22.彼はまだ壁を作る




 俺たちはすぐにバーモット村を後にした。


 再び大森林へと戻れば、見慣れた深緑が一面に広がる。木々を縫って差す陽光が目に刺さり、思わず手をかざして遮った。隣には、ここ二日間でおなじみとなったラスティが、背嚢を揺らしながら歩き、彼女が口ずさんでいる独特の歌にも、すっかり耳が慣れてきた。


 コナール、二ッワトコ、レンプクソ〜♪ 杖の素材になりゃせんさ〜♪


 また一番から歌いだしたラスティを視界に入れ、俺はふと思ったことを口に出す。


「ラスティは村を手伝ったほうが良かったんじゃないか?」

「GAO? 急にどうしたの?」


 急に、と聞かれると少し言葉に詰まる。たしかに、村を出たときに言うべきだったことかもしれない。


 彼女の住んでいる村人(いや、みんなマーモットだったんだが)は、全員が村の復興に総力を注いでいた。

 荒らされたという畑は、掘り起こされた作物を丁寧に取り除き、再生しそうなものは地に埋める。一部の家屋は損傷もひどかったのか、ガルシアがてきぱきと指示を飛ばし、修繕に励んでいた。

 そんな時に、魔法が使えて一番力になれるラスティを、よそ者の俺が独占するのは、なんだか忍びない。


 俺がそう思考に耽ると、ラスティが堪えきれなかったという様子で笑い声をあげる。


「あはは、別に気を使わなくて大丈夫だよ。オヤジがいるんだから、村は問題なし! それよりウォーカーの方が危なかっしいんだから、私が見てないとね」

「……そこまで心配されるほど、やわじゃないと思うんだが」

「いやいや、またうんこソードとか作って興奮するかもじゃん」 

「あれは必要な武器だったの。俺はガキんちょか」


 俺がそういうと、ラスティは「怒った怒った」と、ケラケラ笑いながら、少し前に駆ける。

 また気を遣われているのか。

 そんな感じがしなくもないので、俺は凝り固まった肩をほぐしながら、ラスティに近づき直した。


「GAO……やっぱり少し森の様子が変だね」


 ラスティが大樹の根を踏むと、フードを少し上げて言葉を零す。


「俺には普通の森にしか見えんが……やっぱり、分かるものなのか?」

「GAO、ウォーカーが大森林に入ったのと、同時期くらいから可笑しくなってるからね。逆に正常な時を知らないと、そういう反応が当然だよ」


 なるほど。正常な森を知らなければ、どこが異常なのか判断のつけようがない。まさに、この娘の言う通りだ。

 

 俺はもともと森に知見があるわけでもないし、ど素人から見ても分かる異常ならば、誰かしらが騒ぎ立て、騎士やら冒険者やらが派遣されている頃だろう。

 なのに今のところマトークシで出会ったのは、神殿迷宮に潜る変な騎士達だけ。魔物の氾濫スタンピード発生の疑いなんかもあるのに、対応が随分と緩慢でのろまだ。

 

 原住民以外、誰も異常に気がついていないのか。

 それとも、そこまでの危険性はないと判断できるのか。

 いや、そもそも……。


「……もしかして、俺のせいだったりしないか?」

「え、どうして?」

「いや、すごく今更なんだが……異常が出始めたのと、俺がここに来たのは同時期くらいなんだろ? 俺もこの森に入ってから、かなり手当たり次第に魔物を狩っていたとうか、なんというか……」

「…………」


 俺の説明を受けて、ラスティはフードの奥で目を伏せる。

 なに、その沈黙。

 本気でありえるってことなの? 俺自身がマトークシ―を荒らしちゃった犯人ってことなの?


