25.魔女は寒さに弱いらしい
【Side シルヴェスタ】
陽が完全に落ちた夜。
俺たちはフリーディ山脈にある、廃棄されたはずの騎士団拠点へと到着していた。
昼頃に出会ったエリザとは、雨が止んだため大森林の洞窟で分かれている。貴族が護衛もつけないでマトークシに来た理由は分からないが、彼女も悪い奴ではなさそうだった。
もう少し会話から、具体的な目的を聞き出せればよかったんだけどな。
洞窟内では、ラスティと楽しくしていたため、俺の入る余地など無かった……。
別れ際、マトークシの地理について聞かれたことも気になる。大森林の深くまで来ていたから、エリザ自身、弱くは無いんだろうけど……右も左も分からない場所へ、単身で乗り込むほど大事な用事とは何なのか。
しかも若い令嬢とも言える彼女が、だ……。
考えれば考えるほど分からなくなってきた。
流石に、初対面の平民が令嬢を護衛すると言い出すのは変だから大人しく別れたけど、少し探ってみるべきだったかもしれない。
「ふあぁあ……ここが騎士団の拠点……んー、見たところ山城、かな……? 熱源的に60人くらいしか居なさそうだね……」
「分かるのか?」
「GAOH……フリーディ山脈に入ってから……魔力探知はずっとしてるから……」
フリーディ山脈に入ってから、ここに辿り着くまでの5時間。3つくらい山を歩いてきたというのに、ラスティはずっと魔力探知を続けてくれていたようだ。
無駄な魔物との戦闘を避けるためとはいえ、流石に疲れただろう。さっきからラスティの言葉が間延びしてしまっている。
「ありがとう、ラスティ。でもあんま無茶はするなよ」
「大丈夫ぅ〜平気平気ぃ〜……」
「本当かよ……」
そうは言うものの、完全にこっくりしてますやん。
眠そうにフードの奥にある目を、小さい手で擦りながら、ラスティは、ぶるぶるっと身震いさせた。
「うぅ……寒ぃ……」
「まぁ山の上だからな、平地に比べると気温は下がる。ちょっと待ってろ。城壁に登って安全か確認してくる」
「GAOH……早く帰ってきてねぇ……」
「ラスティは倒れないようにな」
俺はラスティに見送られると、そのまま助走もなしに城壁を斜め方向へ走り上がっていく。
足場である外壁がボロいな。足を前に出すたびに、どこかの石片が剥がれ落ちる。
公国とは長いこと争わなくなったから、この山城もずっと昔に放棄されたままだと聞いた。未だ機能しているのは、一部の倉庫だけだったか。
こんなボロい場所で竜狩をしようとするなんて、主催者はとんだ馬鹿なんだか。
「っし、登れた――――見張もいない、か。おーい、ラスティ。今からロープ落とすから、しっかり捕まるんだぞー」
「なにぃ〜聞こえない〜……ていうか、ウォーカーはどこ〜……」
ありゃ、もう限界だな。誰に返事してるのかもわかってなさそうだ。下を覗いてみれば、よろよろと
なんか怖い。
神殿迷宮を攻略した後、2人で村に向かっている時にも、あんな感じになる時があったな。特に寒い夜なんかは、ラスティは機能を停止しやすかった。
「はぁ、しょうがない……」
一回降りて、俺がラスティを担ぐか。
俺は手に持っていたロープを適当な突起物に括り付け、下に垂らす部分を持ちながら一気に地面へ降りる。
ラスティの目の前で音もなく着地すれば、彼女を即座に担ぎ上げ、ロープを伝いながら城壁を登った。
「よいしょっと。大丈夫か、ラスティ?」
「ぁぇ……ここ城壁の上……? うわぁ……ここだと中も外も一望できるね……」
城壁の上から、山城内を見渡すラスティ。
山の頂上付近にひっそりと佇むここは、昔、監獄としても使われていたらしい。城壁内には、工業棟が3棟、倉庫が4棟、そして監視塔が1棟。監獄だった時代の名残なのか、工業棟のうちひとつは、不衛生な外観でぽつりと一番奥に建築させていた。
「えっと、あれが工業棟で……あっちは倉庫……なら、あの比較的新しそうな建物はなんだろ……?」
