26.背嚢を覗くと、そこには…




 魔物避けが施されている場所を監視塔と睨んだ俺達は、山城内を歩いていた。


 厳密には、俺だけが歩いていた。


 背中には、先程から機能が停止しかけているラスティがおぶられている。彼女の頭は俺の肩にもたれかかり、耳元にかかる吐息は穏やかだ。時折崩れかけるラスティを背負い直し、また歩き出す。それの繰り返し。見つからぬよう建物の影から影へと移動し、月光に照らされぬように細心の注意を払う。

 監視塔まで残り半分といった時、あんまり喋らなくなったラスティが「んん……」と声を上げた。


「……左から3人……魔力膜ぶ厚め……」

「またか。……仕方ない、少し引き返して道を変えそう」


 山城内に入って3度目。

 ラスティから報告を受けた俺は、即座に来た道を戻りルートを変えた。

 

 それにしても早い。

 俺も人の気配を察知する能力はあるのだが、ラスティの索敵能力のほうが何枚も上手だと痛感させられる。俺も人の気配でなるべく見つからないよう動いているが、距離が離れすぎていたり、相手が潜んだりすると、やはり発見が遅れてしまう。

 それに比べてラスティの魔力探知は距離もそこそこに広く、精度も高いようだ。今のところ俺より早く敵を見つける確率は100%。完全に負け越しである。


「ふあぁ……ウォーカーって体温高いんだね……魔熱石みたいでぽかぽかするよ……」

「そりゃどうも。俺もラスティのおかげで温かいよ」

「gaoh……くるしゅーない……ぞんぶんに温められてぇ〜」


 ラスティは小さく笑い、頭をもう少し俺の肩に預けてきた。

 いやはや、意外かもしれぬが冗談抜きでこれが本当に温かい。


 さすがに山の上ということもあり、俺も肌寒さは感じていた。いくら自分が環境適応能力ピカイチだと思っていても、寒いものは寒いし、暑いものは暑いものだ。

 ラスティの人肌は俺にもちょうどよく、たとえ吹きすさぶ寒風に身を晒されようとも、多少は和らいで感じられる。背中から風が襲ってこないというだけで、あんがいマシに感じるものだ。

 お互いに防風と熱源の役割を担いながら、俺は少しずつ近づいていく監視塔を見上げた。


「それより、ラスティは大丈夫か」

「ほぇ……なにがぁ……?」


 ラスティの返事は、まるで夢の中から呼びかけるように、か細く、ほんのりと眠気を含んでいた。

 俺はそんな彼女が背中から落ちないよう、位置を調整しながら背負い直した。


「魔物避けの解除についてだ。俺も少しは知識があるが、残念ながら最終的にはラスティ任せになると思う」

「gaooo……まぁ大丈夫だよ。魔物避けの仕組みは意外とシンプルだし……ドラゴン以外を追い出すような魔物避けなら、逆に大規模すぎて壊しやすいしね……えへへ……それに最終的には塔ごと壊しちゃうんだから……ちゃんと遅延化魔法を使って、時限式にするけど……」

「即時爆破はリスクが大きいか。まぁ、見つからず終わらせられるなら、それに越したことはない」

「だね……そうして今回の冒険は…………それで、終わ…………………――――」

「ラスティ?」


 そう問いかけてみるも、返事はなかった。代わりにラスティは、深く息を吸い込み、肩に顔をうずめてくる。

 完全に落ちてしまったな。

 俺と出会ってから、ほぼ休憩を取っていない彼女が、ここで限界を迎えるのは当然のことだったのかも知れない。


「……お疲れ様。あとは任せろ」


 俺は背後で眠るラスティのフードをさらに目深く被せてやり、気合を入れなおす。

 監視塔まで残り少し。夜の帳が深く、星々がぼんやりと輝く中、俺は静かに息を潜めて進む。風が冷たく、ラスティの髪がわずかに揺れる。そんな彼女の無防備な様子に、俺の心は一層、この娘を送り届けると決意で固まる。

 しかし、監視塔まで残り100メートルあろうかという地点で足を止めた。


(ここにきて、隠れる場所がなくなったか)


 監視塔に続く道で、最も近い場所にある建物に身を潜め、どうしたものか考える。正直、あの距離なら一瞬で詰めることはできるだろう。

 闇夜に紛れ、風で音をごまかし、軌跡すら残さず。

 可能か不可能かで聞かれれば可能だ。ラスティを背負っていたとしても、それくらいの動きはできる自信がある。


 まぁそれも、監視塔の入口で談笑する男たちが居なかったらの話だが。


(左の男は騎士だが、右の男は騎士じゃないな。身なりは綺麗だが、風に乗ってくる匂いは香辛料の匂い……異国の商人か?)


 騎士服に身を包む男と、その横で朗らかに見えを浮かべる服がうるさい男。ゴールドのネックレスに、シルバーのブレスレットが複数。肌は小麦色に焼けており、黒いヒゲをたくわえたその姿は、どう見ても王国民の姿ではなかった。


 しかも一番面倒なのは、その商人の背後に複数の護衛が立っているということだ。ざっと見た感じでも、厄介そうな奴らが勢揃いしている。常に周囲に気を張っていることからも、今の俺が隙をつくのは至難の業かもしれない。

 

(こんな辺境に護衛付きの商人が来るなんてな……今回催される竜狩は、かなり身分の高い貴族が主催ってことか)

 

 いやそもそも、ラスティは竜狩があるか自体怪しいと言っていた。


 ドラゴンだけを残そうとする大規模な魔物避け。

 その中に仕組まれた魔物を興奮させる術。

 放棄された騎士団の拠点に、そこにいる謎の異国商人。


 ――どさり。

  

 俺が悶々と考えている時だ。ラスティの腕がだらりと落ちてしまったためか、彼女が持っていた背嚢が落ちた。

 そういえば、背嚢は預かっていなかったんだ。

 あっぶねー、金属音とか鳴らないでよかったぁ。 

 

 俺はそう安堵し、ラスティが落とした背嚢を拾い上げようとする。

 んぐ、この娘を背負った状態じゃ、意外と取りにくいな。……いや、しゃがめば普通に届くか。 

 俺がそう思いしゃがみ込み背嚢に指をかける。

 よし、届いたぞ。

 そう思い持ち上げようとした直前、なぜかラスティの背嚢が不自然に動いた。


『……ピピっ』 

「……え?」


 しかも、変な鳴き声まで聞こえる。

 スウゥーーーー……アレレーー、ナンカオカシイゾ?


「いや、気のせいだ。まさかな、いや、今日一日ずっとその中にいたとかありえ…………」


 俺がそう思い、恐る恐る背嚢を頑張って持ち上げた時だった。

 背嚢の開け口から、にょきっと今日、バーモット村で何度も見た顔が這い出てくる。しかも、何やら、口をもぐもぐとさせ、手にはラスティが好んで持っていた非常食のパイが握られていた。


「…………何してんだ、ラック」

「ピィィ…………あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」


 響き渡るのぶとい絶叫。

 決して可愛らしい図体からは想像もできない男のような雄叫びが、今、このフリーディ山脈の山城内に響いた。











「……」


 山城内でラックの雄叫びが轟く中、城壁の外に1人。

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