「んー、考えてみたけど、やっぱりそれは無いと思うよ。生態系の異常って、そんな簡単なものじゃないからさ。普通は一ヶ月、半年とかかけて、じわじわ表れてくるのが精一杯のはず……それなのに今回は超短期間的に異常が表れたでしょ? そんなの人間ひとりがどれだけ魔物を狩っても、生態系のほうが追いついてないよ」

「良かった。なら、俺がラスティたちの故郷を荒らしたわけじゃないんだな?」

「――――、ウォーカーが全体の3割近い魔物を死滅させてるなら話は別だけどね。それも、生態系を崩すために、死滅させる魔物の種類をピンポイントで狙わないといけないけど」


 一瞬驚いた顔したラスティは、くねくねと短杖を回しながら説く。

 暗に彼女からは、今のお前じゃそれだけの力も知識も無い、と言われているような気がした。


 実際、今の俺は魔力も生成できないから魔物は天敵が多いし、好き好んで死滅させる動機もない。ラスティの言う通り、俺が真犯人説はありえないのだろう。


「なら、なんで一週間やそこらで今回は異常が出たんだ? 誰かが意図的にやっているわけじゃないってことか」

「GAO、人間ひとりでは無理って言ったけど、誰かが意図的に起こしたことは間違いない。考えられる可能性は幾つかあるけど……その中でもありえそうなのは2つかな」


 ラスティは身を屈めて、杖で柔らかい土に文字を描く。

 俺も膝に両手をつき、前傾になりながらラスティの言葉に耳を傾けた。


「1つ目、天災指定の魔物が他の魔物を操ってる。2つ目、大森林ではない別の場所で異常が発生し、その影響が一気に伝播してきた。1については多分無い。そんな存在がいたら、流石に私もオヤジも勘付いて、皆で避難する」

「じゃあ、後者の線か」

「私はそう思ってるかなー……生態系を超短期間で乱すなら、生態系同士をぶつけるのが早いからね」


 ラスティも答えはできっていないのか、そのような曖昧な表現を使いながら文字を消した。

 俺は手を差し出して彼女を立ち上がらせ、歩みを再開させる。


 少しして。


「ぁ、見つけた」

 

 きょろきょろと周りをうかがっていたラスティの首の動きが止まった。なにかあったのかと、彼女の視線が指し示す一点を俺も追ってみれば、なにやら青い小鳥が、木の枝に止まっている。

 羽毛は青い金属のように光沢をもっており、嘴は小さい穴から虫を取り出すためなのか妙に鋭い。そんな小鳥だった。


「見て、ウォーカー。青銅鳥ステュムだ」

「可愛らしいサイズの鳥だ。魔物なのか?」


 俺がそう問えば、ラスティはうなずいた。


「GAO、無害指定オーダーⅰだけど歴とした魔物だよ」

「なんだ、無害指定か。なら、俺にも害はないは――」

「でも、人の頭を勝手に巣にしようとするから、気を付けて。特に光ものを付けている頭には目がないんだ」

「あいたたたた! ちょ、いつも忠告遅いって! もしかして、わざと!? わざとか、ラスティ!?」


 光を反射しやすい銀髪に反応したのか、ステュムと呼ばれたそいつは勢いよく俺の頭へと飛行し、髪の毛を啄みながら巣の開拓工事をはじめやがった。

 鋭い嘴が頭皮ダメージを与えてくるから、地味に痛いんだけど!?


「もう、ウォーカーはいっつも騒がしいなぁ。ステュムに人を害す力は無いよ――――……あ」

「今、”あ”って聞こえたぞ!」

「あ、ははー……魔力がないウォーカーにはワンちゃんあるんだった……GAO,たぶん大丈夫!」


 やっぱ、俺の頭皮は十分に脅かされているんじゃないか!

 なんで、そんな「やれやれ、困ったさんだなー」みたいな反応ができたの、この娘は!?


「と、それよりもだ――――ちゅぴちゅぴ……ちゅぴちゅぴ? ちゅぴちゅぴ……ちゅぴぃ?」


 俺の頭でタップダンスでも始めたかのように踊り狂うステュムに対し、いきなりラスティが不思議な言語で問いかける。

 小鳥語? いや、そんなの聞いたことがないし、ただのおふざけに決まって――。


「チュピピピチュ! チュピ! チュピっピピー!」

「あー、やっぱりそうなんだー」

「いや、会話できるんかい! すごいな、あんた!?」


 俺がそう褒めると「ふふん、でしょ?」と、奥ゆかしい胸を張った。

 普通にすごい特技である。魔物と会話なんて、一部の界隈じゃ、喉から手が出るほどに欲されるのではないだろうか? もしかして、これも魔女だからできる特技なのか。


 いや、今はそんなことどうでもいい。ラスティがすごいのは、二日前からわかっていることだ。

 俺はそれよりも、ラスティとの会話に気を取られたステュムをひっつかむ。この厚顔無恥な小鳥魔物は、人に握られた程度じゃ、ストレスも感じんだろう。

 