「ああ、あそだけ光が点いているところか。多分、竜狩をする奴と、その護衛が泊まる場所なんじゃないか? 流石に廃棄されていたものをそのまま使うのは億劫で、多少改築したんだろ」
「GAO、なるほどねぇ……じゃあ、あそこに魔物避けの魔法式はなさそうだ……」
ラスティは石壁に身を持たれさせながら、眠たそうにつぶやく。
「何でだ?」
「場所取るからね……そんなところで寝泊まりしたい人なんていないでしょ……? それに魔物避けを効率よく働かせるなら、一番高い所……中途半端な高さには仕掛けてないはず……」
ラスティがそう言って、フードを少しだけ上げて城壁内を見渡す。
そして、魔物避けが施されていそうな場所を見つけたのか、すっと指を伸ばした。
「GAO、あれ……あそこが怪しいかも……」
「まじかー……」
ラスティが指差した建造物。それはこの山城のど真ん中にそびえ立ち、他者から一番見つかりやすく、また見つかったときに逃げるのが最も困難だと思われる場所。
「――――監視塔か。たしかにあそこなら、よく魔物避けが伝播しそうだ」
さてと、少しマズいことになった。
俺は下顎を手で軽くもみながら、腕を組み考える。
ここで引き返すという選択肢は正直ありだ。監視塔が無人という保証はないし、何なら見張りがいると考えるほうが自然だろう。
原因が竜狩のためであれば、その祭事が終われば自然と問題が解消するかもしれない、というのも大きい。どれだけ長くても、竜狩は2、3日で終わる行事だ。その短い日数を短縮するためだけに、わざわざ無謀なことをする必要があるのかだろうか?
リスクと利益を天秤に掛ければ、リスクの方に傾くのを感じる。ここまで来て引き返すのは少々気が重いが、別に俺が手を出して解決するほどのことでも――。
「……行こう、ウォーカー……ここに来て分かったけど、あれはダメだ……」
思考を中断させるように、ラスティが俺の外套の端を引っ張り言った。
「……どういうことだ、ラスティ?」
「仕掛けられてる魔物避けに、変なのが混じってる……今は弱くてほとんど機能してないけど……多分、魔物を興奮させる作用だ……」
フードを深く被り直したため、彼女の表情までは分からないが、さっきまで眠そうだった声に、芯が戻ってきているのを感じる。
「GAO……あれが作用しだすと、取り返しがつかない……多分、竜狩とやらのために施してるんじゃないと思う……もっと酷いことをするつもりなんだ……」
「……」
そう言われてまず想像したのは、
この場所から最も近い集落がどこかは知らないが、確実にラスティたちの住むバーモット村も大打撃を受けることだろう。
最悪、村民たちみんなが死んでしまうかもしれない。
それをラスティは感じ取っているのだ。
か弱く外套の端を握る手が、寒さではない何かで震えてるのが分かる。
「お願い、ウォーカー……引き返さないで……みんなを助け――」
俺はそこでラスティの頭に手を置いた。
フードの布越しにも伝わる温かい体温。彼女らしい小ぶりな頭のサイズは、ちょうど俺の手のひらに収まるように馴染む。
この娘は妙に鋭い時がある。俺が早々に断念し、引き返そうとしたことにいち早く気がついたのも、この娘が人の心の機微に敏感であるためだろう。
少しリアリストなところがあるからな、俺は。心配かけてしまったようだ。
「分かってるよ、ラスティ。一緒に村のみんなを助けよう。そして神器を直し、呪いを解呪して、一緒に王都に行くんだ。だから、ちょっと休め……魔物避けがある場所までは、俺が連れて行ってやるから」
「…………GAO」
ラスティが教えてくれた、山城内にいる人数はざっと60ほど。
この山城もそこまで大きくないため、その人数なら監視塔に人を立たせない時間帯も無ければ、巡回を省くという選択も取らない。
監視塔に配置される想定人数は多くて5人くらいか。
少なければ2人か1人で済みそうだが……。
――――問題ない。
その程度の人数なら、今の俺でも捌ききれる。
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