る。
まさか食事を出してくれるとは……おかげで部屋の端っこで
「ピィピィ!」
「この食いしん坊め……俺も食べたいから、半分個ずつだぞ」
「ピィ! ピィ!」
「本当にわかってんだか……」
俺はエリザから受け取ったパンを半分に割る。
……あぁあ、綺麗に半分にできなかったじゃないか。仕方ない、ちょっと大きくなってしまった方をラックに渡すか。
「……優しいのね、あなた」
「何が?」
「別に。ほら、それと私の交換してあげる。ちゃんと食べなさいよ」
なんか理不尽な理由で、俺が半分になったパンを取り上げられてしまった。そして代わりに渡される、エリザが持っていた硬いパン。
……チッ、貴族ならもっと良いもの食べろよ。
「んぎぎぃ、硬ぇ……」
「そりゃ野戦食糧だからね。日持ちさせるために水分がほぼないの。ほら、見てて。口の中に入れて、自分の唾液でふやかしながら食べるのよ。ほふぁ、こうやって」
「……ほうふぁ」
小さくもぎった硬いパンを、頬の中に溜めながらしゃべるエリザ。俺もそれを真似て、小さくもぎり口の中に含んだ。
ふむ、味は悪くない。王都で騎士やっていたときは、こんなもの出てこなかったし、コークシーン騎士団特有のもんなのか?
ちなみに、横で食べているラックは、そんなの関係なく、噛みちぎっている。流石は齧歯類だ。
「……んぐ……それで、ラスティは無事なのか?」
「……ん……ええ、無事よ。今は私の部屋に隠してあるわ」
「……はむ……ん……隠してある?」
俺が疑問に思いそう聞いてみた。
エリザは、それを受けて顔を曇らせると、しゃべる気が起きなかったのか、またパンを口に含む。
仕方ない。こいつが喋る気がないなら、これ以上は聞き出せないな。
「……で、なんでこんなことしたの?」
「あんた、食事をしに来ただけじゃないのか」
「それはそれ、これはこれよ。事情を聞こうにも、ラスティはずっと寝てるし、あなたからしか聞けないんだからね?」
「えぇ、まだ寝てたの……逆に心配になるんだが」
「そうよね、あんな騒動の中でも寝てたんだし。で、なにが目的なの?」
「さらっと同調からの尋問とかえげつないな、あんた。というか察しろよ、教える気がねーってことに。……鈍いやつだな」
「はぁあ!? あなたラスティといる時と雰囲気ちがいすぎない!?」
「俺は小さい娘に血なまぐさい姿は見せたくないだけだ」
分かるだろ? と俺は目で語る。
エリザは「ぬぎぎ」と三流悪役がやりそうな歯ぎしりをして、その件についての言及を諦めた。
こいつはこいつで、本気でラスティを心配してるからな。ここらへんの共感は得やすい。
「はぁ、もういい。なんか理由はあるんでしょ」
「まぁな。だが言うつもりはない」
「分かったわ、あなたからはもう聞かない。ラスティに聞く」
「そうしてくれ。あの娘が話すんなら、あんたは敵じゃないって俺も思える」
「なによそれ、どんだけ妹を信頼してんのよ」
信頼……か。
出会って、まだ1週間も経っていないはずなのにな。不思議なものだ。
でも、エリザのいう信頼は、しょせん仮初のものに過ぎない。俺は未だ、自分のことすら話せていないのだから。
「ん……いい? 今日から明後日の夕方まで、絶対に騒ぎを起こさないでよ」
「なんで?」
「なんでもよ。この山城で竜狩っていう大事な祭事があるんだから。まぁ、あなたに言っても分からないでしょうけど」
祭事……竜狩ね。
おおかた俺の予想はあたったと喜ぶべきか。
しかし、彼女からそんなことを聞かされても、いまだ腑に落ちないことがある。
「なぁ、その祭事は誰のためにするんだ?」
「……何よ急に」
「ここに来るまで、異国の商人を見た。かなり位が高い人の祝いだろ? でもなきゃ、こんな所に人が集まるわけがない」
俺にそう言われたエリザは、困ったように視線を落とす。
もぎった硬いパンを口に含み、さっきまでなんとも思っていなかった筈のそれを、さも不味そうな表情で咀嚼した。
そして、俺を見る。
数秒ほどの逡巡を経た後、観念した身振りでぽつりと呟いた。
「……あの人が来るのよ……」
「あの人?」
「はぁ……いくら辺境に住んでいるとは言っても、聞いたことくらいあるでしょ。現騎士団総長イドヒ。血の貴族とも呼ばれる、最悪の人よ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
「――――――」
ラックが食べていたパンを離し、脱兎のごとき速さで部屋の隅へ逃げる。
工業棟を這い回っていた虫たちは、一斉に飛翔をはじめ、小さな穴に隠れていた小動物すらも、小さな鳴き声をあげ始めた。
「え、ちょ、なにこれ!? どうなって――――!!?」
「…………」
俺をみたエリザが固まる。
……すまん。少しだけ、ほんの少しだけ我慢してくれ。
ずっと抑えていた殺気が、収まるまでは。
「…………エリザ、そのイドヒっていう騎士団総長はいつ来るんだ」
「え、えっと、予定では今日の昼頃に到着するそうだけど……どうしたの? お兄さん大丈夫? 顔色すっごい悪いけど……」
「だったら、エリザ。死ぬ気でラスティを隠してくれ! 絶対にイドヒに見せるな!」
「え? あ、まぁ、うん……そのつもりだったけど」
イドヒ・A・キルケー。
俺を冤罪で追放してきた張本人であり、ルリス王女を壊そうとするゴミクズ野郎。数多の令嬢を廃人にし、その異常な性癖で王国の民たちからも嫌われている貴族。
あいつにだけはラスティを見せてはいけない。
あの娘が魔女だからとか、そんな話じゃないのだ。
確実に、俺と関わりがあるというだけで、奴はラスティを壊そうとする。決して外れない予感が俺にはあった。
「ちょっと、なんでそんなに殺気立って――――」
「無理もないな。私に恐れ慄くのは、ゴミクズとして基本的なことだ」
「「っ――――!!?」」
俺たちの会話に、聞き慣れた声が侵入する。
クソ、なんで気が付かなかった!?
いや、理由なんて探さなくてもわかる。
自分の殺気を抑えるのに必死で、こいつがこの棟に入ってきても、気が付かなかったのだ!
「イドヒ……テメェ……!」
「久しぶりだな、クズヴェスタ。良いことを聞かせてもらった」
獰悪の笑みを浮かべながら。
イドヒは俺の入っている檻を掴み、見下すようにそう言った。
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