「ふぅー、やれやれ……もう少しで禿げるところだった」

「GAOH……それはそれで見たかったかも」

「絶ッ対に見せません」


 俺は強くそう言うと、手に掴んだステュムを突き出す。


「それよりもだ、このバカ鳥はなんて?」

「GAO、どうやら後者で当たりだったみたいだよ。一週間前に、フリーディ山脈で妙な動きがあったんだって。なんでも、青色片岩ブルーシストドラゴンを含めた一部の魔物以外、自分の住処へ戻れなくなってるらしいの」


 ラスティが指を伸ばし、少し遠くにそびえ立つ山々を指し示した。


 フリーディ山脈――――それはマトークシにある最も高い場所だ。この広大な森と並ぶその山々は、俺たちが立っている場所からも、風に揺れる若葉の隙間を通し見ることができる。


 完全にラスティの予想は当たりか。


 魔物たちが自らの家路を見失ったら、どんな混乱が起こるのか。そんなこと考えるまでもない。誰もがその危険性に思い当たる。

 家を追われた魔物たちは、新たな住処を求めてさまよい、他の魔物たちの領地に侵入し、その平和を乱すのだ。

 結果的に、生態系同士で食い合ったようになる。


「個人の仕業……はラスティの言うとおり無いか。それだけのことをしてるんだ、大規模な魔法が仕掛けられているに違いない……ドラゴンだけを残して何をしたいか知らんが、とんだ酔狂な連中がいたもんだ」

「GAO、普通なら絶っっっっっ対に自殺行為だけどね!」

「よし、ラスティ。そのバカどもを、さっさと懲らしめに行くぞ!」


 気合い十分。目的も明瞭。意志は固く、体も準備万端。

 ともなれば、あとはフリーディ山脈に殴り込みに行くだけ。

 

 どんな連中かは知らんが、どうせ山賊やら、魔物の売人やら、闇術師やらが徒党を組んでいるのだろう。騎士団にいた頃は、そういう奴らが頻繁に捕まっていたからな。


「ちょっと待って、ウォーカー!」

「ん?」

「そのステュム貸して」

 

 ……あ、完全に忘れてた。


 俺は手に握ったままになっていた、失神寸前のステュムを渡す。羽毛は青銅のように硬いのに、内臓自体は弱かったのか……。


「ちゅぴちゅぴ、ちゅぴ? ちゅぴぴちゅ……」

「ヂビィ……ヂビヂビィ……」

「GAO、そっか。ありがとね。あと、ウォーカーにはちゃんと同じ目に遭ってもらうから!」

「……なんか、ごめんな」


 俺がそう謝ったのをラスティは丁寧に聴かせてやると、そのままステュムを木の上に返してやった。最後に小鳥が聴かせた鳴き声は、なんというか二日酔いのおっさんみたいな嗄れ声である。

 あんな姿はしていても、魔物は魔物。魔力を生成できるため、自己回復能力も高いんだろうが、いささかやりすぎてしまった。申し訳ない。


「GAOH、どうしよっか……行き詰まったかも」


 ステュムを手のひらから降ろしたラスティは、俺の方に振り返りながら続ける。

 

「魔物だってバカじゃない。住処から追い出すのだって、そう簡単な事じゃないはずなんだ。最低でも1000頭、それも何種類もの魔物を追い出すには、たぶん大掛かりな魔物避けが仕掛けられてると思う……でも、起点になりそうな場所を聞いてみたんだけど――」

「あの小鳥は知らないって?」

「GAOGAO……んー、しらみ潰ししか無いのかなぁ」


 フリーディ山脈をしらみ潰しに探す、か。ラスティが止めてくれたから分かったが、何日掛かるか分かったもんじゃない。空を飛べる鳥が、心当たりのある場所を思い出せなかったほどだ。

 魔力探知が使えたとしても、最悪一ヶ月は掛かるかもしれん。

 

 起点になりそうな場所……。

 俺は腕を組み、頬に手を当てて考えてみる。

 

「たとえば、大掛かりの魔物避けがされているとするなら、どんな所になるんだ?」

「そうだね〜……でっかい塔とか! あとは、そこそこ大きい建物が複数軒もあれば、起点としては十分納得できるかも……」


 大きい塔に、複数の建物ねぇ。 

 うん、嫌な予感しかしない。


「…………もしかして、ここ最近できた建物がないか聞いたか?」

「GAO、よく分かったね! もしかして、もう魔物の言葉覚えれたの?」

「いや、全然。……というか、その聞き方が駄目だったなら、起点に使われている場所が分かったかもしれん」

「ホント!?」


 俺は内心呆れの感情を多分に含みながら、やるせない気持ちを吐き出すように嘆息する。

 まじで、いつもいつも厄介事を持ち込んでくれる。下手な犯罪者集団より、タチの悪い連中が俺の脳みそでヒットした。


「俺はこう見えて、騎士団で補給線とかの任をやっていたからな。騎士団が保有する拠点の場所は、廃棄されたものも含め、ほぼすべて頭に入ってある……で、マトークシのフリーディ山脈――――そこにも使われなくなった拠点がひとつあったはずだ」


 俺の言葉に、ラスティはフードの奥で大きく目と口を開いた。

 まさに、言葉もないといった表情である。紫水晶のような綺麗な光瞳が、陽光を吸収して乱反射する。


「ま、まさか、騎士団の拠点が魔物避けに使われてるってこと……?」

「いや、もしかしたら犯人自体が騎士団の連中かもしれん……騎士の間では竜狩という祭事があってだな。飼い慣らしたドラゴンを野に放ち、そいつで魔物を狩り殺すというものだ。中でも、野生のドラゴンと戦わせるのが主流だとかなんとか……」

「うっわーーーー、悪趣味ぃ」

「面白いらしいがな、俺も一度だけ誘われて行ったことがある。まぁ、その時はドラゴンの餌やり係だったが……」


 俺が手で目を覆うと、ラスティがあからさまに肩を落としてしまった。


「ラスティ?」 

「gaoh……また王国騎士かと思うと、ちょと不安かも……」

「神殿迷宮であんなことがあったんだ。苦手意識を持つのも仕方ない」

「それもあるけどぉ……前から王国騎士はちょっと苦手なんだよね〜……」


 そう言われてみると、ラスティは最初に会った時、王国教の祭司に向かって「死んじゃえ!」とか言っていたっけ。祭司も騎士団には多くいるから、因縁のある奴がいるのかもしれない。

 

 魔女にこれだけ嫌われている王国騎士って一体……。

 

 こりゃ、王族も長年見つけ出せないわけだ。さっさと王国全てが腐り落ちる前に、改革を図った方が良いだろう。

 て、もう手遅れだった。あんなクソが騎士団総長になれてる時点で終わってる。


「ごめん、ちょっと弱音を吐いちゃった! ウォーカーは平気だったのに不思議だね! GAOH……なんでだろう?」

「それは――――」


 ――――俺が元平民で、罪人として裁かれたからじゃないか?

 

 その言葉は寸前のところで飲み込まれた。

 ラスティも疑問に思わなかったのか、「まぁ、どうでもいっか!」と肩を小突いてくる。


 そうだ……打ち明ける必要もない。


 所詮は利害関係が一致しているだけの関係。この娘を俺のいざこざに巻き込むのは、それこそお門違いというやつだろう。

 この世には、知らなくていい事が沢山ある。あえて黙ってあげておいた方が良いことだって、山のように存在する。

 俺の素性も、俺の問題も、この娘にとっては重荷にしかならない。


 俺はそう内心に蓋をし、もう一度ラスティを見る。

  

「――――本当になんでだろうな? 不思議なこともあるもんだ」


 俺のその答えに、ラスティは一瞬だけ体を止めるも、次の瞬間には「GAO、不思議だね!」と笑いながら、楽しそうに体を揺らした。


「さて、ウォーカーのおかげで起点が分かったなら話が早い! さっと魔物除けを破壊して、さっと皆を住処に戻し、さっとオヤジに報告しよう! それで神器は直してもらえるんだし、簡単簡単♪」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る